水の聖女アイシュー 編
冒険者ダサンテキー
俺はハジマーリの街で出会った獣人族の少女ミミーと共に、北の街ホコーラを目指して旅をしている。
西に連なるコッキョーノ山脈を左手に見ながら、山沿いの街道を北上している道中にて——
雄大な景色を前にした俺は、思わず感嘆の声を上げた。
「うわぁー! この左側に見える山、スッゲー高いな。富士山みたいだ」
「ふじいさん?」
「誰だよそれ? ミミーの友だちか?」
「ムムっ? オニーサンは時々ムズかしいことを言うゾ」
俺のような転生者は『転生者特典』として、いろいろな能力を女神様からもらっている。
その中の一つに『自動翻訳機能』がある。
これは読んで字のごとく、この世界の人々が話す言葉を日本語に変換する、また反対に、俺の言葉をこっちの言葉に変換する能力のことだ。
ただ、全ての言葉が上手く変換される訳ではない。
『富士山』のように、この世界に存在しないモノや概念は、この世界の人々にとって理解が出来ない単なる音のつながりとしてしか認識されないようだ。
しかし! この能力にはこの不具合を補って余りある、とてもスゴイ機能が備わっているのだ。
なんとこの能力、人名や地名を俺が覚えやすいよう、工夫を凝らして命名してくれるスグレモノなのだ。
例えばナイスバディの神官『バインバイーン』や、お世話好きの冒険者『オセワスキー』さんのように、名前を聞くだけでその人の身体的特徴や性格をつかむことが出来るのだ!
ただ…… 『ナカノ国』と『ヒガシノ国』の境にある山脈の名前が『コッキョーノ山脈』とか、ちょっと安直なような気もするが…… まあいい、話を戻そう。
さて、ハジマーリの街を出立した俺とミミーは、途中の村で簡易な宿を取ったり、山脈の麓に広がる森で野宿をしながら北を目指すこと数日。
俺たちの目前に大きな城郭が現れた。
「いいかミミー。あの遠くに見えるのが水の街ミズーノだ。確か国王直轄の都市だったな」
「オウっ! あの街の冒険者ギルドに行くのカ?」
「そうだ。パーティ登録をしないといけないからな。まあ、パーティと言っても俺とミミーの二人だけだけど」
「ムッフン! オレっちが10人分活躍するから、オニーサンは大船に乗ったつもりでいていいゾ!」
「それだとパーティの規定登録人数を遥かに超えてしまうことになるんだが。まあいい、頼りにしてるぞ相棒」
「オウっ! パーティ登録が終わったら、オレっち、魔法の練習もっと頑張るゾ!」
パーティ登録のメリットとは何か。それはパーティメンバー間でMP(魔力量)をシェア出来ることだ。
現在、ミミーの最大MP量は多いとは言えない。そこで、俺の無駄に多いMPをミミーが使えるようになれば、ミミーの魔法修行が更に捗るという訳だ。
それ以外にも、パーティで魔獣なんかを倒した場合、パーティメンバー全員に経験値が与えられるから、それもメリットと言えばメリットか。
悪徳貴族の御曹司なんかは、冒険者を数人雇って自分は日陰で休憩してるなんて話も聞くからな。
だが、レベル99の俺の場合、ちょっとやそっとの経験値ではもうレベルは上がらないから、この点についてはほとんどウマミがない。
まあ、とりあえず俺の今の目標は、ミミーを一人前の風魔法剣士に育てることかな。
おかしな縁で知り合ったけど、まあなんて言うか、一応俺の初弟子な訳だし。
さて、ミズーノの街へ入ろうと城門へと近づく俺達だったが、門の前には市内に入ろうとする冒険者らしき人々の列が出来ており、すんなりと街の中に入ることは出来ないようだ。
「なんだコレ。この街ってこんなに入場審査が厳しいのか?」
何気なくつぶやいた俺の一言に、列の最後尾にいた一人の男が答えてくれた。
「おいおい兄ちゃん、何にも知らないでこの街に来たのかよ」
大刀を身につけた、いかにも冒険者風のこの男。
俺はユニークスキル『人物鑑定』を使い名前を調べてみる。
もちろんこの『人物鑑定』で得られた情報は、『自動翻訳機能』を通して俺の脳内へと届けられる。
コイツの名前は…… 『ダサンテキー』か。胡散臭そうなヤツだ。
「ええ。ハジマーリの街から来たばかりでして、この街のこと、ほとんど知らないんですよ」
とりあえず俺は、当たり障りのない返事を返す。
「そうかい。街に入った後、一杯奢ってくれるんなら、この先輩冒険者ダサンテキーさんがいろいろ教えてやってもいいぜ」
このおっさん、ちょっと調子に乗ってやがるが仕方ない。
情報は必要だ。必要経費だと思おう。
「お安いご用ですよ、先輩」
本当はお安くないんだぞ?
