結婚経験ナシのおっさんが、いきなり聖女と令嬢と獣耳娘の保護者になったら
大橋 仰
プロローグ
女神様再び
白い世界。
見渡す限り何もなく、只々自分の体のみ存在する不思議な場所。
ここに来るのは…… 2度目だな。
ということは…… 俺、また死んだのか?
この白くて何もない空間に一人ポツンと置き去りにされ、若干ビビってるこの俺、
ちなみに、俺の名前は…… 逆境でもめげずに強く育って欲しいという、両親の有難くない願いによって付けられたそうだ。
いや、それ、どう考えてもふざけてるだろ?
まあそんなわけで、5年前に俺は日本であっけなく死んでしまったのだが、死んだ直後にこの場所、まさに今、俺がいるこの真っ白な場所で、とても慈悲深い女神様と出会い、剣と魔法でしのぎを削り合うファンタスティックな異世界に転生させてもらったのだった。
俺はその後5年間、この異世界で生き続けた。だからこの場所に来るのも5年振りというわけだ。
そういえば、俺、もう41歳になったんだな…… 自分では若いつもりだったんだが……
いや、まあ、そんなことはどうでもいい!
俺は、この異世界で魔法の修行に励み、そして魔人族やその王である魔王と戦っていたはずだったのだが……
そんなことをボンヤリと考えていると、フッと、俺の目の前に見覚えのある、あの懐かしい姿が浮かび上がってきた。
「お久し振りですね、キシ・カイセイさん」
間違いない! その透き通るような美しい声、荘厳にして慈愛に満ちたその姿は、5年前に俺を救ってくれた女神様、そう、女神テラ様だ!
「女神様! あの、一つうかがっても宜しいでしょうか?」
失礼は重々承知の上で、俺は女神様に尋ねた。
どうしても聞かねばならない。俺が今、ここにいる理由を。
「はい、何でしょう?」
女神様は慈愛に満ちた表情を浮かべたまま、優しい声で応じて下さる。
「確か俺、ここに来る前、魔王と戦ってて…… 多分、魔王を倒したと思うんですが。なんで俺、ここにいるんでしょうか?」
すると…… 女神様はとても悲しそうな表情を浮かべ、俺に向けてまた美しい声を響かせた。
「ええ、あなたは間違いなく魔王を倒しました。ただ、魔王を倒した直後のこと。一瞬の隙を突いた、魔人族四天王の最後の生き残りに攻撃を受けて……」
「ああ…… それで俺は死んだんですね」
「……はい、あっという間の出来事でした。とても残念です」
ようやく合点がいった。俺は痛みや恐怖を感じる暇もないほど、一瞬でヤラレたんだな。
やっぱり俺、また死んだんだ。でも、魔王は間違いなく倒せたようだ。
良かった…… 俺はこの異世界で自分の役割を果たせたのだ。
「俺は…… 女神様の願いを叶えることが出来たんですね。それなら満足ですよ」
俺は満ち足りた気持ちで女神様に話しかけたのだが……
「え?」
あれ? なぜか女神様からは予想外の反応が返ってきた。
「あの…… 俺、何かおかしなことを言いましたか?」
「ああ、申し訳ありません。もちろんあなたをはじめ多くの転生者の皆さんのお陰で最悪の事態を回避できましたが……」
「あれ? 女神様の願いは、魔人族の王である魔王を討伐することではなかったのですか?」
「何を言ってるんですか!!!」
何だ、びっくりした!? 女神様が急に怒り出したぞ? 俺、何か女神様を怒らせる様なことを言ったのか?
体をプルプル震わせながら、女神様は続ける。
「討伐だなんて! 私は女神ですよ。そんな蛮行を望むわけないじゃないですか。ひょっとして、カイセイさんは私がそんな女だと思っていたのですか?」
そんな女って何だよ? アナタ神でしょ?
「いや、そんなこと思ってませんよ…… たぶん。でも、ほら、異世界から来た勇者が魔王を倒すのって、なんていうか定番じゃないですか?」
「勇者って…… プッ…… カイセイさんったら、まさか自分のこと勇者だなんて思ってたんですか……クックック」
あー、なんだその失笑。なんか腹たつわー。別に俺だって自分のこと勇者だなんて思ってないし!
今のは何というか…… そう、言葉のアヤってやつだ! 別に恥ずかしいとか思ってないからな!
「カイセイさんって意外とユーモアのセンスをお持ちですのね。もう、カイセイさん顔真っ赤ですよ」
我慢だ。これは俺の忍耐力が試されてるんだ…… そうでも思わなきゃ殴りかかりそうだ。
しかし…… 女神様ってこんなキャラだっけ?
