010閑話 笑いの祭典 ◇
「笑いの祭典。爆笑フェスティバル」当日。
会場は港に面した「海岸公園」近くにある大型複合文化施設「芸術文化ホール」だ。最寄り駅で待ち合わせして、歩いて五分の会場へは徒歩で向かう予定。
9:30会場、10時開演。待ち合わせは9:20にした。
遅刻するわけにはいかないと9:00には駅に着いたが、改札を出てすぐに、京香さんの姿を見つけた。うわっ! 待たせちゃったかな?
「お待たせしてすみません」
「私もついさっき来たばかりなの。おはよう、昴さん」
「おはようございます」
まだ少し早いけど、改札前は既にかなりの人出だったので「芸術文化ホール」へと向かう。入口には、予想通り行列ができていた。雅弘が人気イベントだと言っていたのは本当で、一般チケットは完売らしい。
さりげなく隣にいる京香さんの服装をチラ見する。京香さんがヒールを履いているので、いつもより身長差が縮まって顔が近い。
今日も京香さんはお洒落だ。
歩くたびに、アシンメトリーにフリルがついたロング丈のフレアスカートが揺れていた。
「素敵なデザインのスカートですね」
「ありがとう。カッティングが変わっているでしょ? ランダムティアードというのよ。立体感や軽い動きを見せるために工夫されたデザインなの」
ゆらゆら揺れるスカートは確かに目を引く。色はピンクブラウンっていうのかな? 落ち着いているのに可愛らしい色合いだ。
上はアイボリーカラーのショート丈のダウンジャケットで、衿元が立体的に立ち上がっていて、ゆるふわの巻き髪の後ろには、フワフワしたファーがのぞいている。
……可愛い。
普段はパンツスタイルが多いと聞いているのに、今日は華やかなスカート姿だ。髪型も違う。俺も印象をよくしたくて服装には気合いを入れてきたけど、京香さんもそうなのかな?
そう思うと、今日はデートなんだって、改めて意識してしまう。
「まだちょっと早いけど、どうやら開場みたい」
「列が動き始めましたね」
会場内に入ると、ホールの奥に早くも人だかりができていた。
「関連グッズを売っているとありますね。ちょっと覗いてみますか?」
「そうね。でも凄い人」
「3000円以上お買い上げの方には、出演者全員とハイタッチできるチケットをプレゼント! ライブDVDや記念グッズもあります!」
なるほど。混んでいるのはそのせいか。
「京香さんは、今日の出演者の中に好きな芸人さんがいますか?」
「いるけど、ハイタッチはいらないわ。だって……」
その先は声が小さくて、ちょうど張り上げられた売り子さんの呼び込みの声にかき消されてしまう。
(だって、今日はもっと好きな人と一緒にいるから)
昴を見上げる京香の表情がやけに甘くて、そう言っている気がした。
……いやいや。それは俺の願望であって、実は違うかもしれない。「だって時間がかかりそうだから」「だってグッズは特に欲しくない」。そんな言葉だったのかも。
こういう時に、何か気の利いたセリフが言えたらいいのに。
今まで一方的にモテていたせいで、スルースキルは高くても恋愛経験値は低い。それを改めて自覚する昴だった。
*
「席はここですね」
「舞台に近いセンターなんて、凄くいい場所ね」
さすが招待チケット。これは雅弘に感謝だ。
「暖かいから、上着は脱いだ方がよさそうね」
確かに。席に座る際に、コートは脱いでおこう。そう思って上着に手をかけた時、視界に入った京香さんの姿を見て、俺の動きは止まってしまう。
手早くダウンジャケットを脱いだ京香さん。その下に現れたのは身体のラインがくっきり出るオフホワイトの薄手のニットだ。細い腕やウエストが強調されると共に、襟ぐりがU字型に大きく開いていて、その……もうそれは凄い迫力だ。なんというか、めちゃめちゃ色っぽい。
うわぁ。目のやり場に困る。気になり過ぎる。
……これは、自制心を試されるかもしれない。
沢山の出演者により、次々と繰り広げられるお笑いライブ。TVで頻繁に見かけるような人気芸人ばかりで、ショーが始まったら舞台に引き込まれて笑いが弾ける。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、ライブは終了。
さて。ここからだ。予約はバッチリ取ってある。場所もメニューも確認済みだ。女の子に人気があるという、海が見渡せるお洒落なレストラン。窓際の席を押さえてある。
時刻はお昼。ランチだ。「お腹が空きませんか? 近くに人気のランチがあるレストランがあるので、行きませんか?」
そう、こんな感じでスマートに誘わなきゃ。
「楽しかったわね。今日は本当にありがとう」
「いえ。俺も一緒に観れて楽しかったです」
「もうお昼ね。この辺りで食べていく? でも混んでいるかしら?」
このタイミングだ!
「よ、よければ、ランチを予約してあるんですが……」
「わざわざ予約してくれたの? ありがとう」
「俺も初めて行く店ですが、海が見えるらしいです」
「素敵ね。楽しみだわ。じゃあ、連れて行ってくれる?」
そう言って、京香さんが俺の腕に細い腕を絡めてくる。そして触れる互いの指先。
……ここは、行っていいよな? いや、さすがにそれは大胆過ぎるか?
迷う俺に気づいたのか、京香さんが俺に笑いかけた。
「繫いじゃおうっと!」
華奢な指が、俺の指と互い違いに絡まっていく。優しく、でもしっかりと。
「昴さんの手。大きい」
「……京香さんの手は、小さくて可愛らしいです」
「ふふっ。じゃあ、行きましょうか」
生まれて初めての恋人繋ぎ。めっちゃドキドキする。そして気持ちがフワフワしてきた。静まれ俺の鼓動!
*─────*
カクヨム だけの書き下ろし回です。
お笑いライブの演目については、既存のネタを書くのは憚られます(かと言って、オリジナルのお笑いネタは書けない)ので、ご想像にお任せ致します。
閑話はこれで終わりです。次回はISAOに戻ります。
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