第8話 夏菜は学校でモテモテらしい

 いつものように22時10分に退社し最寄りの自動販売機でミルクティーとコーヒーを買いベンチへと向かう。


 夏菜に出会ってからというもの会社に行くのが苦では無くなった。もちろん長時間労働は疲れるし、クレーム客の対応は心が疲弊する。

 ただ、それを補ってもお釣りがくるくらい夏菜には癒されている。今日も彼女に会うのが楽しみだ。


 橋に到着し確認すると全てのベンチが空いていた。


「お、今日は誰もないな」


 週末の金曜ともなるとみんな飲みにでも出掛けているのだろうか人通りも少なかった。


 ベンチに腰掛け夜景を眺める。街の明かりが美しく川面かわもを揺らす。


「おにーさん、こんばんわ」


 ベンチの後ろからいつもと変わらない、もう聴き慣れた声の主が現れた。


「夏菜こんばんは。あれ?」


 振り返ると制服を着たギャルっぽい女性が夏菜と一緒に立っていた。


「お友達?」


「うん、今日はうちに泊まりにきたの」


 その友達は先ほどからずっと俺のことを凝視している。


「は、初めまして。鬼島です」


「私は花森綾歌はなもりあやかって言うんだ。オジさんよろしくね」


「お、オジさん……」


 夏菜はオジさんぽくないと言ってくれたけど、やっぱこのくらいの年齢の子からすればオジさんなんだろうなぁって少しヘコんだ。


「綾歌、オジさんは失礼だよ」


 夏菜がフォローをしてくれている。


「ま、まあ夏菜たちからしてみれば二十六歳はオジさんなのは仕方ないかな、うん」


「オジさん凄い傷ですねぇ。これが夏菜が言ってた……うん、名誉の負傷ってやつかぁ」


 花森さんは値踏みするように俺の顔をマジマジと眺めている。


「これが夏菜のしゅきぴ……顔はまあまあかな」


「あ、綾歌⁉︎ アンタ何言ってんのよ!」


 しゅき……なんだそれ?


 夏菜が顔を赤くし花森さんの腕を掴み別のベンチへ勢いよく連れて行ってしまった。


 うん、二人は仲が良いようで何よりだ。ああいう友達がいれば学校もきっと楽しいだろうな。



「おにーさん、綾歌が失礼しました」


 夏菜と花森さんが向こうのベンチで何やら話していたようだが数分が経過し戻ってきた。


「オジさん、失礼な事を言ってしまってゴメンなさい」


 二人して謝ってきたが失礼な事を言われてはいない気がするけど。


「ん? 顔の傷の事を言ってるなら別の気にして無いから大丈夫だよ」


「さすがオジさん懐が深いっすね! 大人の余裕ってやつですか? 合格点を上げましょう」


「あ、ありがとう」


 なんの合格点だか分からないけど、一つわかった事は花森さんは少し変わってるという事だ。


「立ち話もなんだから二人とも座れば?」


「それじゃあ遠慮なく」


 そう言って二人は俺を中心に両脇へと腰掛けた。


「オジさんJK二人に挟まれて嬉しいっしょ」


 残念だが花森さんの言う通り両手に花の気分を味わえて少し嬉しかった。だが正直に嬉しかったと答えると突っ込まれそうだったので話を逸らした。


「夏菜にはいつものミルクティー、花森さんはコーヒーでいい?」


 二人分しか飲み物を買っていなかったので花森さんには俺が飲む予定だったコーヒーで我慢してもらおう。


「ありがとうです。あと花森さんじゃなくて綾歌でいいっすよ」


「ああ、そうさせてもらうよ。それで綾歌は夏菜のクラスメイトなの?」


「そうっすね。初めて会った時から夏菜とは意気投合してマブダチっすよ」


 綾歌の人見知りしないサッパリとした性格は夏菜と合っているのかもしれない。


「自分も二人の出会いの話を聞いてますよー。ここで夏菜がオジさんをナンパしたって聞いたっすね。オジさんも夏菜にいきなり声かけられてビックリしたっしょ?」


 ナンパ……綾歌の中で事実がだいぶ改変されているような気がする。


「綾歌、私ナンパした訳じゃないって前から言ってるのに……もう」


「オジさんも夏菜に声掛けられるなんて光栄な事だから喜んでいいっすよ。夏菜は学校でも結構モテるし何回も男子から告白されてるからね」


「綾歌⁉︎ 余計な事言わなくてもいいの!」


 学校での内情を暴露され慌てる夏菜。


「ま、まあ夏菜はモテるだろうな……」


 夏菜の魅力を知っている俺は納得せざるを得なかった。

 確かに夏菜の容姿と性格ならモテモテだろう。だけど、その事を考えると何故かモヤモヤした気持ちが湧き上がってくる。


 ――これは嫉妬なのかな?


 なんか少し気分が落ち込んできた。


「もう……おにーさんまで……」


 夏菜はモテると言われて嬉しがるわけでも無く、少し困ったような表情を見せた。


「二人とももう遅いから家に帰った方がいいよ」


 この話は続けていると微妙な雰囲気になりそうだと判断した俺は二人に帰宅を促す。


 あまり知られたくない夏菜と、彼女がモテる事に嫉妬のような感情を持ってしまった俺のせいかもしれない。


「うん……それじゃあ綾歌行こう。おにーさんも今度の日曜の約束忘れないでね」


 約束とは調理器具を買いに行くことだ。


「お、オジさん夏菜とデートの約束っすか? 夏菜をよろしくお願いしますね」


「ほら、綾歌行くよ。おにーさんまたね」


「ああ、夏菜も綾歌も気を付けて帰れよ」


 綾歌は「オジさんとどこでデートするの?」とか夏菜に質問しながら引き摺られるように去っていった。


「ふう……今日は予想外の展開で気疲れしちゃったな」


 やはり若い子の相手をするのは疲れる。夏菜は年齢以上の落ち着きがあり大人に対応するのも上手だ。


「もう少し夜景を見て帰るか」


 俺は夜景を見ながら今度の日曜日に夏菜とのデートに思いを馳せた。


「日曜日楽しみだな」

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