5年前にこの場所で言葉を交わした時はどうだった?
うーむ…… 確かあの時の俺は相当テンパってて、ろくに会話が成立していなかった気がする。
そりゃそうだろう。日本で死んだと思ったら、いきなりワケのわからない場所に身を置いていて、更には異世界転生だなんて言われたんだから。
でも今回は大丈夫だ。なんせ2度目なんだから。
俺は努めて冷静に、次の言葉を女神様に放った。
「では、女神様は何をお望みだったのですか?」
「あら? 私、カイセイさんと初めてお会いした時、お話ししませんでしたっけ? 私はこの世界の平和に貢献して欲しいとお願いしたはずですが?」
「はい、それはうかがいました。それは俺だけじゃなく他の転生者達も、女神様からそのようにお願いされたと言っていました。ですから我々はこの世界に仇なす魔人族と戦ってきたのですが——」
「アーハッハッハー! もう、カイセイさんったら、プップップ…… 本当に冗談が過ぎますよ! 人間族も魔人族も、どっちもこの世界の住人じゃないですか。どっちかだけが勝っても意味無いじゃない! 本当にもう、クスクス……」
ここにもし、ちゃぶ台があったら、全力でひっくり返すであろうと確信できる。
とにかく一発殴ってやりたい気持ちは全力で抑えることとして…… どういうことなんだろう?
俺達転生者は人間族と一緒に魔人族と戦い、この世界の平和を守るんじゃなかったのか?
「では、女神様は我々転生者に何を期待してたのですか?」
「そんなの決まってるじゃない!」
なんかもうタメ口になってるし……
さっきまでの上品な話し方が、あさっての方向に吹っ飛んでるよ。
「それは——」
「それは?」
「!!!!! 話し合いよ!!!!!」
「……………………」
……何言ってんだろうこの人?
俺の今の正直な気持ちが、つい言葉に出てしまう。
「……ダメだ、俺の思考が追いつかないよ、女神様。女神様ってば、自分の脳ミソの中身をブチまけながら俺の遥か先を単独走行してるよ……」
よく日本人は平和ボケしていると言われる。
うん、この女神様はきっと日本人なんだろう。しかもスーパーウルトラ日本人なんだと思う……って、そんなワケないか。
でも…… そう言えば転生者って、日本人ばかりだったな。何か関係でもあるのか?
いや、そんなことはどうでもいい!
ああ…… もうダメだ。なけなしの理性を総動員して、俺の感情を包み込んでいた何かが一気に崩れ去った。
「魔人族が攻めてきて、しかも多くの人間族が亡くなったのに、何が話し合いだよ! 俺達日本から来た転生者だってほとんどヤラレちまったんだぞ! アンタふざけてんのか!!!」
「ご、ごめんなさい! でも、私は決してふざけて言っているのではないのです! ああ…… 私って、どうしていつもこうなんでしょう…… いつも私は喜怒哀楽が激しすぎるって、女神
なんだ女神
女神様のコミュニティで世間話に花でも咲かせてるのか?
そもそも女神様って井戸端会議を開くほど沢山いるのか?
まあ、それはさて置き……
ちょっと言い過ぎたかな? これが日本ならパワハラとかセクハラとか言われそうだ。裁判になったらマズいぞ。女神に裁判なんてあるのか知らないけど。
「いや、あの、なんかスミマセン…… 俺もちょっと言い過ぎたっていうか……」
念のため謝っておくことにした。
「いえ、いいんです。カイセイさんのおっしゃる通りです。今回の戦いで本当に多くの人が亡くなりました…… どうしてこのような事態に陥ってしまったのでしょう…… それでも、カイセイさんはじめ多くの転生者の方々のおかげで、人間族の消滅という最悪の事態は避けられました。この点については、心より感謝しております」
そう言って女神様は俺に向かって深々と頭を下げた。
俺がこの世界に招聘されてから約3年後、つまり今から2年前。魔人族は人間族の街を急襲し、あっという間に人間族側の大国一つを滅亡させた。
ここに至って人間族は国家を超えた連合軍を結成する。
我々転生者も人間族軍に加わり、魔人族軍に対して防衛戦を展開し、魔人族侵攻軍を撃退した。
そしてその後、我々は魔人族領へ反転攻撃に出たのであった。
もし、我々転生者が人間族軍に加わっていなければ…… 恐らく人間族は全ての領土を奪われ、全ての民は死に絶えたことだろう。
この点については、女神様も認めるところであるようだ。
それにしても、この女神様…… ちょっとポンコツなところはあるようだが、どうやらそんなに悪い人、いや悪い神ではないみたいだ。
言ってることはよくわからないが、この世界の平和を守りたい、人々の命を守りたいという気持ちはその表情や態度からも伝わってくる。
そんなことを考えているうちに…… なんだろう?俺の体の色が少し薄くなってきた? 体が透明になってきているような気が……
ああ、そういうことか。どうやら本当の死が迫りつつあるようだ……
「カイセイさん。あなたの肉体が消滅し、あなたの魂が輪廻の輪の中へ戻るまで、あまり時間が無いようです。ここからは簡潔にお話しします」
簡潔に話せるなら最初からそうしろよ。
いや、そんなことより…… 俺、もうすぐ消えて無くなるのか……
「先程は私の話し方のせいで誤解を与えてしまったかも知れませんが…… あなたがこの世界において果たした役割はとても大きなものでした。最後まで対魔人族戦役に従軍し、人間族を滅亡から救った功績は甚大です。そこで私、女神テラの名において、あなたに奇跡を与えましょう。何か望みはありますか?」
「えっ! なんですかそれ! そういうことならもっと早く言って下さいよ! 本当に大丈夫なんですか? なんか今急に思いついた、みたいな感じがするんですが?」
「べっ、別に、さっき私が取り乱したことのお詫びとか、そういうことじゃないんですからねっ! さ、最初から決めてたことなんだからねっ!」
こういうこと言わなきゃ、立派な女神様に見えるのに……
なんてことはどうでもいい! ツイてるぞ、俺!