「そうかそうか! まあ大船に乗ったつもりでいていいぜ。ガハハハ!」
8歳のミミーとおんなじこと言ってるよ、このおっさん。
まあ、この人、名前の通り打算的な性格なんだろうから、多少の小銭でもつかませればいろいろ有益な情報も教えてくれるだろう。
自動翻訳機能さんマジ有能。
「いいか兄ちゃん。今、この街には儲け話があるんだよ」
「儲け話? それは冒険者にとっての、ということですか?」
「ああ、そうだ。この街にはあの有名な『水の聖女』様がいるのは知ってるよな?」
「ええ、もちろんですよ。なんたって有名人ですからね」
水の聖女ことミズーノの街の聖堂士アイシュー。
俺は前回のターンで彼女とは顔見知りだったのだ。
とても優れた魔導士であるにもかかわらず、奢った様子などまるで見られない心優しい性格であるため、街の人々から『聖女』と呼ばれるようになったらしい。
「なんでも、その聖女様の行方がわからないそうで、俺たちのような近隣の街で活動する冒険者達にも捜索任務の依頼が舞い込んで来たって話さ」
「へぇー。でも、それなら何で衛兵なり国軍が捜索しないんですかね?」
衛兵とは警察官と地方軍を合わせた様な仕事をする地方組織である。別に変態を取り締まるだけが仕事ではないのだ。
「それはだなぁ…… まあ、ここだけの話なんだけど、どうしようかなぁ……」
ああ、そうですね、追加報酬っぽい何かがいるんですね、ダサンテキーさん。わかりますとも。
「それじゃあ、一杯奢らせてもらう時、何か美味いツマミも一緒に用意させてもらいますよ」
「そうかいそうかい! いやぁー、なんだか催促したみたいで悪いな」
いや、催促してるだろ? あー、もうじれったいな。さっさと話の続きをお願いしますよ。
「それで、衛兵たちが捜索しない理由とは?」
「実はな、このミズーノの街の代官ってヤツなんだが…… 金に汚いってもっぱらの評判なんだ。恐らくこの街の代官と隣国の領主の間で、何らかの取り引きがあったんだろう」
「えっ! この街の代官が金で聖女様を売ったと?」
「おそらくな。肝心の聖女様はまだ子どもだから、なんか上手いこと言われて騙されたんだろう。聖女様って言われるだけあって心根が清らかだから、騙す方には都合が良かったのかも知れねえな」
「なるほど。だから代官配下の衛兵は動かない訳ですか。では、なぜ冒険者には捜索の依頼が来たんでしょうか?」
「それはオメー、俺たちの依頼主は代官じゃなくて、この街の商工会議所だからだよ」
ショーコーカイギショって…… 自動翻訳機能さん、確かにわかりやすい翻訳ですが、そんなに俺の世界に寄り添ってもらわなくても大丈夫ですよ?
