第8話 やっと辿り着いた幸せ

 私はかなり鈍い女だった。並の鈍さではない。中学生の時、私の所属する仲良しグループの子たちから突如ハブにされたのだが、私はそれに全く気付かず、数週間後、「ごめんね。仲間外れにして」と言われた時、一人ぽか~んとしていた。

 そんな人間が例えバイトであろうとまともな仕事など出来ようはずもない。私は毎日とんちんかんなことを繰り返し、よくクビにならないなと自分でも感心するくらいの、大失態をバイト先で繰り返しては、周囲に大迷惑をかけまくっていた。それでも顔もお腹も心もまん丸な、大らかなアンパンマンみたいなジャムおじさん店長に支えられ、何とか日々を過ごしているのが、今の私の現状だった。ほんとごめんなさい。ほんまごめんなさい。店長、そして、同僚のみんな。

 キスをしたあの日から、私は彼の部屋に殆ど入り浸りになっていた。だらだらと、朝から晩まで、何をするでもなく彼の家にいた。

 しかし、彼はそんな私を、まったく何の嫌そうなそぶりもなく受け入れてくれていた。それはまったく無理してやさしくしているとか、がまんしているとかそういった風ではなく、本当に無理なく自然に私を受け入れてくれているといった感じだった。

「ふふふっ」

「どうしたの」

 奇妙な微笑みを浮かべ彼の顔を見つめる私を、彼は少し戸惑い気味に不思議そうに見つめ返す。

「ううん」

 なんか私にとって初めての感覚だった。生まれて初めての感覚だった。私は世界中を旅して回って、やっとムーミン谷を見つけた孤独なスナフキンのような心境だった。

「どうしたの」

 何年使っているのかもはや判別不能なレベルの古い座椅子に腰掛けた彼は、さらに妙にニヤニヤとしてる私を見つめ返す。

「やっ」

 私はそんな彼に飛びつき、私の全身を使って彼を抱きしめた。

「はははっ、どうしたんだよ」

 私という全身に抱きしめられ、覆われた彼は笑った。

「うん」

 私は幸せだった。私は小さい時からいつも常に何かしらを、誰かから否定されてきた。常に不安で、何かを恐れ、それから逃れるために、それなのにでも、不安で寂しくて、人にすがって、そしてまた否定されるという無限ループを生きてきた。でも今の私はそうじゃなかった。私は私を受け入れてくれる確たる安心があった。そう、無限に温かな安心があった。

「大好き」

 私は彼の全てを抱きしめた。

「うん」

 彼も私の頬に、顔を寄せてくれる。

「幸せ」

 本当に幸せだった。抱きしめる彼は温かく、私の全てを包み込んでくれていた。

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