間話 ヨルノオ=カシ・ウナギパイーの求婚(前編)

(この話は、以前、短編として投稿した作品を、加筆・修正したものです)


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 現在俺、ミミー、アイシュー、ホニーの4人は、参ノ国の王都近くの森の中で、魔獣討伐に励んでいる。



「ミミー! 右から魔獣が来るぞ!」

「オウっ! オレっちに任せろだゾ!」


 風魔法を身に纏ったミミーが、ザザッと地面を蹴り飛ばし、右方向から襲って来た魔獣に向けて得意の短剣で斬りかかる。


「アイシュー! 前面の魔法壁が薄くなってるぞ! もう一度詠唱だ!」

「はい!」

 アイシューが、魔獣の群れから俺たちを守っている魔法の防壁目掛けて、もう一度上級水魔法を放った。


「ホニー、上だ! 上空の鳥型魔獣を上級火魔法で焼きつくせ!」

「おおー! 鳥どもめ、アタシの華麗な魔法を見るがいいワ!」


「そういうのはいいから、早く詠唱を始めろよ!」

「チョット! アンタうるさいのよ! 今やろうと思ってたんだから!」

 ホニーが大空に向け得意の火魔法を放った。


 そして——


 ——ドッカアアアーーーーーン!


 俺は前方に群がる魔獣の頭上に展開させた魔法陣から、超級火、水、風の3魔法を、魔獣どもにお見舞いした。


 これでこの森に生息していた魔獣の群れは、だいたい退治出来たと思う。



 ♢♢♢♢♢♢



 話を少し戻そう。



 参ノ国の国境地帯にやって来たニシノ国の兵士たちを追い払った俺たちは、ミミーとの約束に従い参ノ国の王宮近くの屋台エリアにて、心ゆくまで買い食いを楽しむことにしたのだが……


「え! ナカノ国の通貨って、参ノ国では使えないの?」

 俺は思わず驚きの声を上げてしまった。ちなみに両替も出来ないそうだ。


「何を言っているのだ、マイハズバンド——」

と、変なことを言い出したのは参ノ国の第一王女シンジラレネーゼ。

 俺、お前のユアハズバンドになんて絶対にならないからな。

 まあいいや、それで?


「——貴殿とこの国の王女であるワタシは一心同体なのだから、金など払わず好きなだけ飲み食い・強奪・略奪・破壊の限りを尽くせばいいのだ」


「……お前と一緒に、牢屋の中へ新婚旅行に連れて行かれそうでとても怖いよ。うーん…… ナカノ国の通貨が使えないのなら、今回は諦めて…… ハッ!」

 なんと、ミミーがとても哀しそうな顔をして俺を見つめているではないか!

 そ、そんな目で見つめられると、俺、どうしていいやら……


 多分オロオロした顔をしているであろう俺の様子を見た、シンジラレネーゼの妹、ナレードが、

「今回の件では、インチキ国王陛下にとてもお世話になったのです。飲食代ぐらい参ノ国でお支払いしますよ?」

と、気を利かせて言ってくれたのだが……


「チョット、そんなのダメヨ! 領主たるもの、他人から施しなんて受けたらダメなんだからネ!」

 憤慨した様子のホニーが叫んだ。


 でも、ちょっと待って欲しい。

 これは施しではなく報酬じゃないのか?

 あれ? でも参ノ国の滅亡を救った報酬が屋台の買い食い代って、あまりにも安すぎないか?

 いくらミミーが食いしん坊だからって、日本のフードファイターほどは食べないぞ?


 そんなことを考えている最中さなか、再びナレードが口を開いた。


「それではこういうのはどうでしょう。ここのところ、旧北西郡の代官たちの陰謀により、実力のある冒険者たちが、参ノ国から追放されていたそうなのですが——」


 なるほど。もし内乱になった場所、実力のある冒険者たちが参ノ国の味方になったら困るからな。


「——このため、王宮近くの森に多くの魔獣どもが住み着いてしまったようです。ミミーちゃんは冒険者でもあるので、その魔獣どもの討伐を冒険者ミミーちゃんにお願いするというのはいかがでしょう。もちろん、屋台の食べ物をお腹いっぱい食べられるだけの報酬は支払われると思うのです」


