第32話 エアポケット
私はまた一人になってしまう。ずっとずっと小さな時から周囲の子たちとなんか違和感があって私はいつも孤独だった。そして、やっと、本当に分かり合える人に出会えた。本当に信頼できる温かい人に出会えた。でも、その矢先、その人は死んでしまう。消えてしまう。いなくなってしまう。
まだ実感のない、しかし、確実にそれは現実であるというそのことははっきりと、分かりたくはなかったが、分かっていた。
私に耐えられるだろうか。この悲しみに耐えられるだろうか。彼が死んだ後、私はどうなってしまうのだろうか。今の私には想像すらできなかった。
私は怖かった。彼の死が怖かった。
「うううっ」
もう、彼は苦しみを隠せなくなっていた。我慢して耐える領域を超えてしまったその苦しみに、彼は恥も外聞もなく呻き、叫んだ。私はそんな彼を見ているだけで、心に畳針を刺されているように堪らなく辛かった。
私はそんな彼の背中をさすってやることしかできなかった。何もできない自分が惨めで悲しかった。
「足をもんでくれよ。君は本当気が利かないね」
彼は、もう私に気遣う余裕もなく、苦しみの中に苛立っていた。
「何で君はそんなに平気でいられるんだ。僕がこんなに苦しんでいるのに」
「・・・」
平気なんかじゃなかった。私は悲しかった。でも、何も言えなかった。
「本当に気が利かないよ。君は」
彼は私をそしる。今までそんなことは私にも他人にも絶対にしたことのない人だった。
「・・・」
病気がこんなに人を変えてしまうなんて知らなかった。病気は体を弱らせるだけじゃない、心も人格も弱く醜くしてしまう。
「あっけないね」
痛みと苦しみの狭間でふと開いたエアポケットみたいに、彼がふと落ち着きを取り戻した時だった。彼がぽつりと言った。
「なにが?」
「終わり方がさ」
彼は無力に天井を見つめていた。
「こんなもんか・・、僕の人生って・・」
「・・・」
彼の無力な、その絶望に満ちた表情が痛々しくて、それを見るだけで私は堪らなく辛かった。
「でも、まだ終わってないわ」
その言葉が虚しいものであることは分かっていた。死は、圧倒的にどうしようもなくすべてに勝って強かった。死の前ではすべてが虚しく、無力だった。でも、それでもやはり少しでも、ほんの少しでも、私は抵抗したかった。
「・・・」
状況は絶望だったけれど・・。
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