幕間(説明回) ミミーのお勉強

(今話はこの世界についての『説明回』です。面倒な方は、どうぞ読み飛ばして下さい)


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「で、オニーサン。オニーサンはこれからどこに行くつもりなのカ?」


 俺は今、ハジマーリの街で出会った獣人族の少女ミミーと一緒に街道を歩いている。いろいろあって、コイツは俺の弟子兼パーティメンバーになったのだ。


「そうだなぁ。俺たちがいたヒガシノ国のハジマーリの街からだと北の方角になるんだけど、ホコーラっていう小さな街があるんだ。まずはそこを目指すつもりだ」


 とりあえず女神様の計らいで俺は生き返っただけでなく、時間まで巻き戻ったということは理解した。

 では、俺は今後どの様に行動すればいいのか? 女神様は話合いがどうとか言ってたが、正直よくわからない。


 また、女神様は最後に

『あっ、それから。時間を巻き戻したことは、カイセイさんと私、二人だけの秘密だゾ! うふっ!』

 などと奇天烈なことをのたまっていた。


 『うふっ!』のところなどは、もちろん俺の記憶の外側に追いやるとして……

 ここまで俺は女神様との約束を守ってきた。だから前回のターンで見知った人達にも、初対面のような態度で接してきた。たぶんこれで正解だと思うのだが…… やっぱりよくわからない。


 だからもう一度女神様に会っていろいろ聞いてみる必要がある。そんな訳で、俺は女神様がいるというホコーラの街へ行くつもりでいた。

 女神様も俺に訪ねて欲しいような口ぶりだったからな。でも、ちょっと嫌な予感がしなくもないのだが……


「ムムっ! ホコーラの街ならオレっちも知ってるゾ。ホコーラには女神様のシンタクの…… えっと…… なんか女神様とお話が出来る偉い人がいるんだゾ!」

 ミミーが元気に応答する。やっぱり今日も元気だな、ミミー。


「ほう、よく知ってるなミミー」

「ムッフン! オレっちは博識なんだゾ! でも何処にあるのか知らないゾ! 」


「たいした博識具合だな…… まあいいや。じゃあ、俺が紙に地図を描いてやるよ」

 俺は鞄から紙とペンを取り出し、ミミーにとてもわかりやすい人間族領の地図を描いてやった。

    

      キタノ国

           ●ホコーラの街

ニシノ国  ナカノ国  ヒガシノ国


      ミナミノ国


「オオゥ…… なんかザックリしてるゾ」

「…… 褒め言葉として受け取っておこう。北、中、東の三国が接するこの黒丸のところがホコーラの街だ」


「オニーサンが書いた字、汚すぎて読めないゾ?」

「失礼だな…… あ、そうか。文字は翻訳されないんだっけ」


 転生者にはもれなく付いてくる特典、自動翻訳機能のおかげで、会話については問題なく異世界の人々と意思の疎通を図ることが可能だ。

 しかし文字については流石の自動翻訳機能さんも手に負えないらしく、ミミーが日本語で書かれた文字が読めないのと同様に、俺もこの世界の文字を読むことが出来ない。


「これは俺の字が汚いんじゃない。俺の国の文字で書いたんだよ。じゃあ、これから俺が口で説明するから、お前が自分で書き足していけよ」


 俺の説明を聞きながら、ミミーは『ほ、こ、お、ら、の——』とかブツブツ言いながら、一生懸命地図に地名や国名を書き足していった。なんだかちょっとかわいい。


「書けたゾ! で、オニーサン。ホコーラは国じゃないのカ?」


「一応どこの国にも属していないんで、国と言えば国と言えるのかな」

 地球で言うところのバチカン市国のような感じだが、説明するのが難しい。


「まあ、人間族領はここに描いた、東西南北中の5つの大国さえ知ってれば問題なく生活できると思うぞ。ホコーラ以外にも、ちっちゃい国がいくつかあるらしいけど、俺もよく知らないからな」


