転生秘話

「あのさあ、ウチは日本で交通事故に遭ったんだけど、その時、羽伊勢も一緒だったんだよね」

 なぜかウチの口からは、この世界に来た経緯いきさつを述べる言葉が滔々とうとうと流れ出した。


「それでね。眉目秀麗、頭脳明晰な羽伊勢は、当時の女神ホクセー様の目にとまり、女神の使徒として転生することになったんだ」

 友だちのウチが言うのもなんだけど、アイツは本当にスゴいヤツだったんだ。


「羽伊勢はその話を引き受ける条件として、ウチも一緒に転生させてくれってホクセー様にお願いしたんだとさ。だからウチは、羽伊勢のお情けで女神の使徒として転生させてもらったって訳さ」


 話をしているうちに、だんだん自分の気持ちがわかってきたような気がする。ウチは…… 自分のことが許せないんだ。たいした実力もないクセに、尊大なふるまいをしてきた自分が…… 恥ずかしくてたまらないんだ。こんな偽りだらけの自分に今でも期待してくれる人々を前にして…… いたたまれないんだ。

 更に言えば…… 誰かに非難してもらい、心から謝りたいのかも知れない……


 しかし、目の前にいる人々は誰もウチのことを非難しない。天界にいるテラの顔は見えないけど、テラ以外の面々は神妙な顔つきでウチの話に聞き入っている。

「もう、みんななんて顔してるのさ。今の話が真実なんだから、そんな顔しなくても……」


『マエノー様。私もお話しさせていただいて、よろしいでしょうか?』

 天界から、いつものポンコツテラとは違う、落ち着いた美しい声が聞こえてきた。


「ダメ。アンタは優しいから。真実を曲げてでも、ウチをかばうようなことを言うだろうからね」


『そんな……』


「で、ではマエノー様! 私からお話しさせていただいても構いませんか!?」

 今度は切羽詰まった表情のアイシューが口を開いた。


「なんだい、アイシュー?」

「マエノー様は女神に選ばれたのですよね? なんの実力もない方が、女神に選ばれることなどないと思うのですが!?」


『あっ! ちょ、ちょっとアイシューさん、そ、その話は……』

 天界から、今度はいつもの調子のポンコツテラの声が聞きえてきたけど——


「ふふふ…… いいよ、テラ、そんなに気を遣ってくれなくても。話は少し長くなるけど、許してね、アイシュー」

 真剣な表情をしたアイシューが無言でうなずいた。



「羽伊勢を女神の使徒として転生させたのは、魔人族と森林族の二種族を統治してた第二世代女神のホクセー様だってことは、さっき言ったよね? でもね、当時、ホクセー様の使徒はいっぱいいたから、ウチは人間族と獣人族を統括していたナントー様の使徒に回されたって訳。後で聞いた話だと、ホクセー様ってとっても優しい方だったから、ホクセー様の使徒になりたい人は多かったんだって」

 ちなみに、テラはずっと前からホクセー様の使徒だったから、羽伊勢にとってテラは職場の先輩ってことになるのかな。


「一方のナントー様は、なんというか豪快な方だったんで、みんなビビって使徒のなり手があんまりいなかったそうよ」

 でも、ウチはナントー様と気が合ったっていうか、細かいことを気にせず強引に物事を推し進めるナントー様のやり方が好きだったから、あの頃は結構楽しい毎日を送っていたんだ。


「その後いろいろあって、まずホクセー様が失脚して、次にナントー様も何と言うか…… そう、大天界にお帰りになることになったのよ……」

 ナントー様にはお世話になったからね。悪く言うとバチが当たるよ。


「ナントー様の使徒たちはみんな、ナントー様と一緒に大天界に行こうって話になったんだけど、なんか誰か一人はこの世界に残って、この世界の女神にならないといけないって言うのよね。それで、一番使徒歴の浅いウチがこの世界に残されたって訳。普通、逆だと思わない? こういう時は、一番経験の長い人が残るものでしょ? なんか噂によると、この世界は大天界のお偉いさんたちから見放されたんだって。だから他の使徒たちは、いくら女神になれるからといって、ここには残りたくなかったみたいね」


「あ、あの、マエノー様。そのような大切な話をここでされて、本当によろしいのでしょうか……」


「あ…… ウチ、ちょっとおしゃべりが過ぎたかしら……」

 ひょっとして、巨大な闇の勢力に消されたりして……


「ああもう、それでも構わないわ! ねえ、アイシュー! ウチはアンタを気に入ったのよ。アンタなら、テラと一緒にこの世界をなんとかしてくれるんじゃないかって思ってるの! あっ、でもこんなこと言うと、テラにとっては迷惑になるのかな?」


『いいえ、そんなことはありません。今の話はいずれ話そうと思っていましたから。カイセイさんやアイシューさんは、私の盟友だと思っていますので』


「チョット! アタシのことは…… いいえ、なんでもありません。話を続けてクダサイ……」

 あ、ホニーがちょっと大人の対応をした。


『もちろん、ホニーさんもですよ、ふふふ』

 テラは本当に優しいヤツだ。でも、そんなこと言って、後で後悔しても知らないぞ?

 なんてことはどうでもいい。


「まあ、そんな訳だから、どうせ見放された世界なら何やってもいいやっていう気持ちで、好き勝手なことをやってやろうと思ってたのよ。そんな矢先、先にホクセー様と一緒に大天界に戻っていた羽伊勢とテラが、ウチの使徒になるって言って、この世界に戻って来たの。まったく、余計なお世話だってのに」


「チョット! マエノー様ったら、やっぱりツンデレ…… って、あの…… なんだか話の腰を折ってしまいスミマセンデシタ。どうぞ話を続けて下さい……」

 どうやらホニーは、少しずつ大人の階段を登っているようね。


「ふふ、ホニーは本当に面白い子ね。まあ、その後、羽伊勢とはずっと喧嘩ばっかりでね。羽伊勢の言うことの方が正論だってことはわかってたんだけど、『ウチは女神はだぞ! エラそうなこと言うなよ!』みたいな感じで、ムキになっちゃって…… まあ、そんな感じでいろいろウチのことを気にかけてくれた羽伊勢だけど、今となっては、きっとウチのことなんて見放しているんだろうね。いや、まあ、自分の留守番程度には評価してくれてるのかな」

 ウチがそんな言葉を口にすると——


『そんなことはありません!!! パイセンは、いいえ、マイカさんは決してそのようなことは考えていませんし、親友であるヒビキさんを見放してなんかいません!!!』

 空の彼方から、テラの鬼気迫る声が鳴り響いた。


 そう言えば……

 ウチも小学生の頃は羽伊勢のことを、舞華まいかちゃんって呼んでたっけ。

 中学でソフトボール部に入ってからは、お互い苗字で呼び合うようになったけど、それはそれで、いい関係性が築けていたように思う。

 それが、ウチが女神になってからというもの、『オマエ』とか『テメー』とか『ボケ』とか『カス』とか、挙げ句の果てには、『ノーコン女』とか『肩弱かたよわ野郎』とか『足の指にできたウオノメ』とか言い合っちゃって……


 ハァ……

 このなったのは、全部ウチの責任だな。

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