58 未解放エリア

 

 いや参った。


 あのアナウンスのタイミングからすると、余程の偶然でもない限り、グラッツ王国への到達者っていうのは俺のことなんだろう。


 それだけでもただ事じゃないのに「解放クエスト」開始だって。それも2つも。


「巨人の切り通し」ってどこだろう? 新しく解放された街に「渓谷の街ダカシュ」っていうのがあったけど、「ダカシュの関」は、あの街と何か関係があるのか?


 分からないことが多過ぎる。


 そして、何も分からないまま安全地帯を離れるのはマズイな。俺、支援職だし。


 ここは、どう考えたって次の攻略エリアになるんだろうから、雑魚だって当然レベルアップしてるんじゃないか? 俺が1人でフラフラしていい場所じゃない。


 ……マップをチェックしてみるか。


 タッチパネルを操作して、メニューからマップを表示する。


《この場所の地図を入手していません。》


 うん。知ってた。このゲーム、そんなに甘くないって。


 じゃあ、何か情報がないか、フレにメールで聞いてみるか。


《このエリアはまだ未解放です。未解放エリアから解放エリアへのメールの送受信は行えません。》


 えっ!? なにこれ。酷くない?


 俺ここにいるじゃん。なのに未解放って何? 転移でいきなり雲の上に飛ばされて、やっと地上に戻ってきたと思ったらこの仕打ち。


 はぁ……。いまさら鬼畜仕様に文句を言っても無駄か。


 仕方ない。ログアウトして情報サイトをチェックしよう……そう思った時、


〈ガサッ。ガサガサッ〉


 草を掻き分ける音がする。あれ? 人?


「どなたですじゃ? お見かけしたところ、旅の神官様のようじゃが」


 草むらから現れたのは、白い髭を長く伸ばした仙人みたいな風貌の老人と、そのお供と思われる若者が2人。


 3人とも茶色っぽい、甚兵衛みたいな服を着ている。肌の色も白人というよりはオークルカラーで、明らかにこれまで見てきたNPCたちと人種が違う気がした。


「ユキムラと申します。仰る通り旅の神官ですが、困ったことに道に迷ってしまいました」


 俺がそう言い訳をすると、


「おお。それは難儀なことですな。我々は、この先の村の者ですじゃ。今日は聖堂の掃除に参ったのじゃが、神官様にお会いするとは、これも何かのご縁でしょうな。スケーザ、カクーノ、掃除はお前たちに任せた。わしはこの神官様を村へご案内する」


 スケーザにカクーノか。なんか名前があれだな。


「はい。わかりました。ローコ様、お気をつけてお戻り下さい」


 ……まんまじゃん。ふざけてる? 運営。


「神官様、小さな村ですが歓迎いたしますじゃ。どうぞワシに付いてきて下され」



《山間の村チャティフ》


 本当に小さな村だった。


 家の数は全部で十数軒。山を切り開いて小さな畑を作って生活をしている村……という設定のようだ。


 村人には年寄りが多い。歓迎してくれるというのは本当のようで、質素だが細やかで暖かい歓待を受けた。ちなみに、ウッカリの人や風車の人はいないようだった。


「若い者は、この2人を除いてみんな王都に出稼ぎに行ってますじゃ」


「王都? グラッツ王国のですか?」


「そうですじゃ。王都は山を降りて渓谷を抜け、草原をしばらく南に行ったところにありますのじゃ」


「ここから近いのですか?」


「若い者なら行き来は比較的簡単ですじゃ。じゃが、それは普段の話。今の時期は川が増水していてとても越えられんのですじゃ」


 なにげにその先は非侵入エリアになっているのか。


「他にこの村から行ける場所はありませんか?」


 RPGなら、どこか次の展開に繋がる道が用意されているはず。


「南西方向に山を抜ければ、下山できないこともないのじゃが、山道はかなり険しい上にハーピィの群れが襲って来るので、とても危険ですじゃ。神官様お一人では、どうかのう」


 ハーピィの群れか。単体ならともかく群れじゃあ、確かに1人で相手するのは厄介な相手だな。


「その山を抜けたところには、何かあるんですか?」


「小さな砦がありますじゃ」


「砦ですか? そんな場所に? そこはいったい何のためにあるのですか?」


「昔は、隣のモーリア王国との国境にあたる関所だったんじゃが、いつの頃からかその北側の山に化け物が住み着いてのう。今は砦に改築して、化け物が国内に入ってこないように王国軍が監視してますのじゃ」


 国境!? グラッツ王国って、モーリア王国と国境を接しているのか。これは思ったより近いんじゃないか?


