第6話 リューデス村 - 1 -
兵士二人に挟まれる格好で、サラとフェルデナントは急ぐことなく馬を走らせた。
サラは何がめずらしいのか、動物の影や花や森の全てに興味津々のようだ。フェルデナントも面倒くさがらず、丁寧に説明している。城に仕える彼にとってサラは守るべき存在なのだろう。仕草の一つ一つが優しい。だけどそれ以上に、なんというか、女性を扱うすべを知っている。軍人とはいえあの容姿だから女性経験も豊富なのか、サラもフェルデナントにはすっかり気を許している。
初めて踏み入れる森でも、規模はどの程度か、沼や湖はあるのか特殊な動植物はいるのか、くらいの情報は入手済みだ。木の上を飛ぶように走りながら、情報と実際の様子を擦り合わせ、もし追っ手がいたら、待ち伏せする輩がいたらと想像を巡らせる。
*
「ねぇフェルデナント」
「はい、なんでしょう」
フェルデナントの背中越しに覗き込むように、サラは問いかけた。
「カイさんが言ってた言葉……”言葉を使う”って、どう言うこと?」
サラは聞きながら、また見慣れぬ草木に視線を移した。
「カヴァリヤ国の人間は……厳密に言うとカヴァリヤ地方の血を引き継ぐ人間は特定の能力に長けていると言われています。その能力というのが、言葉を操る力です。昔は、音楽に乗せて言葉を詠んでいたことから言葉を”使う”ことを”歌を詠む”と言い、それを生業としている人を”歌詠”と呼んでいます」
「言葉を操る、というのがよく分からない……な」
フェルデナントは、そうですね……と少し思案した様子でいる。黙っていると、一定のリズムを刻む馬の動きがよく感じられた。生き物に乗っている温かさが心地よいと、サラはつい昨日初めて跨ったときには感じなかった感覚に気づいた。
「サラの国では、例えば、お祈りをしたりお願いをしたりという宗教的な儀式はありますか?」
「うん、あるよ。お寺や神社で試験に受かりますように、とか、誰かの病気が治りますように、とか」
「そういうことです。試験に受かりたいという願いを言葉にすることで、自分自身の士気を高めます。これがトキです。病気が治りますように、という言葉を治ってほしい相手に詠めば、相手の治癒能力を高められます」
サラは声に出さずに、なるほどという顔をした。
「フィル・グリューク……?と詠めばいいの?」
「フィル・グリュークは幸運を祈る言葉ですが、ただ唱えれば良いというわけではありません。逆に言えば、この言葉でなくとも歌詠は幸運を祈ることができます」
「…………?」
「はは、すみません。難しかったですね」
フェルデナントは楽しそうに笑って続けた。
「俺がサラにネルケという花を贈ったとしましょう」
そう言って、手綱を持つ右手を離し後ろのサラに花を渡す仕草をする。
「……ありが……とう?」
まだ頭にクエスションマークを付けているサラに、フェルデナントは微笑んだ。
「寂しいですね、振られた気分だ。ネルケの花には愛している、という意味があるんですよ」
「え? そうなの?」
「どんな言葉でも、正しく相手に伝わらなければ意味がない。歌詠は相手に伝わる言葉を適切に選び、その言葉の効力を高めることができるんです」
フィル・グリュークはカヴァリヤ人向けの言葉ですね、と前に向き直りながら続けた。
「カイが詳しいので、城に帰ったら彼に聞くのが良いと思います。フェリックスも歌えるけど、特殊なところがあるからどうだろうな……」
「そういえば、フェリックスと話をしていたときに、あぁこの人の言う通りだなと急に気持ちが変わったことあったな。昨日の夕食の後、居場所はあるって言われたの。そっかそれならここにいても良いかなって思った」
フェルデナントはまたサラに向き直る。
右腕から覗かせるサラの顔が思いのほか近くにあった。無防備に思索に耽る表情に、フェルデナントは頬を緩めた。なんて無垢なのか。見ず知らずの場所に急にやってきて、知らない事ばかりで与えられるものを純粋に疑うことなく吸収していく。怖いほど真っ新な表情だった。
「それは、間違いなくフェリックスが歌を詠みましたね。その手の歌が得意なんですよ、あいつは」
ふーん、とまだ自分の中の疑問を形にできず考えている面持ちでサラは答えた。
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