第11話 スカイツリーデート③

 夏菜と取り留めの無い雑談を交わしているうちにエレベーターは展望デッキに到着した。扉が開くと薄暗いエレベーター内に照明の光が差し込み、数メートル先のガラス窓の向こうには絶景が広がっていた。


「うわぁ……おにーさんこっち!」


 エレベーターから降りたと同時に夏菜は目の前のガラス窓まで走り、360度に広がるパノラマの光景を前に目を輝かせている。


「うわ、うわ、メチャ高い。ヤバい、車があんな小さい。人がまるでゴミのようだ!」


 ん? 最後のセリフは……? 古いアニメ映画の名ゼリフのようだが……聞こえなかった事にしよう。


「おにーさん、ほら! アレ見て! 富士山だよね? こんなにハッキリ見えるんだ……はわー」


 夏菜はまるで遊園地に来た子供のようにはしゃいでいる。微笑ましいが美少女の興奮する姿に周りから注目を集めてしまっていた。


「落ち着け夏菜。今からそんなに興奮してたら疲れちゃうぞ」


「これを見て興奮するなってそれは無理! おにーさんもちゃんと見てよ。ほら、あれが富士山だからね」


 夏菜の今の姿を見ていると“なんとかと煙は高いところが好き“という言葉が頭をよぎる。


「今日は天気が良くて見晴らしは最高だな。富士山もまだ雪が残ってるなぁ」


 この素晴らしい光景を見ていると色々と忘れて楽しめるもんだなと思えてきた。


「この先に床がガラス張りになってるゾーンがあるらしいけど行ってみる?」


「行く行く! もちろん行くに決まってるじゃない!」


 興奮冷めやらぬ夏菜はノリノリだ。


 展望デッキを少し歩いたところに、2×3メートルの範囲の床がガラス張りのエリアがあった。


「そ、それじゃあ上に乗ってみようかな……」


 夏菜は恐る恐るガラスの床に足を踏み入れた。


「うわ……た、高い……背中がゾクゾクしてきた……お、おにーさん……」


 一緒に足を踏み入れた俺の腕に夏菜が自分の腕を絡めてきた。流石の高さに足がすくんでいるようだ。


「お、おい! く、くっ付き過ぎ!」


 夏菜が目一杯自分の身体を寄せて俺の腕に抱き付いてくるので、彼女の大きな胸と女性特有の身体の柔らかさを感じてしまう。

 俺は高いところは大丈夫なので冷静だったがそれが災いし変に意識しまい、夏菜が高所に感じているドキドキとは別の緊張を強いられている。


「む、無理……私の本能が危険を感じて身体がおにーさんを求めてるの」


 夏菜の言い方が何だか卑猥ひわいに感じてしまい俺のドキドキも最高潮に達しそうだ。


「そ、それじゃあ戻るぞ」


 やや腰が引けている夏菜の腕を引っ張りガラス床のエリアから移動させた。俺の腕から離れたが正直なところ彼女の良い匂いと温もりが名残惜しいと思ってしまう。


「夏菜は高所恐怖症なのか?」


「そんな事は無いと思ってたけど……こんなに高い所は始めてだから足がすくんじゃったのかも。おにーさんは平気そうだったね」


「俺は高い所は別に大丈夫だな。床や手すりや壁があればなんて事は無いよ」


「こういう状況のことを“吊り橋効果“っていうんだよね? おにーさんは私と一緒でドキドキした?」


 吊橋効果……危険を感じる状況で一緒にいる異性に好意を抱きやすいってアレだな。

 夏菜は先ほどまで高所にビビっていた時とは打って変わり、にひひとイタズラっ子のように笑った。


「ほ、ほら、俺は高い所は平気だし特に危険を感じてないから吊橋効果は無いんじゃないか、な?」


 吊橋効果が無くても夏菜に対しての好感度は上がりっ放しなのはとても言えないし少し罪悪感を感じてしまう。


「なぁんだ……残念。つまんないな」


「私はさ……吊橋効果あったよ。おにーさんの腕にしがみ付いててドキドキしてた」


 それって吊橋効果で好意を抱いたって事なのか……?


「……」


 素直にそう受け取ってしまうと俺は夏菜に何も答える事ができない。



「つ、吊橋効果でだからね! 勘違いしないように!」


 俺が無言で何も答えなかったので夏菜は気恥ずかしくなったのか突然ツンデレを発動した。


「お、おう……」


 高所で高揚しているのか夏菜のテンションは変な方向に高かった。俺はそのテンションについて行けず曖昧な返事をする事しかできなかった。


「お、おにーさん……喉が渇いたからそこのカフェでお茶しませんか?」


 夏菜は顔を赤く染め恥ずしさを誤魔化すようにカフェで一休みしませんかと誘ってきた。


「そ、そうだな……喉渇いたしお茶でも飲みながら景色でも眺めようか」


 二人して高所のテンションで舞い上がっていたようだ。高所が大丈とか言っていたけどどうやら俺も吊り橋効果の影響を受けていたのかもしれない。


 360度のパノラマを楽しみながらカフェでひと休みした後、展望回廊というさらに上階の展望台に登り絶景を楽しんだ。夏菜はそこでも大はしゃぎしていた。


「夏菜は高い所が好きなんだな」


 スカイツリーの展望台にいる時の夏菜は終始テンションが高かった。


「なんていうか……高揚してきませんか? 高い所に登ると。こう背筋がゾクゾクしてきた後になんとも言えない感情が湧いてくるんですよね」


「分からないでもないな。確かに俺も展望台で街の景色を見た時は爽快感があって普段の悩みなんて些細な事だなって気持ちになったよ」


「でしょう? たぶんなんだけど……高所で生命の危機を本能で感じると気分がそういう方向に向くように人間はできてるんですよ」


 夏菜が今言っていることが正に“吊り橋効果“なのだろう。生命の危機を感じると身近にいる異性を好きになるのは種の保存本能が働くと聞いた事がある。

 という事は高揚している夏菜は今、発情している? 俺も高揚しているし二人して発情してるのか?

 いやいや、発情は飛躍し過ぎか……でもそういう理屈になるよな。


 ……い、いかん色々と想像してたら悶々としてきてしまった。


「そ、そろそろ、お昼だし下に降りて何か食べるか?」


 この話を続けていると夏菜に対してよこしまな気持ちを抱いてしまいそうだったので敢えて話題を逸らした。


「そうだね……お昼は混みそうだしソラマチで買い物してからお昼にしようよ」


「じゃあ、降りてブラブラするか。何か買いたいものがあるのか?」


「うん、ちょっと欲しい物があるから付き合ってね。ふふ」


 夏菜はどこか楽しそうに含み笑いを浮かべた。


 ――夏菜、何か企んでそうだな。


 そう思ったが聞いても教えてくれそうも無いし、アレコレ考えても仕方がないので早々に考えるのを諦めた。

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