贈り言葉は隠して
陰陽由実
バレンタインデー
「寒いです」
しんとした部室で唯一の後輩が言った。
「仕方ないだろ、暖房器具入れられねぇから」
「なんでですか」
「顧問があんまり顔出さないから、火元責任者がいないようなもんなんだよ。あと弱小な部だから金がない」
「……ちっ」
女の子のものとは思えない舌打ちが響き、また静寂が訪れる。
俺達の所属している英語部は現在部員3名。
1年が今しがた舌打ちをした
2年は俺と、あともう1人——
「ハッピーバレンタイーン!」
ガチャッとドアノブの大きな音を立てて部室の扉を開けた
以上だ。
「部室狭いから響くだろ」
「お小言は聞こえませーん」
そう言って俺の隣に座った。
「今日バレンタインでしょ? クッキー焼いてきたからあげるー」
「わあ! ありがとうございます!」
手に持っていた紙袋から向かいに座る吉田にひとつ渡した。
「はい、
「さんきゅ」
持っていた海外の新聞を机に置き、受け取る。
シンプルで透明な袋の中には、ハートや星の形をしたアイシングクッキーがいくつか入っていた。センスのいい小田らしく、なかなか可愛らしい。ラッピングも簡単なものだが、見栄えがよくて大人っぽい。
「今食べてもいいですか?」
「いいよー、食べて食べて」
「いただきます!」
お前の中にはためらいとか遠慮という言葉はないのか、と思うくらい躊躇なくガサッと袋を開け、クッキーをひと口頬張った。
「めっちゃおいしいです!」
「ふふ、ありがとう」
俺も食べようと思い、先にラッピングごと写真に撮ってから袋を開けた。
さくっとしたチョコのクッキーに、パリッとしたアイシングの食感が楽しい。
「うま」
「えへへー、でしょー?」
「というかこの完成度プロだわ」
「初アイシングの初心者ですけど」
「まじかよ」
そういえば去年もらったカップケーキもおいしかったし、デコレーションも綺麗だった。
ああ、そういえば。
小田に告白されてから、もう半年くらい経ってるのか。
小田のことは同じ部員のクラスメイトで友達、と思うくらいで恋愛のことはあまり考えておらず、もう大学入試のことを考え始めていて気持ちはすでに受験生だったから断ってしまった。
カップケーキをくれたときも、小田は俺のことが好きだったのだろう。
あれからというものの、妙に小田が気になって仕方がない。
まあ、仮に告白するとしたら受験後だろうし、そんなときにはもう小田は俺のことなんてどうでもよくなっているかもしれない。
元知人の他人、みたいに。
「そういえば先輩方ってお付き合いされてるんですか?」
むしゃむしゃとクッキーを食べながら突然爆弾発言をした吉田に、俺は咳き込みそうになった。
「へっ!? ななんで!?」
「すごく仲良さげですし、結構距離近いなーって思って。というか大丈夫ですか
「うん……」
小田が横で口元に手を当ててくすくす笑ってる。そんなに動揺してたかな……
「私達は付き合ってないよー」
「えっ、そうなんですか? お似合いなのに」
「友達だねー」
にこにこと笑って答える小田に、どこかもやっとしたものを感じた。
「それに私好きな人いるし」
!!!?
「そうなんですか!? 誰ですか!? 私の知ってる人ですか!?」
「うーん、どうだろうね」
さっきの笑みに少し頬を染めて言う小田に、俺はフリーズした。心の処理が追いつかないまま、会話はどんどん進んでいく。
「名前教えてください」
「それは恥ずかしいからだめー」
「じゃあどんな人ですか?」
「えっとね、とりあえず1番にかっこいい」
「ほうほう」
「それなのにすっごく優しくて、小さな事にも気づいてくれたり、手助けしてくれたりするの。ちょっと不器用なのもかわいくて」
「ほっほーう」
「半年前くらいに1回告白したんだけど」
「なるほどなるほ…告白したんですか!?」
急に椅子を蹴飛ばすようにガッシャンと音を立てて立ち上がるものだから、俺は現実に強制送還されたと同時に心臓が飛び出すかと思うくらいびっくりした。
「吉田、興奮するのは分からなくもないけど、もうちょっと、いや大幅に声量を自重してくれ」
「それどころじゃないんですみません! 小田先輩、詳し———————っく聞かせてください!」
「結論先言うと振られた」
「振られ、え!? えええ!?」
「初めての告白だったんだけどね」
……初めて?
俺はうまく回らない頭を総動員させて、小田の話を思い返した。
半年前。
1度の告白。
からの失敗。
そして、初めてだった——?
——私、告白とか初めてした。
そのセリフを聞いたのは半年前で、発したのは小田ではなかったか。
間違いない。いや、間違っていたらどうかしている。
小田は今、俺の話をしている。
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