さて、俺の望みですか。そんなの…… 決まってるじゃないか!!!
「俺の願いはもちろん、5年前のあの日に戻ることです! でも…… 流石にそれは無理ですかね?」
5年前、俺は何の前触れもなく交通事故であっけなく死んだ。やり残したことが山ほどある。
実際、どうやったら日本に帰れるかって話を、日本から来た転生者仲間とよくしたもんだ。
もう一度日本に戻りたい。これ以外の望みがあるわけないじゃないか!
「…………」
「あれ、女神様? 俺、変なこと言いましたか? あっ、やっぱり欲張り過ぎでしたか? 流石に日本に戻るとか——」
「うっそぉーーー!!! ホントに?! あなたは…… あなたは何て素晴らしい人なの!!!」
「あれ? 女神様?」
「私ったら、てっきり、単に『もう一度生き返らせて欲しい』とか、なんの面白みもないこと言うとばかり思ってたのに! まったく、あなたの脳ミソは私の遥か斜め45度を全力で徐行してるわね!!!」
「あっ、なんだよ! さっきの仕返しかよ! でも女神様、興奮し過ぎて言ってる内容が支離滅裂だよ。ちょっと落ち着きましょうよ!」
「ええ、わかっていましたとも! あなたが多くの人々の命を救いたいと思っていることを。そして、私の願いをとても良く理解していただいていることを!!!」
「いや、なんて言うか、1割ぐらいは合ってるかもしれないけど、後半の『私の願い』のところは全く身に覚えが無いぞ!」
「もう、カイセイさんったら、テレ屋さんなんだから!」
「いや、今のところに、1ミリもテレる要素無いだろ!?」
「私とカイセイさんって、やっぱり気が合うのね!」
「話を聞けよ!!! 俺と女神様の気持ちなんて、遥か遠くにありすぎて、交わる気配なんてこれっぽっちもないと思うぞ!」
「ああ、もう時間が無いわね。それでは時間を巻き戻しましょう。あなたが初めてこの世界にやって来たあの時間に! そしてあなたをあの場所に送りましょう。あなたが初めてこの世界に降り立った場所、そう『始まりの街』へ!!!」
「あっ、バカ! そうじゃないだろ! 人の話を聞けよ、なに一人で熱くなってんだよ! 俺が言ってるのは、そういうことじゃなくて——」
「今回は私も全力で協力させてもらいます。私に会いたければ、北の街『ホコーラ』に来て下さい、っていうか、絶対会いたいわよね! 会いたいに決まってるわよね!」
「だから、俺の話を聞けって——」
「あなたの3度目の人生に幸あらんことを!!!」
「——聞けって…… 言って…… る……………………」
あたり一面の白い世界が、ゆっくりと黒い世界へと変わっていく。
そして、意識がゆっくりと…… 消えていく…………
消え行く意識の中、俺はぼんやりと女神様の最後の声を聞いた。
『あっ、それから。時間を巻き戻したことは、カイセイさんと私、二人だけの秘密だゾ! うふっ!』
おい! 『うふっ』って何ですか? 少女マンガの読み過ぎですか? このイライラした気持ちをどう処理すればいいですか?
消え行く意識の中、俺はそんなどうでもいいことを力一杯叫んだ。
こうして、俺の二度目の異世界生活が始まった…… のか?
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