「ムムっ? オニーサン、ヤッツケ仕事になってないカ?」

「……お前、意外とボキャブラリー豊富だな。実は本当に博識なのか?」


 まあ、別に急ぐ旅でもないんで、そのうちじっくり教えてやろうと、なんとかその場は誤魔化して先に進むことにした。

 実際、ここのところ魔人族との戦闘で働きづめだったから、しばらくはのんびり旅でもするかと思っていたのだが……

 隣を歩くミミーのヤツが、何やら期待を込めた目で俺のことを見つめている。


「どうしたミミー? もうお腹が空いたのか?」

「ムムっ! オレっちはそんなに食いしん坊じゃないゾ!」


「じゃあ、何でこっち見てるんだよ?」

「オニーサンはいつ、オレっちに稽古をつけてくれるのかわかんないゾ? 博識もいいけど、俺っちは早く最強の剣士になりたいゾ!」


「稽古? ミミーは稽古がしたいのか?」

「ムムムムっっっ!!! オニーサンはオレっちのシショーだゾ! シショーはデシに稽古をつけるものだゾぉ!!!」


「あっ、えっと、そういうものなのか、スマン。弟子なんか取るのは初めてなもんで……」

「オウっ! じゃあ早速やるゾ。まずは立ち合い稽古からでいいのカ?」


「待てミミー。稽古をする前に確認したいことがある。お前、どの程度魔法を使えるんだ?」

「ン? オレっち、黒属性で短剣使いの剣士だから魔法は使わないゾ」


「ああ、スマン。俺の言い方が悪かったな。ミミーは火、水、風、3つの魔法のうち、どれが得意だ?」

「ン? ……オレっち黒属性で短剣使いの剣士だから……」


「えっ?」

「ン?」


 うーむ…… これは一から説明する必要がありそうだ。

 まあ、これはミミーに限ったことではなく、この世界の人たちは意外に自分たちの能力やその成り立ちについて、あまり理解していない人が多い。


「いいかミミー。これから大事なことを言うんで、しっかり聞いてほしい」

「オウっ! オレっち、しっかり聞くゾ! 人はオレっちのことを『聞き上手のミミーさん』と呼ぶゾ!」


 『聞き上手のミミーさん』って…… どうやらコイツの周りの大人たちは、ミミーを『褒めて伸ばす』ことにしていたようだな。大人たちの苦労が偲ばれる。

 では俺も見習うことにしよう。ふふっ、俺はこう見えて、学生の時にバイト選びで、コンビニに行くか学童保育に行くか迷った男だ。


 俺はまた鞄から新しい紙を取り出し、ザックリとした…… いや、とてもわかりやすい地図を描いた。また俺が口頭で説明したことをミミーが書き加えるパターンだ。


      (この世界)

      たぶん北

       魔人族

  森林族       人間族


       獣人族


「いいかミミー。この世界には一つの大陸があって、そこには4つの種族、具体的には人間族、獣人族、魔人族、森林族が住んでいる。森林族のことを妖精族って言う人もいるけどな。ここまでは大丈夫か?」

「オウっ! 常識だゾ!」


「そうか! じゃあ今日からは『常識人のミミーさん』だな! じゃあ、この地図に描いた通り、各種族領が東西南北に分かれて住んでいるってことも知ってるな?」


「オウっ、もちろんだゾ! 俺っちは人間族の街に住んでたけど、獣人族が治めてる土地は南にあるんだゾ!」


「素晴らしいぞミミー! じゃあ、俺たちがいたハジマーリの街はどこにあるかわかるか?」

「もちろんだゾ! 大陸の東側に人間族領があって、人間族領の中でも東側にあるヒガシノ国の中にあるんだから、とにかくすっごく東の方だゾ!」


「なんて頭がいいんだ! その通りだ!」

「ムムっ? オニーサン、前置きはいいから、早く本題に入ってほしいゾ」

 あれ? 俺、一生懸命褒めて伸ばしてるつもりなんだけど…… 褒めて伸ばすの難しいぞ。


「でも俺はめげないぞ! いや、何でもない。じゃあ、魔法には2種類、旧魔法と新魔法と呼ばれるものがあるのも知ってるか?」

「オウっ! 旧魔法は黒魔法と白魔法、新魔法は火、水、風の3つがあるんだゾ!」


「流石、常識人のミミーさんだ。知っての通り、人間族は白魔法が使え、魔人族は黒魔法が使える。獣人族は白か黒どちらかの魔法が使える。もちろん魔法の練習はしないといけないけどな」


「オレっちは『常識人』だから、その程度のことは子どもの頃から知ってるゾ!」

 いや、今でも十分子どもだと思うが、きっとそこは触れないでおくべきなんだろう。俺は大人の配慮が出来る男だ。


「そうか、話が早くて助かる。では、第1世代女神たちが創造した旧魔法と第3世代女神が創造した新魔法との大きな違いを知ってるか?」


「ムムっ? 世代? 女神様は何年か前にテラ様になって、その前の女神様はマエノー様で…… その前は…… あんまりよく知らないゾ?」


「ああ、そうか。まずは女神様の説明が必要か。いいかミミー、初めにこの世界ができた時、ここには4つの種族それぞれに女神様がいたんだ。人間族の女神ヒューマ、獣人族の女神ビース、魔人族の女神マージ、森林族の女神フェアーなんだけど…… おい、ミミー大丈夫か?」


 ミミーは『ムムム…』と唸り声をあげながら、頭を抱えてしゃがみこんでいた…… なんだこれ、ちょっと可愛いぞ。


「オレっち、そんなにいっぱい覚えられないぞ……」


 うーむ…… あまり詰め込み教育もよくないか。今日のところはこの辺でやめておくにしよう。


「まあ、そんなにしょげるなよ。今日はここまでにしような。いやー、それにしてもここまでよく頑張ったと思うぞ」


「ムムっ…… オニーサン、俺っちに慰めは必要ないゾ……」

 ああー、なんだよメンドクセーな! ……なんて言っちゃいけないよな。

 しかし、小さな子どもにモノを教えるのって難しいもんだな。学童保育でバイトしなくてよかったよ。


「あー、うーん…… じゃあミミー、あとちょっとだけ、あとちょっとだけ頑張れるか?!」

「オウっ! オレっち、あとちょっとだけ頑張るゾ!」


「よし、じゃあサッサと終わらすぞ。旧魔法を作ったのは第1世代と第2世代の女神様。新魔法を作ったのは第3世代の女神様。ここまではわかるか?」


「オウっ! 楽勝だゾ!」


「じゃあ次行くぞ。その第3世代女神マエノー様は新魔法を人間族にしか付与しなかったんだ。でも、第4世代女神にして現女神のテラ様は、自分を信仰する人であれば種族を問わず、新魔法を使えるようにしてくださったんだよ」


