間話 ヨルノオ=カシ・ウナギパイーの求婚(後編)
ヨルノオ=カシ・ウナギパイーが、よくわからない話をまくし立て続けている。
ホニーは大丈夫だろうか? そう思い、ホニーの様子をうかがったところ……
あっ、上級火魔法の詠唱を始めてる……
「おい、待てホニー!」
俺はホニーの口元めがけて、再び無詠唱で初級風魔法を発動。
「チョット! なんでジャマするのヨ!」
「バカ! こんなところで上級火魔法を使ってみろ、この辺り一帯が火の海になるだろ!」
「……そうね、アタシとしたことが、少し冷静さを欠いていたようだワ。そう言えば、まだ話の途中だったわネ。えっと…… どこまで話したかしら」
どうやらホニーは冷静さを取り戻したようだ。ウナギパイーをギロリとひと睨みした後、ホニーは話を続けた。
「そう、親同士は仲が良かったってトコね。でもね、親同士が勝手に婚約を決めたとか、そういうことも一切ないのよ。なにせソイツは素行が悪すぎて、ウナギパイー子爵家から追い出されたんだから」
「それは違うぞ、ホニー。
……お前さっきの自己紹介で、『ウナギパイー子爵家の3男』って、チャッカリ名乗ってたじゃないか。ちゃんと謝って、家に入れてもらえよ。
「うっさいのヨ、この変態! アタシの話にいちいちチャチャ入れるんじゃないわヨ! あー、イライラする! とにかく、本当に結婚の約束なんてしてないんだから! 婚約の話はソイツが勝手にデッチあげてるだけなのヨ!」
ホニーが悲痛な叫び声を上げた。そしてウナギパイーに向け、更に言葉を投げつける。
「あのサァ、アタシずっと言ってるでしょ? アンタが変態かどうか以前の問題として、アタシとアンタじゃ釣り合わないって。アタシはこの世界随一の魔法の使い手ホニーさんなのよ? アンタ、まったく魔法が使えないじゃないの」
「フハハハハ!
「それを言うなら、とりあえず『ビール』だろ……」
ウナギパイーは俺の足元目掛けて、とりあえず、変なビームっぽい魔法を放ってきたのだが……
「まあ、確かにちょっとは痛いかな。足の小指をタンスの角に少しぶつけたみたいな感覚だ。でも…… それだけなのか?」
正確に言うと、痛いと痒いの中間ぐらいの感覚かな。
「……フーン。アンタ、魔法が使えるようになったのね。でもその程度じゃ——」
ホニーの言葉を
「フハハハハ! 見たか、これが魔法の修行の成果だ! だが
そう言って、今度はアイシューを見つめるウナギパイー。なんだか嫌な予感がしてきた。
ウナギパイーは、アイシューに向けて語り出した。
「いやー、さっきから思ってたんだけど、ホニーの隣にいる君。なんだか君だけキャラが薄くない? 一人だけ喋り方普通だし。言いにくいんだけど、影が薄いってよく言われるよね? あっ、ごめん、ひょっとして気にしてた?」
「ちょ、ちょっと、この人いきなり何言い出すのよ!? べ、べつに気にしてなんていないわよ! というか、これのどこが攻撃なのよ?」
「精神攻撃だ!!!」
「魔法関係無いじゃない! しかも、それ、ただの悪口でしょう!!!」
アイシューが涙目で訴える。
「ん?
