新しい統治者

 さっきから俺は、兵士たちを風魔法で浮かせて、そっと優しく地面に転がしている。

 ホニーはノリノリで、火力の弱い火魔法を兵士に放っている。

 俺たちは、そんなことを繰り返していた。


「お前たちも参加していいんだぞ?」

 俺がミミーとアイシューにそう言うと——


「フッ、オレっちは大人だから、こんな子どもっぽいお芝居には加わらないゾ。まったく、ホニーは本当にお子ちゃまだと思うゾ」

 お姉さんぶっているミミー。


「私はホニーがやり過ぎた場合に備えて、水魔法の詠唱でもしておくわ」

 いつも通り、あきれ顔のアイシュー。


「今日はホニーと張り合わないんだな。なんだか随分、ホニーに協力的だし」

 俺がそう言うと——


「別に、張り合っているつもりはないんだけど。ホニーが勝負を仕掛けてくるから、仕方なく付き合ってるだけよ。まあ、ホニーもパンツの件でイライラしてるみたいだから、今日のところはホニーのやりたいようにやらせてあげれば良いかなって思うの」


「ホニーの気持ちがわかるって感じか?」


「そうね。もし、下着を盗まれたのが私だったら、ナカノ国の王宮のドアや窓を全部封鎖して、水魔法で絶え間なく水を流し込むかしら」


 怖いよ、アイシュー。冗談でも怖いよ。いや、それ、本当に冗談だろうな?

 うーむ…… 今後、アイシューのパンツには絶対に触れないようにしよう。

 どうやら命に関わりそうだ。


 さて、そんな三文芝居をナカノ国の兵士たちと繰り返しているうち、500人程度いた兵士が全員大地に横になった。風魔法を受けた者は安堵の表情で。火魔法を受けた者は自分の不運を嘆きつつ……


 全員に風魔法を使ってたら時間もかかることだし、火魔法を受けて若干火傷した兵士にの人たちは、運が悪かったと思って諦めてもらうことにしよう。



 兵士たちを草原に残し歩き出す俺たち。いよいよ城門の前に到着した。


「チョット、カイセイ! ここはやっぱりアタシの出番よね? アタシの上級火魔法で、こんな門なんか一撃でブッとばしてやるワ!」

 そう、ホニーは最近覚えた上級火魔法を使いたくて、ウズウズしているのだ。


「おい、待てよホニー。門の反対側に人がいたらどうするんだよ」

「うっ…… そ、そんなのちゃんとわかってるんだから! 今のは…… ちょっとしたジャパニーズジョークヨ!」


「……そんなジョーク、俺の故郷には存在しねえよ。勝手に日本文化をアレンジすんなよ」


「もう、カイセイさんもホニーもいい加減にしなさいよ。カイセイさんの風魔法を使って、サッサと城門を飛び越えるわよ」

 またまたあきれ顔で、アイシューがつぶやいた。



 そんなやり取りをしていたところ、なぜか急に城門が開いた。

 場内から門を開いたようだ。

 城門の奥には、兵士たちが整列している。

 兵士たちの最前列には一人の兵士が立っていた。


 ユニークスキル『人物鑑定』を使ってみたところ——


『氏名 センジョウニオ=イテ・オソレナシー

 種族 人間族

 Lv 72』


 こ、この人は……

 俺はこの人のことを知っている……

 いや、正確に言うと、知っていたと言うべきか。


 オソレナシー将軍とは、前回のターンにおいて、人間族の英雄として讃えられていた人物である。

 人間領に侵攻してきた魔人族軍の幹部、魔人族四天王のひとりと刺し違えて亡くなった人だ。


 俺を含めた転生者たちは人間族軍に協力して、進行してきた魔人族と戦っていた。

 俺たちが戦争に参戦したおかげで、人間族軍が態勢を立て直したのは事実だ。

 しかし……


 あの時、俺たちは魔人族四天王を追い詰めた。

 だが、俺たちは魔人族最強とも言われていた目の前の強敵との戦いに二の足を踏んでいた。

 正直に言おう、怖かったのだ。命が惜しかったんだ……



 そんな俺たちの様子を見たオソレナシー将軍は、笑顔で俺たちに礼を言った後、ひとりで魔人族四天王に向かって突進して行ったのだ……


 ダメだ…… 俺、この人の顔、ちゃんと見られないや……



 俺が前回のターンの出来事に心を奪われていると、オソレナシー将軍の口から重々しい声が響き渡った。


「私はこの『北都』防衛の責任者、オソレナシーと申します。我々はここに、降伏することを宣言致します」


「え? いや、その…… ご丁寧にありがとうございますと申しましょうか、なんと申しましょうか……」

「チョット、カイセイ。アンタ、なにオロオロしてるのヨ」


「黙れよ、ホニー。俺にもいろいろ心の準備とかあるんだよ」

 俺は今、オソレナシー将軍に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいなのだ。


「ムムっ? さてはそこのオジサン、オレっちの知らない間に、オニーサンにコクったのカ?」


「おいミミー、お前いつからそんな恋愛脳になったんだよ…… さては、またホニーやアイシューに悪い影響を受けたんだな。お前たち二人は本当に——」


「もう、あなたたち、いい加減にしなさいよ! 兵士の皆さんが困ってるじゃない! でも…… 本当によろしいのですか——」

 冷静沈着なアイシューが、オソレナシー将軍に語りかける。

「——皆さんも人質を取られているのではないんですか?」


 あっ、そうだ、きっとそうに違いない。ナカノ国のエライ連中は、人質が大好きだったんだ。


「皆さんもコームインですよね。じゃあ、とりあえず、オソレナシー…… さん、かかってきて下さい。悪いようにはしませんから」

 とりあえず、さっきみたいに風魔法で宙に浮かせて、地面に転がせばいいか。


「私は両親の顔を知らずに育ちました。妻は5年前に亡くし子どもはいません。お気遣いご無用です」

「あっ、す、すみません! なんか無神経なこと言っちゃって……」


「ふふふ」

 俺の言葉を聞いた将軍は、優しく微笑んだ。

「まったく。あなたは本当にお人好しだ」

 そういうと、今度は厳格な表情で鞘から剣をぬくと、剣先を天に向けて高々と掲げた。


 これはナカノ国軍の最上級の敬礼だ。前回のターンで見たことがある。

 将軍の後ろに控える兵士たちも、将軍に倣い俺たちに敬礼を捧げている。


「後ろをご覧下さい」

 将軍の言葉に従い俺は後ろを振り返った。

 するとそこには、先ほどまで大いにふざけて地面に寝転んでいたはずの兵士たちが、全員剣先を天に向け直立している。

 笑っている者や、ふざけている者は一人もいない。皆真剣な表情だ。


 将軍が厳かに口を開いた。

「我々、『北都』を守護するすべての兵士は、今ここに、この街の新しい統治者である大魔導士様に忠誠を誓います!」

 将軍が高々と剣を掲げる。それにつづき、俺たちの前後を取り巻く兵士たちも、天に向かって皆各々の剣を掲げた。


 えっと…… 大魔導士様って、たぶん俺のことだよな?

 なんで俺がこの街の統治者になるんだ?


 それに、なんだよこのシリアスな展開……

 特に俺の後ろにいる兵士の皆さんよ。アンタらさっきまで、一緒にコントしてただろ?


 俺、ホニーのパンツを取り返しに来ただけなんですけど……

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