僕の許嫁は元女優
マッキーマン
第1話 覚えてる?
―――いつしかの夢を見ていた。
僕があの子に話しかける夢、僕をあの子に好きだという夢、あの子が僕を好きだという夢、
夢は昨日の事の様にはっきり思い出され、それは何度もリピートして流される。もうその子が誰だったのかも覚えていない。
きっとこの先彼女に会う事は無いのだろう。会ったところで僕が誰なのかわかる筈もない。
夢の中の彼女には顔が無く、行く人々にも顔はない、何故か僕の中でその光景に違和感がなかった
あの日あの場所あの時あの頃すべてがそこに揃っててそこに彼女も居る。きっとあれが今までの人生で一番幸せだった時間だったろうか。楽し気に町を歩き、いつもの行きつけの公園へ行く。そしていつも最後は、
『好きだよ……』
その笑顔はきっと、綺麗だったのだろう。僕も次第に笑顔になっていく。そして、その場を
ーーー光が包んだ。
窓からの光が目に刺す。瞼に当たった光はそれでも眩しい。
ふと気づき目を擦り周りを見渡した。見渡す先はさっきまで居た公園ではなく何時もの自分の部屋だった。
溜息を吐きベッドに腰を掛ける。最近ずっとこの夢ばっかりだ、なんだよ僕は…昔の男を忘れられないOLか?
情けない自分にまた溜息をはきつつ、ベットから降りる。
彼女…まぁ夢の中のあの子はあれからすぐに父親の転勤だとかでこの町から引っ越した。結婚しようなんて言ってた時期もあったがもう遠い昔、10年以上たってちゃ、何で覚えてるの?くらいのミラクルだろう。
「おにーちゃーん、GHNだよ~」
丁度、一階からそんな声が聞こえる。GHN……ああ、ご飯か…
「了解~~」
一階に向けそう言うとパジャマを脱ぎ捨て制服に着替える。
下に降りると妹の"大月 美鈴"がテレビを見ながら朝食に付いていた。何か興奮気味に見ているそれに目を移した。
「美鈴、何観てるの?」
「ん。いやなんかね有名な女優さんが辞めちゃうんだって。」
有名女優…か、興味ないなぁ、
「それがね!あの『春の日』の"渉"役の人なんだって!」
「まじで?」
僕はちょっと驚きながらそう返す。
『春の日』とは二年ほど前に流行ったドラマで、社会現象にまで発展した作品だ、芸能界に疎い僕でも流石に知っているドラマで、この間友達からBOX借りて全話観たがヒロインである"渉"にガチ恋したのは言うまでもない。
「…でも、あの俳優さんあの後色んな作品に引っ張りだこだっただろ?やめる理由なんて…」
「なんでも、やりたいことがあるからだってさ。」
「やりたい事?勝ち組人生を棒に振るってでもやりたい事って……なんだ?」
「わかんない、でもなんか真剣そうな顔してたよ。」
真剣そう…か、僕たちには分からないようなことを考えているんだろうな。
なんとなくテレビの例の女優を見る。『泉 玲子』4歳の頃から俳優をやっていた実力派だ。『春の日』以外にも様々な有名作品に出ている言わば大手俳優の一人だったわけだが。
ふとテロップの名前の隣のカッコに所に目を向けた。
「16歳か…僕と同い年だね…」
「そうだねぇ、お兄ちゃんとは大違いだねぇ〜」
こうまで差が出ると虚しさが残る。
同い年なのに…、くそっ、人間の出来とはこうも変わるものなのか……まぁ、多分僕だったらあんな大勢の前で喋る事すら無理だろうけど、
さてと、テレビから目を離し、時計を見上げる。
「ふむ、美鈴よ。」
「なぁに?お兄ちゃん?」
「お前今日日直だったよな?」
そう聞くと美鈴は「ふぇっ!?」と呟き時計を見上げた。するとみるみると顔を青くしていく。その表情が滑稽で滑稽でニヤケが止まらない。
「絶対気付いてたでしょ!気付いた上で黙ってたでしょ!!??」
「たしかに気付いた上で黙っていたな、しかもあの時計は20分ずれている事も知ってた上で黙っていたり、」
「ま、まじ?…お、お、鬼ぃーーー!!」
鬼とはひどいな、鬼畜と言いなさい。
「くっそぉ!行ってきます!」
「糞とかいっちゃいけません女の子でしょw」
