バニラと灰煙~マッチングアプリで恋人を探していたら、女子高生に恐喝された~
村木友静
プロローグ
「通報されたくなかったら、私に協力してください!」
4月も半ばを過ぎ、自宅近くの桜並木も寂しく散り、春の終わりを感じさせる風が吹き始めたある晩春の日の昼下がり。
チーズハンバーグとポテトが美味い全国チェーンのファミレスで、俺はとある女性にそんな恐喝にも似た酷い言葉を浴びせられていた。
いや、女性と言うよりかは、女子。
体も心もまだまだ未成熟な、物事の分別の分からない“子供”。
そんな不安定な存在に、俺は人差し指を突き立てられ、脅迫めいた要求を突きつけられていたのだ。
どうして、こんな事になってしまったのか。
発端は、いわゆる“マッチングアプリ”という電子サービスにあった。
マッチングアプリとは、出会いを求める男女を結びつけるインターネットサービスの総称である。
古い言葉を使うのなら、「出会い系」。
時代を少し遡ると、それらのサービスに対する世のイメージというのは、厄介事やトラブルの原因となるような、不健全な大人が使う代物だというのが大半を占めていたのだろう。
しかし、昨今の日本社会ではそのようなイメージは払拭されつつあり、特に若い世代にとっては「気軽な出会い」の手段として確立された、とても魅力的なサービスなのだと言う。
かくいう俺も、初めは良い印象などこれぽっちも持ってはいなかった。
碌でもない軟派な奴らが使う代物だとか、不潔で情緒がないだとか、そんな偏見ばかりを抱いていた。
けれど、会社の後輩に「考え方が古い」だとか、「そんなんだから彼女ができない」だとか、「おっさん」だとか、散々言われまくってしまい、半ばやけになりながら、いや、ほとんどキレながらサービスを利用し始めたのだ。
そうして紆余曲折を経て、こうして気の合う女性をアプリ内で見つけ、実際に顔を合わせるまでに関係を発展させた。
それらが何を示すのか。
結果だけ見てしまえば、認めざる負えないのだろう。
案外、悪くないという事を。
出会いの気軽さという観点から見れば、マッチングアプリはとても優れた現代的ツールなのだという事を。
俺が思っていたような、不潔で情緒の感じられない代物ではないのだという事を。
後輩が言っていたような、退屈な日常に色を付けてくれるような“便利”なアプリだという事を。
そう、“便利”。
アプリ自体はとても便利で使いやすく、多少の問題はあっても、それは使う人間の問題であって、システムには欠陥らしき欠陥は見当たらなかった。
逆に、インターネットを上手く利用して数々の出会いを実現させるその利便性には感服まで覚えたくらいだ。
ネット社会に寄り添った、非常に合理的なサービス。
それが、実際に使ってみて抱いた“マッチングアプリ”というツールに対する俺のイメージだった。
やましい事なんて、一つもない。
結局、問題があるのはそれらを扱う人間の方だ。
いつだって、いつの世だって、便利な道具の扱い方を間違えるのは人間である。
否定されるのは道具ではなく、人間そのものなのかもしれない。
そう、人だ。
今、俺の目の前に鎮座する、数日間アプリを通して語らい合い、数分前まで楽しくお話していたこの女。
こいつにも、看過できないような凄まじい欠点が存在した。
漆のように黒い艶のあるショートヘア―に整った童顔。
落ち着いていて、少し大人びたファッション。
初めはぎこちなかったけれど、慣れてくると徐々にはきはきと話し始め、若いのにしっかりしているなと、そんな印象を抱いた女性。
そんな女性にどんな問題があったのか。
そんな女性の何に欠点を感じたのか。
それは、この女の“立場”である。
“立場”と言うか、“カテゴリー”と言うか。
直接的に言えば“年齢”というか。
“女性”ではなく、“女子”。
そう、この女。
今、俺の目の前にいる、この女は……
“女子校生”、だったのである。
か弱く、儚い。
この国の法律上、絶対的な弱者とされ、絶対的な保護対象と見做される淡い存在。
それが、今、俺の目の前に存在している。
マッチングアプリという大人のためのツールを介して、俺はその保護すべき天然記念物と出会ってしまっている。
それが何を意味するのかは、考えなくても分かるだろう。
そして、そんな存在に脅迫めいた提案を持ち出されてしまった俺がどうなってしまうのかも、悩まなくても決まっている。
つまり、俺の人生は……
今日をもって、終了したのである。
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