ピロートークで教えて♪

tk(たけ)

ピロートークで教えて♪

 淡いピンク色のリボンを纏った箱を前に、私は大きな溜息を零した。


「はぁ… 」結果が出ない。


 結果が出ないと苦しい。

箱の中身は分かっている。最近やっと貰えるようになった馴染みのピンクだ。

でも欲しいのは赤、深紅のレッドリボンだ。


 あそこで赤いリボンを纏った箱を持つ彼女-橘 明日香-が羨ましい。


 私たちの会社では四半期毎に、販売成績上位者が表彰される。私はそこで総合一位を取ってみたい。

 商材別の一位は何度か受賞しており、今回も貰うことが出来た。


 ピンクの箱の中身は楯に入った賞状で、そんなものを机に飾る趣味は無いが、年間総合一位になるとネームプレートが貰える。そのプレートを胸に着けて日々仕事をすることは私-鈴木 理絵-の憧れだ。


「橘さん、今回もおめでとう」

「鈴木さん、ありがとうございます」


 橘さんは今年度三期連続で、総合一位を獲得しており、このままいけば年間総合一位を獲得するだろう。


 勤続年数の短い後輩がいったいどのように結果を出しているのか。


 販売優良者の発表会で彼女の販売手法などを聴講したが、独自の工夫や奥の手があるわけではなく、しごくオーソドックスな手法だった。


 当然のように、女を武器に販売しているんじゃないかなどと噂になっているが、真偽は分からない。


 いずれにしてもネームプレートを得るためには勝たなくてはならない相手で、すでにもう一歩のところまで手が届いている彼女が羨ましかった。




 そんな橘さんに事件が起こったのは表彰から数週間後、私と彼女の関係が変化してからだった。




 おそらく多くの人が筆記具などは、自分の手に馴染んだ同じ物を使うと思うが、明日香もボールペンは同じ物をいつも使っていた。

 特別高い品物ではないが、握り心地と書き心地が気に入っていたそうだ。

 その日、デスクで毎日使っているそのボールペンから芯だけが無くなっていた。

朝、文字を書こうとノックしたら芯が出てこなかった。


 明日香はすぐに気付いた。当然だろう。でも何事も無かったかのように、そのペンを引き出しにしまうと、別のペンを取り出して仕事をしたそうだ。


「明日香、そんなことがあったんだ… 」

「うん」

「すぐにLINEくれてもよかったのに」

「理絵にすぐ言わなきゃいけないほどのことじゃなかったから」


 橘 明日香はしっかりしている。伊達に販売総合一位ではない。

今、一緒に居られる私はすごく幸せだと思う。




 思い返せば受賞を受けた当日、私と橘さんは受賞者と偉い人たちによる立食形式での懇親会に参加した。

 閉会後、急に降りだした雨のために一本の傘に入った。


 いつもより少し余計にお酒が入っていた私は、気が大きくなり、橘さんの話が聞きたくて、次の一軒を誘った。


「鈴木さんがもうこれ以上呑まないなら、ご一緒しますよ」


 酒の力を借りないと聞けないような事があるかもと思ったが、せっかく二人で話が出来るチャンスなので、アルコール無しを承知した。


「じゃあ、行きましょう」


 懇親会は立食バイキングでほとんど食べていない。

二人は洋食屋さんへ入った。


「揚げ物とかどうですか?ご飯食べちゃいますか?」

「ご飯食べよっか」


二人はフライ定食を注文した。


「ご一緒するの初めてですね」

「そうだね。私はいつもあなたを見てるよ」


「ふふっ、そんないじめないでください」

「ほんとに憧れだもん。うらやましいし」


「ありがとうございます

私も鈴木さんのこと、見てますよ」


「取って付けたようにありがとねっ」

「ほんとうなんですけどね」


「あなたが私を見る機会なんてあるの?」

「はい… 外出前に帰社予定を書いている時とか」


「えっ!そんなタイミング!?」

「… なんかつい目が追っちゃって… 」


「鈴木さんは?」

「私は… 始終だよ。勝ちたいもん」


「じゃあ… スペシャルテクニックを伝授しますって言ったらどうします?」

「土下座でも何でもするから教えて欲しい!」


「そんなの要らないけど、鈴木さん、下の名前は理絵ですよね」

「うん、そうだよ」


「理絵さん、彼氏は居ますか?」

「ん、ぃないけど」


「次の質問です。今までに誰かと付き合ったことありますか?」

「えっ!?なにその質問」


「ノウハウが知りたいんですよね」

「ん、んーとね、二人」


「いつですか?」

「高二と大学一年の時」


「二人とも男性?」

「そうだよ」


「女性とは?」

「ないよ。この質問は何?」


明日香はお水をごくりと飲むと話を続けた。


「明日の用事は?」

「無いけど」


「今日、私の家に泊まりに来れる?」

「まぁ、着替えないけど行くよ」


「じゃあ、続きはうちで」

「ほんとに!?」


「私は橘 明日香です。明日香って読んでください

鈴木 理絵なので、理絵って呼びます」

「う、うん。それはかまわないよ」


「お待たせしました」フライ定食が届いた。

揚げたてでカリッとしていて美味しい。


「理絵は好き嫌いあるの?」

「普通のは大丈夫かな。郷土料理は分かんないけど」


「明日香は?」

「たぶん、無いです。好きなものはお寿司です♪」


「明日香は胃袋は小さめ?」

「並盛を食べられますよ」


 確かにフライ定食のキャベツもご飯もしっかり食べている。私より少しだけ背が低くて、華奢な感じだけど健康なんだなと思った。


「今、25?」

「はい、理絵は27歳?」


「そう、よく知ってるね」


明日香はニヤリと笑った。

「同期が総務にいるので♪」


 私のこと知ってるって本当かも。多少、興味あるんだ。理絵はそんなことを思いも寄らなかったので、少し緊張した。


「ごちそうさま」


「じゃあ、行こっか」


 洋食屋さんを離れると駅ナカにあるお店でインナーなどの着替えを買った。


「理絵、ほんとに来るの?

