57 螺旋の塔
幸いなことに「ミドガルズオルム」は友好的な神獣だった。
なんでも、神に命じられてこの塔……「螺旋の塔」の番人をしていて、神の許可がある者は通してもいいことになっているそうだ。
ただし、今俺が持っている許可証で通っていいのは下界へ通じる下りの階段だけ。絶対に上の階段の方へは行ってはいけないと念を押された。
その許可証というのが、いつの間にかステータスについていた特殊称号『☆神の啓示[神獣の翼賛者]』だ。
まあ、帰れるなら何でもいいや。
〈はい? 俺に付いてくる? ……付いてくるのは構わないが、神獣が下界に行ってもいいのか?〉
〈虹星があるから大丈夫〉
〈そうなのか? 虹星の中で休めば神獣界に行ける……って、そういうシステムなのか。虹星って、聖櫃に入れたやつだよな。今どこにあるんだっけ?〉
心配になって探してみると、いつの間にかアイテムボックスに入っていた。
・【虹星】作成者を神獣の元へ導く不思議な宝石。作成者ユキムラ ※譲渡・販売不可
〈塔の中には俺しか入れないから、虹星に宿って行く? どうぞ、どうぞ。〉
おっ、消えたよ。
・【虹星】作成者を神獣の元へ導く不思議な宝石。作成者ユキムラ ※譲渡・販売不可
状態:[神獣 索冥が宿る]
大丈夫みたいだな。じゃあ、出発するとしますか。
……長い。ちょっと長過ぎるんじゃないでしょうか、これ。
グルグルと廻る螺旋階段を、もうどれ位降りただろう。塔の中は薄暗くて窓はない。そのせいで時間感覚が麻痺してしまい、降り始めてからどのくらい時間が経ったのか、判断がつかなくなってきた。
こんなときのタッチパネル。
思ったよりは時間は経っていないな。でも精神的に疲れた。確認したら、塔内は安全地帯だということがわかったんで、ここは一旦、ログアウト。
*
で、ログイン。
またもやグルグルグルグル螺旋を降りる。
あまりにも階段が終わらないので、不安になってGMコールを考え始めたとき、ふっと急に階段が途切れて、出口が見えた。
一体ここはどこですか?
どうやら聖堂のような所に出たらしい。
出口の向こうは20畳ほどの部屋だった。目の前には白い大理石でできた重厚な祭壇がある。振り返ると、出てきたはずの塔への出入口は消え、石造りの壁に変わっていた。
視線を戻し、改めて聖堂の中を観察する。
祭壇を挟んで反対側の壁には重厚な扉が一枚ある。
残りの二面は壁。
上方に小さな明かり取り用の窓があるが、外の様子までは分からなかった。
……出てみるか。
扉に鍵はかかっていなかった。ゆっくりと扉を内側に引いていくと、隙間から色鮮やかな緑が目に飛び込んできた。
森?
扉を開けた先は石畳になっていて、円弧状に広がった玄関ポーチがあり、数段の階段を降りればもう地面だった。建物の周囲はやや開けているが、その周りには、立ち並ぶ木々がずっと奥まで続いているように見える。
鬱蒼とした森の中って感じだな。
ポーチの階段を降り、地面に一歩踏み出したその時、
《新しいエリア「グラッツ王国」への到達者が現れました。
これにより、
ただ今より「巨人の切り通し」解放クエスト、及び「ダカシュの関」解放クエストが開始されます。》
なんだって!?