走っていく美鈴をいかにも嘲笑いながらコーヒーを飲む、これが愉悦か、
「……ん?待って、この時計20分遅れてるんだよね?」
ケータイを開き時間を見る。
登校時刻は8:30、現在時刻……
「は、8時…10分…?」
死ぬ気で走った。
☆ーー☆ーー☆ーー☆ーー☆ーー☆ーー☆
我が校、私立荒木高等学校はこの県唯一の高校である。しかし、競争率が高いわけでもなく偏差値は普通め敷地面積は普通め、ついでの顔面偏差値は普通めと、普通普通普通のオンパレードの高校である。
僕こと"大月和泉"はその中の普通の成績の普通の顔した普通の男子高校生である。つまるところ普通と言う概念の塊みたいな感じがしたりしなかったり。登校時刻2分前で誰もいない廊下を走りながらそんなどうでも良い事を考える。
「へぇ、お前が遅刻寸前とは珍しいじゃねーか、なんかあったか?」
教室の窓からそう声がした。見ると如何にもヤンキーです的な金髪のイケメン野郎が座っていた。"霞 隼一"因みに言うとヤンキーではない。この金髪も地毛だ。
親がイギリス人で日本人とのハーフらしく、こいつもまた私と同じ普通道を歩むもの、つまり見た目以外フツーの少年だ。まぁ少しオタクも入っているがフツーである。因みに『春の日』のBOXを貸してくれた張本人でもある。
「いやぁ〜、時計が20分遅れててさぁ」
「へぇ。よくそれで遅刻しなかったこと、」
軽口を叩きながら隼一の隣に座る。無論僕の席だ。
「それと、聞いた?『春の日』の渉役の泉 玲子引退するんだってさ。」
「ああ、知ってる、マジか〜って感じだなぁ、これからって時なのに」
隼一正定しながら縦に頭を振る。
「これから泉玲子の穴を埋めるために俳優陣は躍起になると思うぞ」
「え、そんなに?」
「そんなにだよ。これからの日本の映画ドラマは彼女が背負っていく手筈だったんだからさ、」
そう聞くと今朝たまたま聴いたニュースの重大さに気が付く。
「え、やばいじゃん」
「やばいよやばいちょーやばい…うわぁ、はずっ
…っま、まだあんな子に担がせる重荷ではなかったってことだ。本当は大人が子供を導いてやらなくちゃいけなかったのに…大人がそれを放置した。子供という小さな身に重みを持たせ過ぎたのさ」
そう隼一は呟いた。
☆ーー☆ーー☆ーー☆ーー
放課後の事だった。
「じゃあな」
と一緒に帰っていた隼一にそう言い、僕は帰路に着いた。
茜色に染まった空を背景に坂を下りていく。同じ道筋、同じ景色、いつもの代わり映えしない道を進んでいく。ふと、わき道を発見した。奥にはジャングルの様に生い茂っている林が一つ
「……此処は…」
覚えがある。
夢の中でこの坂を…このわき道をたしかに僕は歩いていた。
「……寄り道していくか…」
歩いて行く、たしかこの道で僕は笑っていた。たしかあの曲がり角で彼女は笑っていた。たしかあの坂で僕は転んでいた。たしかあの歩道橋で彼女は怒っていた…さまざまな記憶を頼りに進んでいく。
歩いて歩いて歩いて…歩き疲れた頃。
「…たしか…あの公園で…」
木影があった。あの下にあの時、僕と彼女が居た。
"そして、僕はあの子に"
「…好きって言われた?」
――美しい声だった。
その芝居がかった声に何度惚れただろうか。背中に響く声は確かに僕に向けられている。本当に?
勝手な自問自答、あの声は僕に向いていた?頭の中では理解しているけど本能はあり得ないと言っている。
「ちょっと、聞いてる?」
彼女の声が響く
「…あなたに言ってるのよ。聞こえない?How are you?」
「……え?」
正定してしまった。
その空間だけ切り取られた様な、まるでドラマの様な雰囲気に圧倒される。
呟かずには居られなかった。否、そうじゃない。きっと本質がそうだったのだろう。
「…"渉"?」
テレビで見た光がたしかにそこにはあった。
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