私、女の人が好きな人かもよ」


「!? 明日香、なにそれ」


「何でもするって言ったでしょ」

「ッ! 本気?」


「止めとく?」

「行くわ」


 女の子が好きだからって怖くなったら逃げればいいし、変な薬とか飲まされないように気を付けて、スマホは手から離さずにいれば大丈夫でしょ。


「あと三つで着くよ」

「コンビニでお茶買う」




ガチャリ

扉を開けて電気を点けると、白を基調としたよく片付けられている部屋が見えた。

見た感じでは監禁されるような雰囲気はしない。


「どうぞ上がって」

「広いね」


「キッチンが少しあるからかな」

「そっか。布団なの?」


「そうだよ。少し呑む?」

「何があるの?」


「レモンチューハイと乾きもの」

「呑む!」


 こんな時にさっきの懸念など、きれいに忘れる能天気さが私の取り柄かもしれない。


 どうやら大して呑めない二人だったようで、缶チューハイ一本でご機嫌になってしまった。


「あすかー、ノウハウはー?」

「それはー、ピロートークです」


「りえ、シャワー浴びるよ!」

「あすか、連れてってー」


「りえ、着替えだしな」

「あすか、タオル貸してー」


「Tシャツと短パンも貸してやるー」

「サンキュー♪」


 理絵はノリで服を脱ぎ、下着姿になった。すると明日香がじっくりと見ている視線に気付いた。


なにこのエロ視線は!?


 ここで思い出した。そういえば明日香はレズかも知れないんだった……


一気に酔いが覚めたが、逃げる前に明日香に捕まった。


「ングッ」


「やっぱりいい体してる♪」


「お風呂、お先にどうぞ」


パチッ…

胸の締め付けがゆるんだ。


「外して。これもノウハウだよ」


あうっ!その決め台詞!


明日香のブラを外すと、促されて自分のショーツを脱いだ。


「理絵、いい匂い♪」


 二人で入ったお風呂でいいように遊ばれ、疲れた私はソファーに横たわった。


「理絵、楽しかったね♪」


 じゅるり、舌舐めずりする音が聞こえたような気がして、慌てて飛び起きた。


「起きた。歯磨くよ」


 歯を磨くと、明日香が布団を敷く様子を見ていたが、これって身の危険!?と気付いた。


「明日香、私、ソファーで寝る」

「うん、構わないよ。ピロートーク無いけどね」


「あなた、ほんとに教えるつもりあるの?」

「あっー、そんなこと言うんだ」


「ごめん、口が滑った。許して」


「じゃあ、キスして、ここに」


唇!?


「土下座でもかんでもするんでしょ」


んっー!くそー!

チュッ


「足らない」


チュッ チュッ


「そういう話じゃないでしょ

理絵、もしかして処女?」


チュッー!


「乱暴ね。教えてあげる」


チュプッ クチュ クチュ


「ンァハー、ハー、ハー」


「理絵、かわいい♪」


「さぁ敷けたよ。おいで♪」


しぶしぶ布団に入った。


「何が知りたいんだっけ?」

「スペシャルテクニックとかノウハウとか」


「私を見てきて気付いたことはある?」

「発表会も聞いたけど普通だった」


「今日は?」

「…… エロい」


「まさか枕営ぎょぅ・・・」


「そんな噂、信じるの?」


「信じていないけど、明日香がそういう風に誘導した… 」


「じゃあ、私のこと、抱き締めて」


「こう?」

「もっと強く」


明日香を強く抱き締めた。すると肩が震えだした。


「どうしたの?」

「何でもない」


明らかに涙声だった。

顔を見ると目から涙がこぼれている。


「ごめん!ひどいこと言った。

全然、本心じゃなかったよ! だから…… 」


グスッ…


「もう大丈夫。落ち着いた」


「寝よっか」

「手をつないでいてくれる?」


「いいよ。おやすみ」


疲れた理絵はぐっすりと眠ってしまった。




翌朝。


ウッ!

動けない!?

拘束!?


「ん、んっー」


おもしがどいた。


 ガバッ、起き上がってみると明日香が滅茶苦茶な寝相で寝ていた。


こいつの足かっー!


 まぁ、縛られるわけないか。

自分の豊かな想像力が可笑しくなり、声を上げて笑ってしまった。


すると「なあに、どうしたー」と明日香が目を開けた。


「明日香、おはよう!

おはようのキスいる?」


「なに、どうしたのー」


チュー

っと明日香がキスをしてきた。


「明日香、伝わったよ。

一番て、大変なんだね」


「急にどうしたの、理絵?」


「ねぇ、ピロートーク聞かせてよ」

「高いけど払いきれる?」


「どのくらいだっけ?」

「まだ試してないからなー」


「今から理絵がいくら位だか試してあげる。

覚悟は出来てる♪」ぺろり


「いいよ、明日香。教えて」




 私は優秀な生徒だったようで、明日香からのレッスンを、心のおもむくままに受けとめ、メキメキと上達した。

 今ではもう先生と対等なぐらいのテクニックとハートで、どちらも欠けることが出来ないパートナーになった。


 さて肝心のリボンの色がどうなったかは内緒だが、貰った楯からは賞状が抜かれて、二人の写真が入っている。




(了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ピロートークで教えて♪ tk(たけ) @tk_takeharu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