バインバイーン来襲

 ここはダンジョンの第一層。先ほどより、貴族のおぼっちゃま——確か『くっちぃ』と呼んでくれって言ってたな——が、歩きながらずっとナミダーメさんへの愛の告白を垂れ流している。


「いやぁ、ナミダーメ嬢はいつもお美しいが、ローブをまとったその姿も、いつにも増して美しい!」

「……ダンジョンに入るんですから、戦闘用の装備を身にまとうのは当たり前のことです」


「何を言うんだい! ボクが言いたいのは、他の女性が身にまとうと無骨に見えるその衣装も、ナミダーメ嬢が着るととてもエレガントに見えるということだよ!」

「……これは衣装ではなく装備です」


「それから君が持つその杖のチョイスも、とてもクールだと思うよ!」

「……私は攻撃系の魔導士ですから、治癒系の魔導士の持つ杖とは違っているだけです」


 ナミダーメさんのハート、全然盗めてないじゃん。くっちぃのパーティメンバーの女性が『うわっ、気持ちワル……』みたいな顔してるよ。大丈夫なのか、このパーティ? こんなバカでも一応は貴族だから、みんな強く言えないんだろうな。


 確かパーティ名は…… さっき聞いたけど、どうでもいいから忘れた。


 ダンジョンに入ってから、くっちぃはずっとこんな調子だ。ダンジョンの中で無駄口たたくなよ、死ぬぞ。まあ、ここは初心者向けのダンジョンだから、そんなに危険じゃないんだけど。



 俺たちが第1層から地下第2層に向かおうとした辺りで、先導役のちびっ子ミミーが声を上げた。

「ムムっ! オレっち達の背後から誰か来るゾ! そこの『お貴族サマのおぼっちゃま』がうるさいんでよく聞こえないけど、たぶん人間だゾ!」


「無礼者! 何て言い草だ! お、おいっ、お前達もなにを笑っているのだ!」

 くっちぃが顔を真っ赤にして怒っている。だが、コイツのパーティメンバー達は笑っている。もちろん俺も笑っている。


 状況を見かねたナミダーメさんが、笑いをこらえた様子で助け舟を出す。

「まあまあ…… ミミーさんも悪気があるわけではないようですので」


「ま、まあ、ナミダーメ嬢がそう言うなら…… だからボクは、こんな獣人族の子どもの同伴なんて反対だったのだ」


「ムムっ! オレっちを子ども扱いしないで欲しいゾ! 他の冒険者は『貴族のあほボン』とか『マミーのパイオツを求める男』とか言ってるけど、オレっちはこの若さで最大限の配慮を発揮したんだゾ! んっ? 違ったカ? 『マミーのパイオツは報酬に含まれますか?』だったっけカ?」


 顔面を紅色くれないいろに染めたくっちぃがミミーに殴りかかろうとした。しかし、イカツイ体格をしたパーティメンバーの男に羽交い締めにされ全く動けない。


「ぷぷ…… 坊ちゃん、流石にそれは……ククク……マズイですぜ…… ハッハッハー」


「おい、なんでお前まで笑ってるんだ! それから坊ちゃんと言うなとあれほど言ってるだろ!」


 ミミーとくっちぃ以外の人間が笑い崩れている。ナミダーメさんまでお腹を抱えて笑っている。もちろん俺も笑っている。爆笑だ。よくやったぞ、ちびっ子ミミー!

 きっとパーティメンバー達は、くっちぃの父親あたりから大金をもらって、コイツのお守りをさせられてるんだろうな。まるで普段の鬱憤を晴らしているかのように大笑いしてるよ。



 そんな中、俺たちの背後にもう一人の空気を読めない人物がやって来た。先ほどミミーが報告した、後方から接近していた人間の正体は——


「はぁ、はぁ、や、やっと追い付きましたわ! って、あれ? みなさん何をそんなに笑っているのですか? フゥ、フゥ、フゥ……」


 チッ、最悪だ…… この女は、俺がこの世界で最も会いたくないランキングトップ3に入る人物、ハレンチ神官バインバイーン、通称バインだ。

 思い出したくもないが、コイツは俺の元パーティメンバーだった女だ。ナイスなバディでビューティフルなフェイス。10人男がいれば10人の男と、おまけにオスの魔獣がワンサカ寄って来そうな女である。


 だが、俺は知っているのだ。清楚なフリをしているが、実はこの女がビッチであるということを! コイツが夜な夜な俺たちのパーティーが泊まっている宿屋からコッソリ抜け出し、どこぞのイケメン剣士やダンディー魔導士のもとへ通ってたことを!


 まあ、コイツの性欲が底なしなのはいいとしよう。個人の趣味嗜好の問題だしな。しかし、コイツの厄介なところは、性欲だけではなく、物欲も相当根深く薄汚れていイヤガルところにある。コイツは5年前、俺たちパーティの共有資金を持ち逃げしやがったんだ!



