人の堪忍袋ばかり見るなんて

ちびまるフォイ

夫婦円満の堪忍袋

「そろそろご結婚のご予定は?」


思いやりゼロのリポーターが男にマイクを向けた。


「そうですね、いい人がいたら結婚したいなと思います」


「どんな人がタイプなんですか?」


「優しい人、ですかね」


男は主演舞台のインタビューを終えて楽屋に戻った。

楽屋には共演する先輩俳優がいた。


「さっきのインタビュー見たよ。なにお前結婚するの?」


「まだ考えてるだけです。相手もいませんよ」


「早いうちに結婚しておいたほうがいいぞ。

 ファンなんかは未婚であればワンチャンあると思って近づいてくる。

 それで刺された俳優仲間もいるから自衛の意味もある」


「……はあ」


「ただ、相手はちゃんと選べよ」


「先輩は結婚してますよね? 今の奥さんと結婚したいと思った理由はあるんですか?」


「そうだなぁ、しいてあげれば……」


先輩俳優はすべての人間の腰についている袋をポンと叩いた。


「相手がめちゃくちゃ堪忍袋大きい人だったから、かな」


男はなるほどなと思った。

友達や仕事仲間でも結婚している人は多いもののそのほとんどが離婚していた。

たいていの理由が口論で別れていた。


堪忍袋が大きいということは、小さなことを気にしない。

おおらかな心で夫婦生活を一緒に送れるというものなのだろう。


男はさっそくめぼしい女性にプロポーズした。


「僕と結婚してください!」


「私が……!? いいんですか!?」


「あなたがベストだと思ったんです!」


男が選んだのは容姿が優れているわけでも、スタイルがいいわけでもなく。

堪忍袋が人よりも大きい女性を選んだ。


結婚生活が落ち着いた頃、先輩の楽屋へ挨拶するタイミングがあった。


「先輩、お疲れさまです」


「おお、お前か。結婚したんだって?」


「はい。僕も堪忍袋が大きい人を選びました。

 気立てがよくて、家ではめっちゃ落ち着いて過ごせます。先輩は?」


「あーー……俺のほうは、その……別れたんだ」


「え!? そうなんですか!?」


「まあ……いろいろあるんだよ……」


先輩は歯切れ悪く話していた。

あとあとで週刊誌から先輩が相手の堪忍袋の大きさに甘んじて浮気を繰り返したのが原因だったらしい。


男は自分はそんなことしないと心に決めて過ごしていたある日のこと。

妻に呼び出されたので何事かと思って行ってみると、廊下に落ちた靴下の前で仁王立ちしていた。


「これ、なんだかわかる?」


「靴下だよ。どうしたんだ急に」


「そうじゃない。あなたが脱ぎ捨てた靴下よ。前も言ったよね、脱ぎ捨てないでって」


「何をそんな小さいことを……」


この一言に妻はカチンと来た。

大きい堪忍袋の袋の口から怒りがマグマのようにあふれてきた。


「小さいこと!? あなたはいつも私の忠告なんて聞かない!

 こないだドライブに言ったときも、道の駅寄ろうって言ったのに聞いてくれなかったし!

 その前にはドラマみたいのに全然譲ってくれなかったじゃない!!」


「おいおい、それと靴下となんの関係があるんだ」


「私の話をまるで聞いてないってことよ!!」


「そんな昔の小さな出来事をいちいち引き出して何がしたいんだ。

 そのひとつひとつに謝ってほしいのか?」


「私はあなたが無神経で、私のことなんか家政婦ロボくらいにしか思ってないのが許せないのよ!」


「そんなこと、俺がいつ言ったんだ」

「言わなくてもそうじゃない!!」


妻は自分の堪忍袋がしぼむまでめちゃくちゃにキレ散らかした。

話が終わる頃には夫婦はどちらもうんざりして、同じ結論に至った。


「……もう無理。別れましょう」

「ああ、そうだな」


最後にはお互いがわかりあえないことを、完全にわかってしまった。

男は離婚するとまた次の結婚相手を探すことにした。


「今度はもっと堪忍袋が短い人にしよう……」


堪忍袋が大きいからといって無制限ではない。

かならず我慢の限界があり、大きい堪忍袋はその臨界点がわかりにくい。


男は今回の離婚劇で学んだ教訓をかてに、次の結婚では堪忍袋の小さい相手を選んだ。


「僕と結婚してください!」


「うれしい! ……あ、でもこの指輪はダサいね」


「ええーー……」


結婚生活がはじまると、以前の結婚と比べて口論は多くなった。


便座を上げたままトイレから出ないで、とか些細なものばかり。

妻の堪忍袋が小さいことで、溜め込まずにガンガン言ってくる。


なんやかんやで結婚生活は長続きし、気がついた頃にはいい夫婦の日に表彰されるほどになった。

夫婦一緒にカメラの前にたつとレポーターはマイクを向ける。


「ずばり、結婚生活を長続きさせる秘訣は?」


「そうですねぇ。お互いに変な遠慮をしないことでしょうか。

 お互いに気づいたことを言い合える関係が大事なんだと思います」


「それによりストレスはたまらないんですか?」


「それが嫌になるような相手とは結婚しませんよ。はっはっは」


お互いを対応に思い合う良い夫婦関係だと拍手でたたえた。

インタビューを終えた妻がスマホを見ると、報道を見た友人からたくさんのメッセージが届いている。


「もしもし? ああ、私。メッセージ返信できなくてごめんね」


『いいのよ。それより、いい夫婦のインタビュー見たわよ』


「ありがとう、嬉しい」


『ほんと羨ましいわ。うちの夫なんか私が何か言うたびに逆ギレ。

 プライドが高くて嫌になるわ。どうすれば言い合える関係になれるの?』


「そんなの簡単よ。家に針はある?」


『針? あるけど……それがどうしたの?』



「夫婦円満のコツは、夫の堪忍袋の底に穴を空けるといいのよ」


それを横で聞いていた夫は、怒りは袋から水漏れし「まあいいや」で片付けられた。

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