「オウっ! オレっち、それがいいゾ! 久しぶりに、オレっちたちのパーティ『オレっちとオニーサンと愉快な仲間たち』の出番だゾ!」


「チョット、ミミー! そのパーティ名は却下だって言ったでショ!」


「ホニーは『愉快な仲間その2』だゾォォォーーー!」

 爆笑しながら駆け出すミミー。


「チョット待ちなさいよミミー!!!」

 プリプリ怒りながら追いかけるホニー。

 なんだかいつもの光景だ。


 そんな訳で俺、ホニー、アイシューも、ミミーの魔獣退治に付き合うことにしたのだった。

 まあ、最近パーティメンバーだけで行動する機会がなかったから、ちょうど良かったのかも知れないな。



 ♢♢♢♢♢♢



「みんなお疲れサン。大方おおかた仕事は終わったんで、俺たちは街に帰るとするか」

と、せっかく俺がいたわりの言葉をかけたのに——


「チョット! 念のため、魔獣のボスがお宝を隠し持ってないか、確認しましょうヨ!」


「……ホニーよ。お前、本当にたくましいな」

「うっさいわネ! 前にも言ったでしょ? 我が家の家訓は『質素倹約、賞味期限は気持ち次第、3秒過ぎてもまだ食える』なのヨ!」

 お貴族様の生活も大変なようだ。



 ホニーに促され、俺たちはボスの住処だったと思われる場所を確認してみた。

 おや? なにやら人の拳ぐらいの大きさの、光る石が落ちているぞ。


「ホラ、見なさい! やっぱりお宝があったじゃない。見つけたのはアタシだから、お宝を売り払った利益のうち、50パーセントはアタシに所有権があると主張するワ!」

 鼻息を荒くしてホニーが叫んだ。


「誰も売り払うなんて言ってないだろ……」

 まったくホニーは強欲なヤツだ。将来ロクな大人にならないぞ。これはお仕置き、いや教育が必要だな。


「……これ、『呪いの石』じゃないのか? そんなに欲しいんならホニーにやるよ」


「えっと………… 所有権は放棄してあげることにするワ! って、チョ、チョット、カイセイ! こっちに持って来ないでよ! の、呪われるじゃないの! イヤァァァーーー!!!」

 絶叫しながら、ホニーはどこかへ走って行ってしまった。

 まったくにぎやかなヤツだ。



「オニーサン、その石、本当に呪われてるのカ?」

 ちょっとビクビクしながらミミーが俺に尋ねる。


「冗談だよ。ちょっとホニーに教育的お仕置きをしただけだ。呪われたりしないから心配するな。でもこの石、たぶん魔石だとは思うんだけど……」

 魔石とは、この世界に存在する様々な魔力を秘めた石のことだ。光っている石は、間違いなく魔石だと思っていい。でもこの魔石、なんだかとても激しく光っているのだ。こんなに強い光を放つ魔石は見たことがない。


「ねえ、それなら鑑定してもらいましょうよ」

 しっかり者のアイシューが口を開いた。


 この国には魔石を調査・研究する王立の機関がある。

 以前は第二王女のナレードが、その機関の所長を務めていたそうだ。

 流石はナレードだ。まだ若いのに、人々からこの国の至宝と呼ばれるほど、天才的な人物であることがよくわかる。


 ホニーの師匠である田所文蔵氏(現在61歳・逃走中)から変な影響を受けなければ、きっと今頃はもっとマトモな人間になっていただろうに……


「そうだな。アイシューの言う通り、元所長のナレードに鑑定してもらうことにしよう」



 ♢♢♢♢♢



 俺たちは街道沿いにある街に戻って来た。もちろん俺の横にはパーティメンバー3人が揃っている。ミミー、アイシュー、そして不貞腐ふてくされ気味のホニー…… よし、何の問題もない。だいたい、いつも通りだ。


 街に戻る途中、城門にいた近衛騎士団の兵士さんに事情を話し、ナレードに魔石の鑑定をお願いしたい旨を伝えた後、俺たちは冒険者ギルドへと向かった。

 それじゃあサッサとギルドで報酬を受け取って、ミミーがお待ちかねの屋台エリアへと向かいますか。


 と、思っていたのだが——


 俺たちが冒険者ギルドに着いてしばらくすると、王宮から俺たちの元へ使者がやって来た。使者の口上は次の通り。

 研究所は王宮の中にあるため、未知の魔石を王宮内に持ち込むのは危険である。そのため王女様が自ら魔石を取り行かれる。


 ナレードはまだ若いのに、本当に仕事熱心だな。


 そんなわけで、俺たちは待ち合わせ場所に指定された英雄サイコーさん像の前で、ナレードを待つことにした。なんでもこの英雄は、この国の歴史上、サイコーにカッコイイ偉業を成し遂げたそうだけど…… この情報、どうでもいいや。