「フゥ、フゥ、フゥ……」


 バインのヤツ、どうやらここまで全力で走って来たようだ。まだ息も絶え絶えにモダエてやがる。なんだかとてもエロい。そうなんだ、コイツは何をやってもエロいんだ。でも、もう騙されないからな!


 文句の一つでも言ってやろうかと思ったが…… いや、待てよ。ここはよく考えないといけないぞ。俺がこのバインと出会い、一時期ではあるが行動を共にしたのはあくまで5年前の世界——『前回のターン』とでも言うべきか——である。現在の世界——『今回のターン』とでも呼べばいいだろうか——では今日が初対面だ。


 初対面の人間の性格などわかろうはずがないのだから、ここでコイツに悪口を言うわけにはいかないのだ。しかし…… それでも俺は言ってやる!


「あのー、大丈夫ですか、パイパン・ナイーンさん?」


「…………いえ、あのわたくし、バインバイーンですけれど……」

 よし! 今出来る限りの仕返し、大成功だ!


 それにしても…… あーあ、せっかく、くっちぃがイイ味出してたのに、バインのバカのせいで台無しじゃないか。なんとなくシラけた雰囲気になったため、誰が指示するでもなく、みんな無言のまま地下2階層へ向かい歩き出したのだった。


♢♢♢♢♢♢


 引き続きダンジョン内を歩行中。今度はバインの野郎が一人で喋りまくっている……


「いくら強い剣士の方がいらしたとしても、やはり治癒魔法を使える魔導士がいなければ先々苦労することが多いと思いますわ。いえ、これはあくまで一般論ですけどね」

 ……お前は論外だがな。


「あっ、今怪我をされましたか? いつでも私に言って下さね。私にかかれば大抵の傷なら直ぐ治りますので」

 ……お前は薬屋か?


「ふう、ちょっと疲れましたね。この辺りで治癒魔法、一服いかがですか?」

 ……今度はタバコ屋か?


 俺たちは今、ダンジョンの地下第5階層を歩いている。ここまで全く魔獣に遭遇していない。あれからくっちぃは一言も喋らなくなったが、その代わりに今度はバインのヤツが一人で喋り散らしていた。


 バインが俺に媚びを売るのには理由がある。異邦人にはスペシャルなチート能力を持つ者も少なくない。従って、利権に群がるハイエナの如く、ロクでもない連中が群がってくることが多いのだ。なかにはバインのように、色仕掛けで近寄って来る者もいる。俺も前回のターンじゃ、大いに勘違いしたもんだよ…… なんか切なくなってきたんでこの話はもう止めよう。


 それにしてもバインの服装ときたら…… なぜかボディーラインがくっきり見える薄手の鎧を身につけている。お前、神官だろ? 普段はローブとかもうちょっと動きやすい服装だったよな? というか、お前そんな装備持ってたのか? 初めて見たぞ。勝負パンツならぬ勝負ヨロイなのか? なんだかピチピチだぞ?


 ああ、そうか。この露出狂もビックリするような装備を着用するのに時間がかかり、遅刻したんだな。わかるよ、バイン。オマエはそういうヤツだ。



「ちょっとアンタ、さっきから、なにチラチラその薄着の女神官ばっかり見てんのよ、みっともない!」

 

 ドキッ! そう言ったのは、くっちいのパーティメンバーである女性魔導士だった。一瞬、俺が怒られているのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。彼女と同様くっちぃのパーティメンバーである男性剣士が言い訳を始めた。


「ハァ? 別に見てねえしぃ! 俺、パーティ全体を見てただけだしぃ。別になんとも思ってねえしぃ。それよりなんだよオメーこそ。ヤキモチかよ? みっともねえしぃ」

「なんだって!調子に乗ってんじゃないわよ!」


 喧嘩が始まってしまった…… この人達、きっと恋人同士なんだろうな。他のメンバー達が必死に仲裁してるよ。なんだか思い出すな、前回のターンを。バインとパーティを組んでた頃はいっつもこんな険悪な感じで、しょっちゅう喧嘩が起こってたっけ。それで毎回俺が仲裁してたんだよ……


 あーあ、嫌なこと思い出した。周りで喧嘩が起こっているにも関わらず、悪の元凶バインのヤツは素知らぬ顔で俺だけを見つめている…… うわっ、ちょっとコワイ。

 それにしてもこの女、俺をゲットする気満々だな。これは意志を強く持たないと、俺、お持ち帰りされるのでは…… と思ったがそれはないか。


 コイツの物欲センサーは全方位大解放であったが、性欲センサーはイケメンまっしぐらだったからな。俺は性欲の対象ではなく、物欲の対象だったようだ。俺なんて性欲センサーにかすりもしてなかったみたいで…… べっ、別にひがんでなんてないからな!

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