俺、ほんのちょっとだけおじさんかも知れませんが、もうちょっとアメイジングでファンタスティックなワードでもついて行けますよ、たぶん。
「おい、どうした兄ちゃん?」
「いえ、ちょっと考えごとをしてただけです…… では、その商工会議所の方と代官の仲はあまり良くないということですね」
「ああ。商工会議所の所長——商会長なんて呼ばれてるな。その商会長と代官は犬猿の仲って話だ。ただ、どちらも金に汚いってところは同じなんだけどな」
「はあ…… なんか嫌な話ですね。ただ、ここまでの話を聞く限り、今回の聖女様探索依頼って、なんだか厄介な仕事のように思えるんですが」
「そりゃあ、あれだ。なんて言うかいろいろあってな……」
イライラするがここは我慢だ…… ミミーが見てるからな。
情操教育的観点からやはりここは我慢だ。暴力ダメ、絶対。
「いやぁ、この街の酒は美味いそうですね。一番の
「流石、兄ちゃんはわかってるな! いいか、他言無用だぞ。俺たちの依頼主の商会長様がどれだけ偉いとしてもだな、所詮、お役人様であるこの街の代官には敵わねえって訳だ」
「まあ、公権力に逆らっては、商売上がったりでしょうからね」
「だろ? だから、とにかく急いで前金だけいただいちまえって話だ。たぶん代官から捜索中止の命令が出るだろうからな。俺たち冒険者は前金だけもらって、ハイ、サヨナラって訳よ。おっ、やっと俺の入場審査の番だな。じゃあ、俺は先に行って冒険者ギルドで待ってるからな。今夜は前金でパッとやろうぜ」
そう言うと、ダサンテキー氏は入場門の中へと消えていった。
前金もらえるなら自分で飲み食いしろよ。
しかし…… そんな思惑通りに物事が進むもんですかねぇ。
そんなことを考えていると、俺の後ろで話を聞いていたミミーに上着の袖を引っ張られた。
「どうした、ミミー?」
「ムムゥ…… オニーサン、お酒や食べ物で人を買収するのは良くないと思うゾ?」
「いやっ、違うんだ! 俺は良かれと思って…… 非暴力的解決を目指してだな……」
嗚呼、情操教育大失敗。
チクショー、立派な師匠への道のりは、まだ遠いようだ……
♢♢♢♢♢♢
さて、俺とミミーも無事に入場審査を済ませ、冒険者ギルドへと向かっていたのだが……
何やらギルドの前に人だかりが出来ている。代官派の衛兵と商工会議所側の冒険者でもめているようだ。
「ムムっ! オニーサン大変だゾ!!! あんなに人がいたら冒険者ギルドの中に入れないゾ! 早く中に入って受付しないと、前金持ち逃げしてウハウハ出来なくなるゾ!?」
アワアワした様子でミミーが大声でわめき出す。
やっぱりお前も前金欲しいのかよ。
「……ミミー、俺が悪かった、許してくれ。そして、お前は清らかなままでいてくれ。それから一つお願いがある。頼むから周りの人に誤解を与えるようなことを大声で言うのは止めていただきたい」
「ムムっ? 前金持ち逃げでウハウハしないのカ?」
「最初っから、そんなことするつもりはネエよっ!!!」
「オウっ! 流石はオレっちの師匠だゾ! ちょっと見直したゾ!」
「なんだよ、やっぱりちょっと見損なわれてたのかよ、俺……」
真剣にヘコむぞ……
「いいか、ミミー、よく聞けよ。俺たちはハジマーリのダンジョンでかなり儲けただろ? だからしばらく金に困ることは無いんだよ。つまり前金持ち逃げなんてする必要は無いの、わかるか?」
「オウっ! オニーサンはお金持ちだゾぉぉぉ!!!」
「……ミミーさん、そういう話も大声でするのはやめていただ…… ああー、もう、面倒くせぇー!」
俺はミミーを脇に抱えると、人混みから少し離れた場所に移動した。
もめごとが終わってからギルドに入ることにしよう。
大丈夫、衛兵さん達はもめごとに夢中でこっちは見ていない。
周囲のみなさん、どうか俺のことをそんな生温かい目で見守らないでクダサイ……
若いお父さんガンバレみたいな目で見ないでクダサイ…… トテモハズカシイデス。
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