そう言って、また勝手にアイシューに向けて喋り出すウナギパイー。
「あのさぁ、昨日銭湯に行ったんだけど、そしたらさぁ、番台のおばちゃんがいないんだよねぇ。だからさぁ、チラッと見たわけよ、反対側を。そしたらもう——」
「ちょとぉぉぉ! やめなさいよおおぉぉぉ! あなたいったい、何の話をしてるのよっ!?」
「シモネタだ!!!」
「魔法どころか、もはや攻撃ですらないじゃない!」
「『得意技』だと言ったはずだ!!!」
「他の技を磨きなさいよっ! 魔法の修行はどうなったのよ!」
「限界を感じたので、他の才能を伸ばすことにしたのだ!!!」
「ばっっっかじゃないの!!!」
真面目でエッチな話が大の苦手であるアイシューにとって、きっとコイツは天敵なんだろう。
「ハイハイ、終わり終わり。あのさぁ、ソイツと話すといっつもこうなるのよ。ホント、疲れるでしょ?」
ウンザリとした表情で不満を吐き出すホニー。
「ほんと、ばっっっかじゃないの!!! ねえホニー、その
アイシューのヤツ、我慢の限界がきたようだな……
「……おい、そこの娘。どうやらもう一度
「シモネタは攻撃に入らないって、さっき自分で言ったでしょ!!!」
「えっ、でもバナナはオヤツに入るって先生が——」
「ハイハイ、終わり終わり。ねえ、アイシュー。アンタこれ以上続けると、また精神攻撃受けるわヨ? まあ、もう受けてるみたいだけど」
あっ、本当だ。普段冷静なアイシューが、こんなに興奮するなんて…… 流石、ヨルノオ=カシ・ウナギパイー。
さて、俺たちがそんなバカなやり取りを続けていたところ——
街道から大きな馬車がこちらに向かってやって来た。どうやら本当の待ち人であるナレードが到着したようだ。
馬車から降りようとするナレード。
「あっ、待って! 馬車から降りないでくれ!」
俺はとっさに叫んだ。
しかし時すでに遅し。
ナレード王女様のご尊顔を拝し奉ってしまったウナギパイー。
うわっ、コイツ、ナレードをガン見してやがる。
驚いた様子で馬車の窓から俺たちを見つめる
俺はロリコンではないので、これまでナレードの容姿について詳しく語ったことがなかったが、実は姉の天然美女レネーゼによく似た顔立ちをしているのだ。
世間一般では、きっと美少女と呼ばれる部類に入ると思う。
ウナギパイーは放心状態でナレードを見つめている。
ひょっとして…… これってヤバい状況じゃないのか?
俺は馬車の窓から魔石を強引に押し込み、御者のおじさんに向かって叫んだ。
「早く出発して下さい! ここは危険です。さあ早く出発を!」
俺の尋常ならざる様子を見た御者のおじさんは、慌ててムチを馬に入れ、颯爽と馬車を走らせこの場から立ち去った。
俺はそっとウナギパイーの様子をうかがう。ウナギパイーが何やら話をし始めたようだが……
「……
そう言うと、ウナギパイーはダッシュで馬車を追いかけて行った。
ポカーンとした表情でウナギパイーを見送る俺たち。そんな中、我に返ったアイシューが俺に問いかける。
「ねえ、カイセイさんいいの? あの変態を王女様の元に向かわせて」
心配顔のアイシュー。ただ、アイシューが『変態』などという、ちょっとお下品な言葉を連呼するのはかなり珍しい。相当怒ってるんだろうな。
「大丈夫だろ? 護衛の人がいっぱいいるだろうから。むしろウナギパイーのヤツが、ボコボコにされないか心配だよ。まあ一応、この後衛兵さんの詰所に行って、人相書きを作ってもらうよう頼んでおくよ」
きっとナレード王女様の方は大丈夫だろう。しかし——
「婚約解消か…… なあ、ホニー。その、なんて言うか、あんまり気を落とすなよ」
「婚約解消ね…… ねえ、ホニー。ほら、男の人なんて星の数ほどいるっていうじゃない」
「婚約解消だゾ…… きっと今、ホニーの心は悲しみでいっぱいで…… はっ、しまったゾ! オ、オレっち、なんにも言ってないゾ!」
「おいミミー! お前、ホニーの心の傷口をエグるようなことを——」
「チ…… チ…… チィィィヨッッットォォォーーーーー!!! なんでアタシがフラれたみたいな展開になってるのヨ!!! アタシは初めっから、アイツのこと、婚約者だなんて言ってないでショォォォーーーーー!!!」
ウナギパイーが残していった最後の精神攻撃がホニーに炸裂した瞬間であった。
やっぱりホニーも興奮させられたようだ。恐るべし、ヨルノオ=カシ・ウナギパイー。
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