 さて、俺たちがナレードの到着を待っていると、街道の向こうの方から、俺たち目掛けて駆け寄ってくる人物が見えたのだが……


 息を切らせた男が、俺たちの前で立ち止まった。

「ホニー! ここにいたのか! われはずっとホニーのことを探していたのだぞ!」

 なにやら、日本で言うところの高校生ぐらいの若者が大声で叫んでいる。


「ムムっ? オニーサン、ナレードって、実は変身出来るのカ?」

 驚き顔のミミーが俺に尋ねる。


「そんなわけないだろ? まったくの別人だよ。なんだかホニーの知り合いみたいだし」


「ねえホニー。この人、あなたの知り合いなの?」

 アイシューが尋ねるが、

「いいえ、知らない人」

と、バッサリ切り捨てるホニー。


「なんだホニー、照れているのか? おっと、これは失礼した。われはホニーの婚約者で、名は、ヨルノオ=カシ・ウナギパイーというものだ。ヒトスジー伯爵領の隣の領主、ウナギパイー子爵家の3男である。以後、お見知りおきを」


「なんだか元気が出そうな名前だな…… って、そんなことより、ホニーの婚約者ってどういうことだ?」


「それ、ソイツが勝手に言ってるだけだから」

 面倒くさそうにホニーが答える。


「何を言っているんだ! われが幼女好きだと言うことを、ホニーはよく知っているだろう? ホニーも、もう12歳。だからこれ以上待てないのだ! さあ、今すぐ結婚しよう!」


 俺はとっさに、ミミーを俺の後ろに隠した。


「……俺、衛兵えいへいさん呼んでくるわ。『ここに変態がいます』って言って」

 あきれながら俺が口を開くと——


「流石、オニーサンだゾ! 変態と間違われて衛兵さんに連れて行かれた経験はダテじゃない…… はっ、しまったゾ! オ、オレっち、なんにも言ってないゾ!」

「……おい、ミミーよ。俺の心の傷口をエグるのは、やめてくれないか?」



「やれやれ、変態だの衛兵えいへいだのと…… われのホニーへの愛がわからぬとは嘆かわしい。いやはや、そこの男、頭は大丈夫か?」

「『なんだこのおかしな人』みたいな言い方するなよ! おかしいのはお前だろ!」


「ハイハイ、終わり終わり」

 やはり面倒くさそうな様子でホニーがつぶやく。更に——


「ああもう、ウットーシーわね。本当のことを言うと、誠に遺憾ながらソイツはアタシの幼なじみよ」


「ムムっ!? ホニーは変態と友だちだったのカ?」

「ミミー、うるさい! アタシは伯爵家の令嬢で、それに加えて小さい頃からすでに火魔法の腕前は超一流だったのヨ! だから同年代のマトモな子どもはみんな萎縮して、アタシに近寄らなかったの!」


「だから友だちは変態しかいなかったのね……」

「チョット、アイシュー! 同情するんじゃないわヨ!」


「おい、そこの娘たち。いくら婚約者の友人とはいえ、言葉に気をつけないと痛い目を見るぞ?」


 ウナギパイーがいっちょまえの台詞を吐いたが、

「フン、魔法の一つも使えないクセに。偉そうなこと言うんじゃないわヨ!」

と、ホニーに一蹴されてしまった。


「みんなよく聞いて。アタシの親とソイツは親は仲が良かったの。領地を接する貴族同士だからね。だから子どもの頃、ソイツが勝手にウチのお屋敷に遊びに来てたの。それだけのことなのよ」


「フッ、あの頃のホニーは本当に可愛かったよ。ホニーのお屋敷の前にある庭で泥だらけになりながら、よく一緒に遊んだものだ」

 なんだよ。心温まるいい思い出じゃないか。


われは泥だらけになった服を脱ぎ捨て、一緒にお風呂に入ろうとホニーを誘い、そして…… ゴフッ! そ、そこの男、いったい何を!」


 ……俺は無詠唱で目の前にいる変態に向け初級風魔法を放った。

 そして俺は、アイシューも俺の後ろに隠した。

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