「ムムっ! テラ様は太っ腹だゾ! そう言えば前の女神のマエノー様は、オレっちたち獣人族には人気がなかったゾ」


 そうなのだ。前女神マエノー様は人間族中心主義を標榜していたと聞いている。まあ、人伝てに聞いただけだし、実際のところはよくわからないんだけど。


「まあ、とにかく、白黒魔法と火水風魔法はまったく別物だということがわかっていればそれでいいよ。それで、ミミー。お前はテラ様の信徒なんだろ?」


「オウっ! オレっちよく覚えてないけど、ちっちゃい頃洗礼を受けたらしいゾ」


「なら大丈夫だ。お前もちゃんと新魔法を使えるよ。この世界の本当に強い剣士たちは、みんな魔法を使いながら戦ってるんだぞ」

「ムムっ! でも…… なんかズルしてるみたいだゾ……」


「そんなことはないさ。ミミーの場合はちっちゃい身体を使って素早く短剣で勝負するんだろ? じゃあ、オススメは断然風魔法だな」


「ムムム…… でも剣士なら修行して剣の腕を磨く方がカッコいいゾ……」


 うーむ…… やっぱり魔法を使うことに抵抗があるのか。よし、ならば攻め方を変えよう。ふふっ、俺はこう見えて学生時代、教育実習に行ったことのある男だ。ただ、今から20年ほど昔の話で、行った先も高校なんだが……


 まあ、それはいい。その際、指導教官はこう言っていたのだ。学習の結果に対する明確な報酬を事前に提示せよと。なんだよ、モノで釣るのかよ、汚ねえなあ、などと当時は思っていたが、今こそ指導教官の教えを実行に移す時が来たようだな。


「いいかミミー、よく聞け。風魔法はすごいんだ。風魔法を使えると、どんなことが出来ると思う?」

「どんなことが出来るかわからないゾ?」


「風魔法が使えると——」

「風魔法が使えると?」


「……空を飛べるんだ」

「…………」


「俺がハジマーリの街で見せたのは低空飛行だったけど、実はもっと高い所まで行けるんだ」

「…………」


「雲を突き抜けて太陽の近くまで行くと、それはそれは気持ちがいいんだ」

「…………」


「こんな山脈なんて、ひとっ飛びだ。あっという間に移動できるぞ」

「……… (ピクッ) ………」

 あっ、ちょっと反応した。


「俺、ダンジョンでも風魔法使っただろ? いやー、便利だよな風魔法って」

「……… (ピクッ、ピクッ) ………」

 ミミーは感動より利便性を求めるのか…… なんだかちょっとな…… でも、ここまでやったんだし、もうちょっとやってみるか。


「大きな荷物なんかも、すぐ運べちゃうからな。商人のお手伝いしたら、お小遣いもらえちゃったりして。風魔法って本当に——」

「オニーサン!!!」


「どうした、ミミーよ?」

「……………オニーサン。オレっち、風魔法を極めるために、生まれてきた様な気がするゾ」


「そう言うと思ったぞ、ミミーよ! さあ、共に風魔法を極めて大空を目指そうじゃないか!」

「オウっ! きっとオレっちは空の支配者と呼ばれるようになるゾ!!!」


 ……ふう。なんとかミミーはやる気になったようだが、これで良かったのだろうか?

 なんか俺、詐欺師っぽいぞ。いや、俺の言い方が詐欺師っぽかっただけなのか? なんでもいいや、ちょっと疲れたし。やっぱり俺、教育者に向いてないや。


 それにしても…… ミミーのヤツ、ちょっと俗物的過ぎやしないか? いや、きっとこれは感動した経験が少ないからこうなるんだろう。ずっとダンジョンに籠って魔獣討伐に明け暮れてたんだから仕方のないことなのだが……


「よし、ミミー! 俺につかまれ!」

 俺はそう言うと、ミミーを抱えて大空へと舞い上がった。


 これから出来るだけ、いろんなものを見せてやろう。

 戦闘以外にもいろんな経験をさせてやろう。

 別に俺がいちいち教える必要なんてないや。

 自分で好きなものを選び、好きなように学び取ってくれればそれでいいじゃないか。

 そんなことを考えながら、俺はミミーを抱えて、全速力で太陽を目指し大空を駆け上がった。


 さて、こんな調子で、俺とミミーは風魔法の練習をしながら、北の街ホコーラを目指してのんびり旅をするのであった。

 それから、幼女にはノータッチが基本だったのだが…… 衛兵さんが見てなかったから良しとするか。でも気をつけねば、ハジマーリの噂の件もあるし……

 悪口吹聴マシーン、バインめ、許すまじ!

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