「化け物? 先ほど仰っていたハーピィですか?」


「その親玉ですじゃ。『狂鳥ハルピュイア』。人を惑わす術をかけ、嵐を操る大変に厄介な魔物ですじゃ」


「狂鳥ハルピュイア」。もしかしなくても、解放クエストのボスモンスターの片割れじゃないか。


 食事の後は、歓待してくれたお礼として、村人の希望に応えて【JS疾病治療】を連発したら、とても喜ばれた。


 そして、まだこの村より先に進むかどうかは決めていなかったが、念のためお願いしたら、砦までの道標みちしるべを書き込んである地図を見せてくれた。これで周辺地図はGETした。


 しかし、どうしよう。行くべきか、退くべきか迷う。


 とりあえず、行けるところまで行くか。地図も手に入ったことだし、村の付近を散策してみよう。


 *


 先ほど見せて貰った地図と、今まで集めた地図情報を見比べてみる。


 元関所の化け物に、解放クエストのアナウンス。


 地図を合わせて眺めてみると、どうやらこの場所は、ハドック山の南側の山麓のようだ。位置的には常闇神殿の近くであることがわかる。


 そしてここから南西にある砦を越え、さらに西へ行けば、モーリア王国の「ダカシュ」の街へ。


 また、ここから真西に山の中を進めば、以前渓流下りをしたジオテイク川の上流〜中流域に出られそうだ。


 真北にあるハドック山を越えるのは、標高が高過ぎて難しいにしても、西なら何とかなりそうに見えるのだが……。


 そう、それはあくまで道が実装されていればの話だ。


 ゲームだからな。実際に行ってみないと、向こう側に通じているかどうかは分からない。


 神獣界から降りて来た時にたどり着いた聖堂。あそこも、先ほどは成り行き上、素通りしてしまったので、一度戻って調べ直す必要がある。


 つまり、西へ行くのは下調べをしてからだな。まずは、聖堂を調べに行こう。


 *


 聖堂に戻ってきた。扉をそっと押して中に入る。


 そこは、先ほど見た光景と全く同じだった。


 明かり取り用の窓から差し込む光で照らされた室内。奥には、小さな聖堂内でその存在感を主張する大きくて立派な白い祭壇。


 祭壇の正面には、精巧なレリーフが彫り込まれている。


 雲を突き抜ける長い塔に巻きつく蛇の意匠だ。間違いなく「ミドガルズオルム」だろう。


 塔の最も上の層は神界。様々な神獣に騎乗する神々の姿が、巧みに彫られている。


 塔を下の方へ辿ると、この聖堂と思われる小さな建物とその周りの人間界。


 更に下へ。


 これは、どこの世界だろう?


 そこが地の底であるなら、冥界や死者の国と呼ばれるところであってもよさそうだが、亡者らしき姿や獄卒らしき姿は、どこにも見当たらない。


 そこにあるのは花だけだ。咲き乱れる小さな花々。


 祭壇の側面にもレリーフがある。


 1番上に咲き乱れる花。その下には美しい3人の女性。反対側の側面も花と先ほどとは異なる3人の女性。


 レリーフを観察して分かったのは、螺旋の塔は、ここから更に下へ続いている可能性があるということだ。だが、その塔への入口は、いったいどうやったら開くのだろう?


 祭壇があるのだから、とりあえず祈ってみるか。


《『神の啓示 神獣の翼賛者』を確認しました。》


 なんだ。あっけなく開くじゃん。


 壁に、先ほどまではなかった入口が、ぽっかりと開いている。入口から中へ足を踏み入れると、上へ上る螺旋階段が正面に現れた。


 下へは?


 上り階段の影になっている裏側へ回ってみる。


 暗い……。


 急に辺りが暗闇に閉ざされ、同時に感覚が鈍くなる。目を凝らすがひどく見辛い。次第に自分の輪郭さえ曖昧になってきた。


 なんだかマズイ気がする。引き返すか。


 踵を返そうとしたその時、突然足元の地面が大きく口をあけた。そして、暗闇から無数の黒い手が伸び、俺の身体を絡め取る。


 反射的に逃げようと足掻いたが無駄だった。


 俺の身体は、ズブズブと地の底に引きずりこまれて、徐々に暗闇の中へ沈んでいった。怖え。


 ホラーかよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る