第36話:トーイは鈴村さんに声かける

***


 翌日。一日の授業が終わって放課後になった。

 

 休み時間や昼休みにも鈴村さんに話しかけるチャンスを狙ってた。

 だけど彼女はずっと教室内で本を読んでたりしたから、声をかけにくかった。


 できれば他のクラスメイトがいないところで話をしたいと思ったからだ。

 結局チャンスはないまま、一日が終わってしまった。

 教室を出て部活に向かう鈴村さんを追いかけて、廊下で後ろから声をかけた。


「あ、鈴村さん。ちょっといいかな?」


 立ち止まって振り返る鈴村さん。

 声の主が俺だとわかって、驚いた顔になる。

 小柄な彼女のそういう表情は、近くで見るとやっぱ可愛い。


「え? な、なに?」


 堅い表情と声だ。

 ちょっと警戒されてるみたい。

 そりゃそうだよな。


 普段俺から声をかけるなんてないし、夏休み前には『ニアミス状態で、可愛いねと言っちゃった事件』も起こしてる。


「あのさ。俺、文芸部に入りたいと思ってるんだ。相談に乗ってもらえないかな?」

「へ?」


 俺の唐突な申し出に、眼鏡の奥の目が丸くなって口をポカンと開けてる。


「まあこんな廊下の真ん中で立ち話もなんなんで、ちょっと歩きながら話してもいいかな?」

「あ、はい」


 戸惑う鈴村さんを促して、二人並んで部室へ向かって歩きながら話をした。


「こんな時期になんなんだけど……文芸部に入部したいんだ」

「へっ?」


 思わず鈴村さんは立ち止まって、疑わしげな目を俺に向けた。

 鈴村さんって『へ?』が多いな。


「あ、鈴村さん。歩きながら話そ」

「あ、はい」


 廊下で立ち止まって話してたら、周りを色んな人が通り過ぎて行く。

 意識しすぎなんだろうけど、なんとなく注目されたり話を聞かれるような気がして落ち着かない。だから早く移動したかった。


「どうして? ……突然」

「うん。最近、小説読むのにハマっちゃってさ。でもいちいち買うのは小遣いも足りなくなるし。文芸部なら蔵書があるでしょ?」

「あるけど……それなら図書館……」


 うん、まあ普通はそう思うよね。


「それもいいんだけどさ。同じ読書好きな人たちと、色々話をできたらなぁ、なんて思ったんだ。それにできたら小説を書いてみたいし」

「ふぅん……」


 鈴村さんは横を歩きながら、さっきから何度もチラチラと横目で俺の顔を見てる。

 疑われてるのかな……


「あの……桜木君。ちょっと部室まで来てくれますか?」


 やった!

 認めてくれるんだろうか。


 俺は舞い上がりそうになる心を抑えて、爽やかに「うん」と答えた。



***


 文芸部の部室に案内されて中に入ると、誰もいなかった。

 壁際には本棚があって、小説らしきものがたくさん並んでる。

 部屋の中央には打ち合わせテーブルがあって、向かい合って二脚ずつパイプ椅子が置いてある。


「そこ座ってください」


 鈴村さんが指差すとおりに、打ち合わせテーブルに座る。向かい側に彼女も腰かけた。

 鈴村さんは俺の髪の毛をジッと見てから、おもむろに口を開いた。


「ところで桜木君は、どんな小説が好きなのですか?」


 鈴村さんはいきなり真顔で訊いてきた。

 彼女もコミュニケーションが苦手だからか、雑談とか一切なしだ。


 うん、わかるよ。俺だってつい最近までおんなじだったし。

 話し慣れない相手とは、何を話したらいいのかよくわからないんだよな。


「えっと……夏目漱石かな」


 いや、ホントは俺が読む小説はライトノベルばっかだ。

 だけどここは文芸部。文芸作品を挙げるべきだと考えたけど、超メジャーな作家しか思い浮かばなかった。


 なんだこいつ超ビギナーかよ、なんて思われてるよな。大丈夫かな?

 そう思うと鼓動が高まる。


「そう。私も夏目漱石は好きです」


 ──おおっ、やったぁ!


「でも実はウチの部員、三人とも今はライトノベルにはまってる。書いてるのはラノベばっかりです。ファンタジーとか恋愛とか」

「へ?」

「WEB小説に載せたり、公募に応募したり。あと部誌を作ったり」


 たどたどしい感じでそんなことを言いながら、鈴村さんは『文芸部部誌・雑草』とタイトルが書かれた手作りの雑誌を机の上に置いた。


 そのいかにも文芸誌ぽいタイトルの部誌の表紙には、なぜか思いっきりラノベチックなイラストが描かれてる。

 異世界の登場人物のような服装の男性主人公と美少女ヒロインが描かれた、ファンタジーラノベの表紙みたいなイラスト。だけどいかにも素人が描いたような絵だ。


 まあ高校の部誌だから、プロのイラストレーターに頼むはずもなく、部員の誰かが描いた絵なんだろう。


「だから桜木君の望むものは、ここにはないと思う」

「え? 俺の望む……もの?」

「文芸部に入ったら、文芸作品を語ったり、書いたり。桜木君の望むのはそれでしょ?」

「あ、いや……」


 そっか。結局のところ、鈴村さんは俺の入部を断りたいんだな。俺の望むものがないなんてのは、きっと単なる理由づけだろ。


 だったら俺もくどくど言わないで、あっさり諦めた方がいいな。

 その方が鈴村さんに、しつこい男だと思われなくて済むし。


 仕方ない。諦めて帰るか。


 ──なんて思った時に。


 電車の中で花恋姉に言われたことを思い出した。ヒデさん達と会った日の帰りのことだ。


『ホントの意味でコミュニケーションが上手い人は相手を喜ばせようとか相手に何かを伝えようとか、相手の人にベクトルが向いてる』

『でもコミュニケーションが苦手な人は、バカにされたくないとか、間違いを指摘されたくないとかベクトルが自分に向いてる。だから失敗を恐れてなかなか話せない』


 そうだ。嫌われるのを恐れて、勝手に鈴村さんの気持ちを決めつけたらダメだよな。


 俺の気持ちも伝えた上で、ちゃんと鈴村さんの気持ちを確かめよう。


 ──俺はそう決めた。

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