◇
《王都 冒険者ギルド 会議室》
会議室には、大勢のプレイヤーが集まっていた。今回の招集は、先日あったワールドアナウンスについて、各ギルドの意見をまとめるために行われている。
「皆さん、お集まり頂きありがとう。先日通知された2つの解放クエスト『巨人の切り通し』と『ダカシュの関』の攻略について、ここに話し合いの場を設けさせてもらった」
「続きは私から。今回は、いきなりのアナウンスで始まった解放クエストのため、情報が非常に少なくて我々も苦慮しています。各街でNPCから聞き込みを行い、プレイヤーに情報提供を呼びかけました。しかし、『グラッツ王国』への到達者については依然不明なままです」
主催者側の発言を聞いて、即座に声が上がる。
「じゃあ、なんだ? その誰だか分からない奴らは、今現在、自分たちだけで独占して先を進んでるってわけか?」
「到達者が解放クエスト開始以前に、どうやって『グラッツ王国』へ至ったのか、その経緯が不明なため、それについては何とも言えません」
「肝心の当事者がいないんだ。今その話をしても埒が明かないだろう。その話は後にして、先に入手した情報の報告を聞こう」
「……では、続けさせて頂きます。NPCからの聞き込みや書籍の閲覧で判明した事柄について、皆さんにお知らせ致します。」
情報ギルドによる調査で判明したのは、以下の事項だった。
・『ダカシュの関』は、渓谷の街『ダカシュ』の東側、ワールドアナウンス以前は非侵入エリアだった場所に現れた。
・レイドモンスターは『狂鳥ハルピュイア』。風・雷系の魔法を操り、強力な[沈黙][魅了]の状態異常をかけてくる怪物らしいということ。
・一方『巨人の切り通し』は、アドーリアの南東の渓谷に現れた。同じく、以前は非侵入エリアだった場所である。
・レイドモンスターは『爆炎魔人スルト』。猛烈な火焔を操る黒い巨人で、その身体からは常に炎が噴き出し、手に持つ剣は火花の雨を降らす。周りのもの全てを焼き尽くすと言われている怪物だった。
「戦場の地図を見せてくれ」
「はい。向かって左が『巨人の切り通し』、右が『ダカシュの関』になります」
地図を見ると、どちらも戦場の地形が険しく、陣取りがしにくい様子であることが分かる。
「厄介だな。この地形上の不利を踏まえた上で、風・雷魔法に長け、精神系の状態異常[沈黙・魅了]をかけてくる飛行系モンスターと、戦場一帯に[火傷]の状態異常を振りまく巨人。この攻略について皆の考えを言って欲しい」
「メンバーはこれで全部か?」
「レイドに参加予定クランの代表者は、今回全員出席している。ソロやパーティ参加者も、声をかけた者は概ね揃っているはずだ」
「これでほぼ全部か。難しいな。レイドモンスターの弱点は? やってみないと分からないか?」
「これといった特効は、残念ながらこれまでの調査では見つかっていません。従って初回は、飛行系や巨人、火焔系のエリアボスと同じ弱点であると想定して準備する予定です」
「耐火焔装備が必須。それも前衛だけでなく後衛の分も。これは、素材集めだけでも、かなり時間がかかりそうだね」
「レイドの場所を考えると、ガルダの素材を使えってことなんだろうな」
「試練による加護取得もね。耐久する方の」
「耐久する方? なんだそれは?」
「その辺りを皆にも分かるように、こちらから説明する」
*
「では『ガルダの試練』についてお話します。」
話の内容はこうだった。
・アドーリアの北西にある『ガルタマヤ岳』で『ガルダの試練』というクエストを受けると、火焔系の加護が付く。
・魔法職のプレイヤーには、その試練をクリアすることにより、【金色火焔】という火焔攻撃力が上昇する加護を獲得できることが既に知れ渡っているが、最近、それとは別に、防御系の加護もあることが判明した。
「それ、初耳」
「まだ全部が把握された訳ではありませんが、今回のレイドに関係するのは、火焔耐性が大きく上昇する【金翅鳥の守護】という加護です」
「火焔耐性上昇か。是非とも欲しい加護だな。」
「判明した取得条件は、試練中、ガルダに攻撃を一切仕掛けない。かつ、ガルダのブレス攻撃を一定量以上浴びた上で60分間最後まで耐久する。……というものでした」
「なんだそりゃ。どんなM仕様だ」
