相棒
「へ、陛下、助けて下さい! せ、せめてもう少し高度を下げて、それから速度も落として下さいよ!!!」
俺は現在、セイレーン卿を無理やり抱えて大空を飛行している。
どうやらセイレーン卿は高いところが苦手のようで、さっきからずっと、泣きごとを並べたてている。
「……わかったよ。まったくセイレーン卿は臆病なんだから」
「とんでもない!陛下が勇敢すぎるのです!」
「まったく、セイレーン卿ってば……」
セイレーン卿の言葉に気を良くした俺は、高度と速度を落としてやることにした。
俺って意外とチョロいのかも知れない。
その後は、高さ5mほどの高度でゆっくりと飛行。
すると、ミミーがオソレナシー将軍や兵士たちと訓練している練兵場が見えてきた。
とても愛くるしい表情をした、見た目はちびっ子のミミーではあるが、その戦闘力はエゲツないため、最近は兵士たちに訓練をつけてやる鬼軍曹のような仕事をしている。
ちなみに、火魔法の使い手ホニーは、最近使えるようになった上級火魔法の精度を上げるため、郊外の草原に出向いて日々練習に励んでいるそうだ。
俺が魔法の練習をしろって言っても、全然やろうとしなかったのに……
パイセンが何やらひとこと言っただけで、すっかりやる気になっちゃって……
いったい、パイセンはどんな手を使ったのやら。
確認するのが、ちょっと怖い。
それから、我が国初の公爵なったアイシューは、ここのところ領内の視察や、要人との面会など、忙しそうに走り回りながら仕事をこなしてくれている。
正直言って、アイシューがいてくれて本当に良かったと思うよ。
威厳のカケラもない俺がそんな仕事をやっても、きっと上手くいかないだろうから。
そんな役立たずの俺だが、それでも新しい国が発足した当初は、帰順を申し出てきた地方領主たちとの面会に追われていた。
まあ、面会って言ったって、全部クローニン侯爵が段取りしてくれていたので、ひと言ふた言、声をかけるぐらいだったんだけど。
現在、地方領主たちとの面談は一段落している。
そんな事情もあり、アイシューやクローニン侯爵をはじめとした有能な家臣のみなさんが内政を担当してくれているおかげで、俺の仕事はほとんどないのだ。
「陛下は私のために視察へ向かうと言われましたが、実は陛下自身が暇を持て余しているだけではないのですか?」
ちょっと余裕の出てきたセイレーン卿が、なにやら調子に乗ったことを言い出した。
セイレーン卿は俺と歳が近いこともあって、最近ではこのような親愛の情を感じる(?)発言も聞かれるようになってきた。
それは別に構わないのだが……
セイレーン卿め、よくわかってるじゃないか。
パイセンの仕事ぶりのスゴさは言うまでもないが、アイシューやクローニン侯爵が優秀過ぎて、セイレーン卿の言う通り、俺は暇で仕方ないのだ。
セイレーン卿のおっしゃる通りではあるのだが、なんとなく腹立たしいので、さあ、なんと言い返してやろうかと考えていたところ、丁度訓練中のミミーやオソレナシー将軍たちの頭上にやって来たので、
「おおーーーい、ミミー! 俺たちこれから、ちょっと『北西郡』に遊びに、いや、視察へ行って来るから!」
と、空中から声をかけたところ——
「うわあああーーーん!!!」
あれ? なぜかミミーが泣き出したぞ……
俺は大慌てでミミーの目の前へと急降下。
「どどど、どうしたんだミミー!? だ、誰かにイジワルでもされたのか?」
俺は慌てた様子全開で、ミミーに声をかける。すると——
「ウウウ…… オレっちは、いらない子なのカ?」
「え?」
「オニーサンはオレっちを捨てて、セイレーン卿をソッキンにしたのカ?」
まだ泣いているミミーに向かって、俺は次の言葉を告げる。
「な、なにを言ってるんだミミー。俺の相棒はお前だけじゃないか! 実はさっきからずっとミミーを探してたんだよ。な、そうだよな、セイレーン卿!?」
「そ、その通りですとも。私たちはずっとミミー殿を探していたのです!」
女神様を筆頭に、俺がこの世界でこれまで出会って来たヤツらだったら、絶対こういう場面ではボケるんだよ。
いや、女神様だったら素で、『え? なんの話をしてるんですか』とか言いそうだな。
それはまあいい。
とにかくセイレーン卿、アンタは話のわかる男だよ。
「ムムっ? そうだったのカ?」
ちょっと気を取り直した様子のミミー。
「ああ、その通りだ! 俺の横には常にミミーありだ。 頼りにしてるぞ相棒!」
「オウっ! オレっちにデデーンと任せろだゾ!」
フウ…… なんとかミミーの機嫌が直ったようだ。
それにしても…… やめてくれよ、兵士のみなさん。
『こいつ、父親失格だな』みたいな目で、俺のことを見ないでくれよ。
確かに、泣いてるミミーを見て、オロオロしちゃったけどさ……
なんだよ、中には生温かい目で、『新前パパ、頑張れ』みたいな目で見てる人までいるじゃないか。
兵士のみなさんの中にあった王への畏怖ってヤツが、どこかへ吹っ飛んで行ってしまったようだ。
でもまあ、俺って元々威厳なんて持ち合わせてないんだし、別に何の問題もないか。
さあ、じゃあミミーも一緒に『北西郡』に連れて行くことにして、ここはサッサとこの場から離れることにしよう。
「じゃあ早速、ミミーも一緒に出発するぞ…… と言いたいところなんだけど。オソレナシー将軍、構いませんか? 訓練の途中なのに、勝手にミミーを借りちゃって」
「……何を言われます、陛下。陛下はこの国の王なのですよ。王の命令は絶対です。私などに気を使われる必要はありません」
将軍はそう言ってくれたんだけど、俺にしたらこれは命令じゃなくて、お願いしてるつもりなんだけどな……
「それから、これまで何度も申し上げておりますように、我々家臣に対して、そのような丁寧な言葉使いをされてはなりません。家臣どもがつけあがってしまいます」
「……善処します」
「また! そこは『善処します』ではなく——」
「ああ、もう、わかりましたよ! じゃなくて、わかったよ!!!」
俺はそう言うと、急いでミミーとセイレーン卿を両腕で抱え、大空めがけて逃げ出した。
オソレナシー将軍は良い人なんだけど、俺に対してちょっと厳しいんだよ……
なんだか親戚のおじさんに、怒られてるような気持ちになるんだよ……
それから俺、日本ではずっとヒラ社員だったから、人に命令なんてしたことないんだよ……
ヒラ社員サラリーマン、略してヒラリーマンだった俺の受難は、まだまだこれからも続きそうだ……
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