第7話 押しの強いJKと押しに弱いリーマン
「鍵は全部しまったしコンセントも全部抜いてオッケーと……」
いつものように閉館作業を終えバイトが残っていないか各セクションを確認する。
「あれ? まだ電気が灯いてるな……」
「まだ誰か残ってる?」
照明が消えていないプールの監視室に足を踏み入れながら声を掛けた。
その問い掛けに濡れた黒髪の女性が応えた。
「あ、鬼島さん。シャワー浴びてました……ごめんなさい」
そこにはプールスタッフでライフガードである吉井さんが水着姿で髪を拭いていた。彼女は細く引き締まった身体をしている。少し色黒な事もありとても健康的で魅力的な女性だ。
プールは最後にシャワーを浴びて帰るスタッフが多い。プールスタッフが水着なのは至って普通の光景だった。
とはいえ一人の男として水着姿の魅力的な女性を前にすると少なからず気まずさは感じてしまう。
「あ、別に急がなくてもいいから。それより吉井さんのタイムカード間に合わなそうだから俺が代わりに押してくるよ」
22時00分終わりのスタッフは22時15分までに打刻を終えなければならない。吉井さんは水着のままで事務所に行く訳には行かないだろう。
「ああ、本当だ! すいません……お願いします」
時間が無かったので走って事務所へ向かい吉井さんのタイムカードを押す。
「ふぅ、ギリギリ間に合った。そろそろ15分か……ベンチに行くいつもの時間には間に合わないな……」
大体22時10分くらいに職場を出て、ベンチに15分くらいに到着する。その後すぐに夏菜が現れるパターンだ。
このままだと俺がいなくて夏菜が帰ってしまうかもしれないと思い少し焦る。
「タイムカード押してきたよ」
監視室に戻ると吉井さんは着替えを済ませていた。
「ありがとうございます。次からは遅くならないように気をつけます」
残っているのが社員なら任せて先に帰ってしまうが、学生アルバイトを放置して先に社員が帰る訳にはいかない。
「プールは最後の清掃が大変だから仕方がないよ。だから気にしなくてもいいけどね」
「そうなんですよね……他のセクションは清掃が無いのに何でプールだけはあるんですかね?」
この公共施設の清掃は別会社が担当していてプールだけは清掃をしないという不思議な契約だった。
「まあ、その辺は大人の事情がありまして……申し訳ない」
「いえ、別に鬼島さんが悪いわけじゃないし、ちゃんと時給も貰ってるし文句がある訳じゃないですよ」
「なら良かった」
プールだけ清掃がある事に不満を持ってるスタッフもいるようだ。そういった不平不満を無くすのも自分の役目でもある。
「じゃあ電気消すよ」
着替えを済ませた吉井さんと二人で職場を後にする。彼女は自転車通勤なのでそのまま別れ俺は急いでベンチに向かった。
差し入れのミルクティーも買わず走ってベンチへと向かった。橋のたもとに到着すると同時にベンチを見回す。
「はぁ……はぁ……あ、あの後ろ姿は……夏菜?」
ベンチの一つに目慣れたショートカットの女の子が座っていた。
「な、夏菜、待っててくれたんだ……はぁ……はぁ……」
そのままベンチに駆け寄り声を掛けた。
「あ! おにーさん遅いよ」
振り向いた夏菜は俺の顔を見ると、ぱあっと表情を明るくした。
「わざわざ待ってなくもよかったのに」
「何となく待ってればおにーさんが来そうな気がしたんだ」
ようやく呼吸が落ち着いてきた。これしか走ってないのに最近は運動不足だな。
「それにしても……おにーさん随分息を切らせて慌てて来たみたいだけど、そんなに私に会いたかったのかな? だったら少し嬉しいかも」
また夏菜に揶揄われるかと思いきや素直に喜んでくれている。
「遅い時間だし犯罪にでも巻き込まれたらって心配だったから急いで来たんだ」
「大丈夫だよ。この辺は治安も良いし」
夏菜の後ろ姿を見付けた時は素直に嬉しかった。でも、俺を待っていたせいで彼女が危ない事に巻き込まれたりするのは避けたい。
「それでもだよ。次からは俺がいなくても待たなくていいからな。毎日同じ時間に仕事が終わるわけでもないし」
「うん……分かった。通り掛かった時おにーさんがいなかったら帰る」
渋々だけど承諾してくれたようで何よりだ。
「それじゃあさ、連絡先交換しようよ。そうすればすれ違いになる事も無いし無駄に待たなくていいから安心でしょ?」
「まあ、確かに……」
正直なところ連絡先の交換は避けたいと思っていた。そこまで深く関わっていいのだろうかと。このまま夏菜に依存していくのが怖かった。
