はじめてのダンジョン 編

年頃の娘さんはムズカシイ 前編

「ネエ、カイセイってば! なんでアタシのレベルが57で、アイシューのレベルが58なのよヨ! ひょっとして、アンタ、アイシューだけ贔屓ひいきしてるんじゃないの?!」


 さっきからホニーがうるさい……

 ホニーが自分のレベルを知りたいと言うもんだから、人物鑑定スキル持ちの俺は、親切心からホニーにレベルを教えてやったんだ。そしたらこのザマだよ。


 ここはヒガシノ国ヒトスジー伯爵領の北の端。コッキョーノ山脈沿いの小さな街の食事処。俺たちは北に向かう旅の途中、この街で本日の昼食にありついている。



 俺達は新しく炎の令嬢ことホホニナ=ミダ・ヒトスジー、通称ホニーをパーティメンバーに加え、獣人族の短剣使いミミーと、水魔法の使い手で水の聖女と呼ばれていた元聖堂士アイシュー、そしてたぶん現在人間族最強魔導士だと思われるこの俺の、4人パーティになったのだが…… 早くもレベルのことで揉めているのだ。


「ネエ! なんで人間族最強魔導士であるこのアタシが、アイシューよりレベルが低いのヨ!」

 納得がいかない様子のホニー。


「それは私が人間族最強魔導士だからじゃないの?」

 余裕の表情を見せるアイシュー。


「ぐぬぬぬ…… いいわよ! そこまで言うんなら、勝負してやろうじゃないの! 泣いて謝っても、許してやんないんだからネ!」


「あら? 『人間族最強』魔導士の私に勝てると思ってるのかしら?」


「おい、二人ともやめろよ…… アイシューも、わざわざ『人間族最強』ってところを、強調しなくてもいいだろ?」


「そうヨ! この腹黒聖女!」

「だ、誰が腹黒よ! もう、カイセイさん! あなた、ホニーの味方するの?」


「どっちの味方とか贔屓ひいきとか、そういうのはないから……」

 面倒くさいなあ…… 年頃の娘2人が喧嘩した場合、世間のお父さんたちは、いったいどうするんだろう? やっぱり引き分けに持っていくのだろうか? よし、俺もその方向でやってみるか。


「あのな。レベルを上げるためには経験値ってモンが必要なんだ。ホニーの経験値は結構溜まってて、もうちょっとでレベル58になるよ。一方のアイシューは、経験値があまり溜まってないから、最近レベル58になったばっかりだと思う。だから二人のレベルは、ほとんど差がないって言ってもいいと思うぞ」


 よし。引き分け作戦大成功! と思っていたのだが……


「もう、カイセイさん! やっぱりあなたはホニーの味方なの!」


 あれ? なんでそうなるんだ?


「ほんの少しだって、私の方がレベルが上なんでしょ? じゃあ、やっぱり私の方がホニーより強いんじゃない!」


 うーむ…… ミミーには優しいアイシューなんだが、相手がホニーとなると、どうやらライバル心むき出しになり、一歩引くような態度はとってくれないようだ。

 年頃の娘さん達の扱いは本当に難しい…… そんなことを思っていると——


「ムムっ? オレっち、人間族最強はオニーサンだと思うゾ? オニーサンはレベル99だゾ?」


 ミミーがつぶやくや否や、ホニーとアイシューが怒りのこもった視線をオレに向けてきた。


「フン! カイセイなんて、あっと言う間に追い抜いてやるんだから!」

「まったく! どうしてこんないい加減な人が人間族最強なのかしら。絶対におかしいわ」


 こうして、娘さん達二人のいさかいは収まったのでしたとさ。でも…… なんだか俺、ちょっと切ないぞ。これから二人が喧嘩する度に、俺が悪者になるのか? 俺、結婚して子どもをつくるんなら、男の子が欲しいな……


「まあいいわ。今はホニーとそんなに力の差がないってことにしておいてあげるわ。じゃあ、先に上級魔法を使えるようになった方が、異邦人を除いた人間族最強ってことでいいわね?」


「上等よ! アタシの方が絶対先に上級魔法を使えるようになるんだから!」

「おい、ホニー。お前、上級火魔法の詠唱出来るのかよ?」


「え? そんなの出来るわけないじゃない。アンタ、なに言ってんの?」

「アイシューは、もう上級水魔法の呪文を覚えてるぞ?」


「あー! めたわね! この腹黒詐欺師!」

「ねえ、あなたの悪口の引き出しには『腹黒』しか入ってないの?」

 アイシューのヤツ、上手いこと言ったな。こう言われると、ホニーは次に『腹黒』って言葉を使い難くなるだろう。口喧嘩の駆け引きなら、アイシューの方が一枚上手のようだ。


 それにしても…… また喧嘩が始まったのかよ。さっきの俺の尊い犠牲はなんだったんだよ。


「ぐぬぬぬ…… カイセイ! アタシに上級火魔法の呪文を早く教えなさいヨ!」

 エラそうな物言いにはイラッとするが、まあ、魔法を学ぼうとする姿勢は評価できるんで、多少の暴言は聞き流してやるか。

 ヒトスジー軍のみなさんにも、ホニーをあっという間に上級魔導士にしてやるなんて大見得おおみえを切っちまったからな。

 でもまあ、やっぱりライバルがいるんで、ホニーの向上心が爆上がりだ。お互い切磋琢磨して、魔法の高みを目指して欲しいものだ。ただ、喧嘩するのはカンベンして欲しいんだが……


「わかったよ。ちゃんと教えてやるから安心しろ」

 俺がそう応えると——


「もう、ホニーばっかりずるいわよ!」

 今度はまたアイシューが怒り出した。まったく……


「じゃあ、アイシューには風魔法の呪文を教えてやるよ。アイシューは真面目だからすぐに覚えられると思うぞ。そんで、混合魔法にでも挑戦してみろよ」


「ええ、そうするわ!」

 したり顔のアイシュー。

「チョット! アイシューだけずるいじゃないのヨ!」

 してやられた顔? のホニー。


「あー、もう、お前らいい加減にしろよ!!! とりあえず、早くレベルを60にするぞ! 後のことはそれからだ!」

 もう、面倒くさいことは先送りだ。どっちみち、レベル60にならないと上級魔法は使えないんだ。なら早くレベル60になってもらって、後のことはそれから考えよう。

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