第4話 三国同盟 - 1 -
———10年前カヴァリヤ国
「陛下、エクレールがシレンシオに宣戦布告をしました」
軽装の男がカイに連れられ、王の間に入ってきた。冷静な声色とは裏腹に扉の前まで馬で駆けてきたかのように、興奮と焦燥が男から感じられた。
「そうか」
エクレールの歴史書がシレンシオの賊に狙われたことがきっかけだった。
歴史書の一部を奪われたエクレールは、狙われたものが狙われたものなだけに、これをシレンシオの謀略と考え、シレンシオに同等の、つまり現書の開示を求めた。
普段なら三国協議を開くはずが、賊のことを関知していないシレンシオは、エクレールの要求を三国同盟の破棄と考え、シレンシオはこともあろうにエクレールに先制攻撃を仕掛けたのだ。
玉座のある広い謁見の間は、その石の壁が全ての音を吸収してしまっているかのように静まり返っている。
静止した一幕で、先ほどカイと入ってきた男だけが次の展開に備えているかのように生を感じる。
彼は、かつてカヴァリヤの裏舞台を掌握していたと言われるダイント村の出身だという。カイに後から聞いた話だが、エクレールの歴史書が賊に狙われているという時点で、複数人いるらしい彼らは情報を入手しており、随時カイに報告をしていたらしい。
存在は認知していたが、今回のような緊急事態において初めてその1人と顔を合わせることになった。
「下がって良い、ご苦労だった」
「はっ」
諜報活動を秘密裏に行っているとはいえ、早期に対処すべきだったか。
いや、三国協議を開かないという事がまず想定外だった。
このままでは、戦争に……その前にまずエクレールとシレンシオ国境地域の紛争が大規模化し、軍同士の戦争ではなく民間人同士の争いが激化してしまう。これだけはなんとしても避けたい。
「クラウス陛下」
カイはカヴァリヤに来てまだ十数年だろう。若いのに国の誰よりも知識を持ち機転がきく。
「クラウス陛下、このままでは法外で民間人同士の争いが勃発し収拾がつかなくなります」
「そうだな」
海沿いのシレンシオ、隣接するエクレールのさらに大陸側にある我がカヴァリヤは、地理的に二国の戦争を傍観する立場をとることもできる。が、しかし。
「隣国エクレールとの会談がよろしいかと。シレンシオの賊は海だけでなく陸地でもその活動範囲を広めており、今や各地で発生した新たな派閥ができています。もはや、”シレンシオの賊”という呼び名は相応しくないでしょう。彼らは遅かれ早かれカヴァリヤにも略奪の手を伸ばしてくると想定すべきと存じます」
「……三国協議の開催は絶望的か」
「……はい。諜報員からの情報によりますと、エクレール国王は今度の出来事は『星の巡りが悪かった』と」
「そうか……」
こうしている間にも、シレンシオの馬はエクレールに向かっているだろう。国境ではすでに戦死者が出ているかもしれない。それにエクレールが開発している、あるいは、したという新しい武器が戦争にどのように作用するのか全くの未知である。
「カイ」
は、とカイはその長身で細身の体躯を硬らせて通る声で答えた。
「本を、予言書を持ってきて欲しい。それからフェリックスをここに」
「承知いたしました」
踵を返し、カイは部屋を後にした。
カイがカヴァリヤにやってきた日の事を思い出す。当時はまだほんの子供だった。
今でも私からしたら子供のようなものだが、当時は腕にすっぽりと収まるほど小さく今よりもっと細く、肩まで伸びてしまっていた髪はほとんど透き通って美しかった。北国出身だという彼の白い肌が慣れない暑さで火照り、熱病の子供が城の前で倒れていると兵士に連れてこられたのだ。
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