「それに昨日スーパーで約束したでしょう? 調理器具を一緒に買いに行くって。なら連絡先の交換は必要だよ。ね、交換しよ?」
真剣な面持ちで俺の顔を覗き込んでくる夏菜。
「そうだな……それじゃあ交換しよう」
その懇願するような夏菜の表情に俺の葛藤は脆くも崩れ去った。
「やった! 私がQRコード表示するからおにーさんが登録してね」
喜んでいる夏菜を見ていると断る選択肢は無かったなと自分の意志の弱さを心の中で苦笑した。
「えへへ、おにーさんの連絡先ゲット~! まずは私の自撮り写真を送ってあげようか? 待ち受け画面に設定してくれてもいいんだよ?」
「いやいや、そんなの送ってこなくてもいいから。あくまで連絡用なんだからな」
十八歳とはいえJKの自撮り写真をスマホに保存してたら何かあった時に捕まりそうだ。
「そんなのっておにーさんヒドいなあ。それともエッチな自撮りがいいですか? ホーム画面の壁紙にしてもいいんだよ。ひひ」
やっぱり夏菜は面白がっているようだ。揶揄い甲斐があるなぁとか思われてそうで少し恥ずかしい。
「あのなぁ、俺を社会的に抹殺したいのかい? 出来もしない事なんだから大人を揶揄うもんじゃありません」
こういった悪ノリは学校で友達としたりするかもしれないが、社会人相手では大いに問題がある。
「できるもん……」
「え?」
「できるよ。おにーさんになら見られても大丈夫だから」
「それって……」
俺はその言葉の真意を測りかねていた。
「なーんちゃって! ちょっと期待しちゃった? 真剣な顔しておにーさんてばエッチなんだからぁ」
「ぐっ! 俺の葛藤を返せ!」
「あれれ~葛藤してたんだぁ。おにーさんカワイイ」
JKに翻弄されている大人の俺はなんと情けない事か。夏菜の方が一枚も二枚も上手だった。
「ほら、もう遅いから帰るよ」
もう既に22時30分を過ぎていた。このまま揶揄われ続けるのも癪なのでキリが良いタイミングだし帰るように夏菜を促す。
「あともう少しだけ話そ? 調理器具買いに行く約束したでしょ。どこに行くか今決めよ? ね?」
この夏菜の上目遣いのおねだりに俺は弱い。とにかくあざとカワイイのだ。
「はぁ……あと、五分だけだぞ」
「うん!」
満面の笑みで嬉しそうな表情の夏菜を見ていると自分まで嬉しくなってくる。だけど俺は彼女に対して甘過ぎるかもしれない。年上の大人としてはどうかと思わなくもない。
「実わぁ、どこで買い物するか決めてあります!」
これから話し合いで決めるかと思っていたが、それなら話が早く済みそうだ。
「うん、それでどこ?」
「スカイツリーに行きましょう。そこの向かいのホテルにホームセンターが入ってるの知ってます?」
「ああ……そういえば、お値段以上なんとかって宣伝してる店があったな」
お値段以上の商品を売ったら赤字じゃないか? と突っ込みを入れたくなる宣伝だった。
「なのでそこに行きましょう。スカイツリーも登ってみたかったし」
「ん? 買い物するんじゃないのか?」
「もちろん買い物はしますけど、せっかくのデートなんですから楽しみましょう」
「デート? いやいや、ただ買い物に行くだけなんだけど……」
「男女二人っきりで出掛ければそれは全てデートです」
夏菜はキッパリと言い切った。彼女の中ではそうなんのかもしれないがJKとデートは色々と倫理的に問題があるような気がする。
「いやあ、そうは言ってもなぁ……」
「おにーさんは私とデートするのは嫌なんですか?」
夏菜が少し寂しそうな表情を見せた。その表情はズルい。罪悪感を感じてしまう。
「いや、そういう訳じゃ無いけど。何というか……道徳的にどうなのかなと」
「もう、おにーさんは考え過ぎです。悪い事してるわけでもないし楽しめればいいじゃないですか」
「そういうものか?」
「そういうものです。はい! では決まりです。待ち合わせ時間とか場所はメッセージ送りますね」
そう言って有無を言わせずデートの約束を取り付けさせられてしまった。
「それじゃ、おにーさんまたね!」
「あ、ああ、気を付けて帰れよ」
夏菜の積極的な押しで流されるままに彼女とデートをする事になった意思薄弱な自分が少し情けなくなった。
「もう少しシッカリしないとな……」
でも本当は分かっている。
俺が夏菜を拒否できないのは自分がそれを望んでいるからだと。
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