第5話 予言書 - 1 -


「おはようございます、皆さん」


 昨晩の記憶が曖昧なまま、朝を迎えた。

 朝食後、すぐにカヴァリヤ城の資料庫に皆集まった。ここに来てまだ4日、しかも立て続けに色々な出来事があったのでカイは私の体調を気遣ってくれたが、私は早く予言書を見たかった。今、カイが持つ本を。


「皆さん、集まりましたね」


 カイは、一枚板で出来た机の周りの皆を見回す。

 フェリックス、フェルデナント、シアラ、そして私。資料庫は本が多く保管されているからか、直接日の光が入ってこないので、みんなの顔に少しだけ影が差しているように見える。その表情が、より空間に緊張感を与えている。


「これが予言書です。開く前に、サラ様とシアラ様もいらっしゃいますので歴史から説明をさせていただきましょう」

 そう言って、カイはそう厚くはない豪奢で古びた装丁の本を撫でた。


「予言書が執筆された時代は分かっていません。著者も分かっていません。予言書と名付けられたのは今から約1000年以上前とされています。エクレールの歴史書、シレンシアの現書と同時期ですが、この3冊が同じ時代同じ著者によって書かれたかどうかも分かっておりません」

 謎だらけです。と、少しだけカイらしくない戯けた調子で言った。


 カイの説明は流暢で、とても分かりやすかった。

 カイの説明によると、カヴァリヤでは王位と共にこの予言書を代々継承してきたそうだ。そして、継承式で新しい王が予言書を開きそこに書いてある予言を国民に読むのが慣わしとなっている。過去その予言の内容は少しずつ変化を伴っていたが、必ず何があっても救世主が現れて最後には平和が訪れると締め括られていた。


「ねぇ、カイ。王位と一緒に予言書も継承されるなら、フェリックスも予言書を読んだってこと?」

 フェリックスを見ると、あらぬ方向を見ていた。少し不貞腐れているように見える。


「……フェリックス様は、今日初めて予言書を目にしています」

 どいういうことか分からず、もう一度フェリックスに目を向ける。


「……俺は、予言書を信じていない……、少なくとも信じていなかった。サラが現れるまでは。だから予言書を読むことを拒否した」

「えぇ、それは頑なに駄々をこねられました」

 フェリックスのむすっとした顔から、当時の情景が目に浮かぶようだった。


「実は、フェリックス様のお父上、カヴァリヤ王国第48代国王クラウス様は三国戦争で城を離れる際に、異例ではありますが予言書を開かれました。そしてその言葉を私に託されたのです。これは三国戦争という状況下でまだ幼かったフェリックス様のことを想ってのことだったのでしょう。フェリックス様の王位継承の予言は、これを代わりとしました」

 むくれているフェリックスに横目に、カイは続けた。

「その託された言葉、クラウス様が開いた予言書にはクラウス様が王位継承した当時から違っていました」

「苦難が起こった10年目3度目の新月の頃、異国より救世主が現れ再び世界に平和が訪れるだろう」

 これまで黙っていたフェルデナントが口を開いた。

「よく覚えているよ。子供ながらに印象的な日だった」

「……えぇ、そうですね。しかし、私が託されたのは『苦難が起こった10年目3度目の新月の頃、エルストの森の川の先に……』です。こちらが原文です」


 カイが私を見て、続いて全員の視線が私に集まった。あの森はエルストというのか。


「そして……これも、今申し上げておくべきでしょう。フェルデナントが言った言葉は、そのままシアラ様の村、ダイント村に伝えられました。これは、カヴァリヤとダイント村の慣わしでした」

 シアラが野宿で話してくれたことだと分かった。


「決して、予言書を信じていないからという訳ではありません。政治的理由です。いつでもどんな時でも民の希望となる救世主が、我々には必要でした」

 カイはそう言って、フェリックスに言い聞かせるように彼に視線をやりながら話した。

「しかし、クラウス様の予言の言葉で状況は変わりました。これまで、いつか現れるであろう救世主様の出現時間・場所が明示されたのです。これは、大変なことでした。救世主が現れるということ同時に苦難が訪れるということを意味し、また明確な予言書はその信憑性に直接関わり、ひいてはカヴァリヤの文化背景にも影響します」

「……だから出現場所を抜粋して、ギリギリまで救世主の存在をコントロールしたかったのね」

 シアラが言った。あえて嫌味を言ったと言わんばかりに、口の端を持ち上げカイに笑顔を向けている。


「……えぇ、そうです。お許しください、我々は予言書に対してあまりにも無知で、予言書の存在を……畏れていました」


 予言書は、何か希望に溢れたキラキラしたものを想像していた。外から子供たちの、きっと兵舎に遊びにきた城下町の子供だろう、遊ぶ声が聞こえる。そういう、太陽の光をいっぱいに浴びたような、そんなものを想像していたのに、今、この予言書を囲む私たちの顔は皆神妙で、難しい、複雑な、やるせないものだった。


「では、本題に入りましょう」

 そう言って、カイは予言書の表紙をめくった。

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