第3話 帰城 - 3 -
「カヴァリヤ国、フェリックス・ショーマン・A・カヴァリヤ陛下。このたびは……」
カミーユの澄んだ透る声が、美辞麗句、慇懃無礼な挨拶を無感情に読み上げる。部屋の石できた壁が、カイの声を不思議とクリアに響かせる。
ここで、これまで色々な報告がされ、色々な判断が下されてきたのかと思うと神妙な気持ちになった。石の壁はどんな時も、反響させず共鳴させず声を偽りなく部屋中に響かせてきたのだ。
「……しかるに、シレンシオの賊が先の忌まわしい戦争で手に入れた我が国の歴史書の一部をもって、薬物を模倣したこと、そして不適切な用途に使用するのではないかと懸念し、さっそく手紙をしたためた所存である」
薬物とは火薬のことだろう。適切な用途がなんなのか甚だ疑問だ。
「———ついては、貴国の未来を予言するという本によって、貴重な我々の知識を悪用しようとする輩をどうにか探しあてていただけないだろうか。我が国の歴史書は過去しか写さぬゆえ、エクレールの知識が盗まれ、利用されたという恥辱のみを審らかにするのみなのだ」
「カイ、もういい。フェルド、火薬が使われていた形跡はあったか」
「はい」
先の戦争で使われた火薬。
クロード国王は火を産む薬というが、彼らは火を産み、人を殺した。
「このタイミングでのこの手紙、フェリックス様、御判断は冷静に」
フェリックスの声色に焦燥感を感じたのか、カイが言葉を挟んだ。
「エクレールは武力で先の戦争を終わらせましたが、そもそもシレンシオの賊がエクレールの本を盗み出したということが、エクレールが全ての本を手に入れるための企てであった、という疑念も晴れておりません。一度周辺の紛争を収め好機を窺っていたとも考えられます。それにクラウス陛下の死も……」
はっとして、カイが口を閉ざす。
クラウス前国王は、エクレールの敷地内で、火薬を使ったと思われる方法で襲撃されたという。フェリックスだけでなく、カヴァリヤ国民は皆エクレールが国王を襲ったと考えている。
「あぁ、胡散臭い小芝居だな。買ってやろうじゃないか」
フェリックスは眉間に皺を寄せ、怒りで震えながらにやりと美しい顔をゆがめた。
「フェリックス様、どうぞ、慎重に……」
カイも、眉間を強張らせ目をそっととじた。彼自身も何かをこらえるように。
異様な雰囲気につつまれた謁見の間で、私は、一人冷静でいたような気がする。
影であれと育った成果なのだろう、誰とも同じ心を共有できない。事実だけを認識できる。
———せめて、早く動き出したい。せめて……足音だけでも皆と共にありたい……
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