「最初にこの加護が取得されたのは偶然で、ある支援系神官の方が、試練中に拾得可能な素材である【金翅鳥の羽根】を入手しに行った際に、一切の攻撃が無効になる支援スキルを使って成功しています」
「それ、該当者1名しかいないじゃん」
「その後、その話を耳にした耐久特化の盾職のプレイヤーが数名、ガルダの試練を受けに行きました。その経過を検証した結果、先ほどお知らせした取得条件が確定しています。その後、火焔耐性のバフと大量の回復薬の持続消費により、3名の方が【金翅鳥の守護】の取得に成功しています」
「マジか。そりゃ朗報だな」
この話にはさらに続きがあった。
3名の【金翅鳥の守護】取得者の協力を得て、現在「ガルダの試練」の周回が行われている。その際、加護の強化と共に【金翅鳥の羽根】を収集していること。そして【金翅鳥の羽根】は、非常に優れた火焔系素材になるため、レイド用の耐火焔装備の質の向上が見込めるというものであった。
「じゃあ、巨人の攻略は前進だな」
「そう言っていいと思います。ただ、1回の試練中に拾える【金翅鳥の羽根】は1-5枚。平均3枚。入山1回につき1度しか試練は受けられませんので、レイド参加者の分を全て集め終わるには、かなりの時間が必要になります。」
「じゃあ、素材回収チームを作った方がいいってことか。」
「はい。ここに参加されているクランの中に、耐久特化の方がいらっしゃれば、是非素材集めにご協力をお願いしたいと思っています」
「有志で構わないので、協力してもらえると助かる。協力者には【金翅鳥の守護】取得のバックアップをレイドチームとして全面的に行いたい。反対意見はあるか?」
「……ないようだな。では、協力者は随時受け付けるので、レイド対策本部まで連絡をくれ」
*
「ハルピュイアの方は、何か取っ掛かりはないのか?」
続いて「狂鳥ハルピュイア」討伐について、意見が交わされた。飛行系モンスターは、本来なら弓が特効武器だが、風魔法の使い手であるハルピュイアに弓矢を届かせるのは難しいというのが大方の見方だった。
一方で、風に強い岩石系の攻撃魔法が、おそらく有効であると予想されたが、現時点では、岩石系攻撃魔法の特化職が少ないのが悩みどころとなっていた。
「さらに雷による範囲[強麻痺]と[沈黙・魅了]だろ? 状態異常対策をどうするかだな」
「雷には大規模な避雷針の設置。精神攻撃に対しては、MNDバフで耐性を上げた上で、治療薬を使用するしかないと思う」
「今『寺院』で修行中のメンバーが戻って来れば、かなり支援力が上がると思うんだが、⑥次職なだけに、まだだいぶ時間がかかるそうだ」
同様に魔法職も、現在「仙岳」で修行中のメンバーが上手く転職できれば、攻撃力の増加が見込めるという話だった。
「レイドの開始が運営の想定より早かったんでしょうね。いろいろなところで間に合っていないわ」
判明した2体のレイドボスの正体。攻略に必要な状態異常対策と人員の育成。その全てが後手に回っている印象があった。
「ところでさ、誰も言い出さないんだけど、今回のレイドには『神殿の人』は参加しないの?」
「気になってた。いないなぁって」
「やっぱりか。いるといないとじゃ全然違うからな」
「実はそのことなんだが、ユキムラ君に連絡を取ろうと思ってゲーム内メールを送ろうとしたんだが、何故かメールが『保留』扱いになってしまって送れないんだ」
「バグ?」
「GMメールで問い合わせをしてみたんだが、『仕様です』と返ってきただけで、その後も送れないままだ」
「ジルトレの大神殿にも行って、NPCにユキムラさんの所在を聞いてみましたが、『神の啓示でございます』って言われるだけで、わけが分からないそうです」
「なんだそれ。実はやっぱりよくできたNPCだったとか、神殿の人」
「生産仲間とオフ会で会ってるらしいから、それはない」
「実在したのか。オフ会に来るってことは、神殿の人=運営説も消えたってことだよな」
「それにしても、『仕様』ってなんだよ」
「それでメール不可とか謎過ぎない?」
「つまり、今回のレイドは『神殿の人』縛りってことかw」
「えーっ。それ笑えなくない?」
「なんだその縛り」
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