43 地下道②
合流に向けてペースを上げて進んだが、人数差が大きいからか、B・C班から、先にエリアボスの待つ大空洞に到着したという連絡が入った。
「接敵してそのまま交戦に入ったようだ。エリアボスは……超大型の蛇形モンスター『蛇王バジリスク』。……マズイな。非常にマズイ状況のようだ」
「何がマズイんだ?」
「バジリスクのブレスに強烈な『腐蝕毒』と『猛毒』が入っているそうだ。そして、武器で直接攻撃しても『猛毒』の状態異常がつく。更に、バジリスクの視線を浴び続けていると『石化』の状態異常が進行する」
「そりゃやべえわ。『腐蝕毒』って武器や防具の耐久度を削るやつだよな。で、攻撃するだけで『猛毒』・『石化』かよ」
エグいことするな、運営。北東ブロックと難易度が全然違うじゃないか。
「撤退も視野に入れなければいけないが、まだ戦闘は始まったばかりだ。救援に向かおうと思うがいいか?」
「俺は行くぞ。俺たちが先に遭遇していた可能性もあったんだ。ただ、着いた時の状況によっては、すぐに引かせてもらうが」
「ユメミ、どうする?」
「オオガネさんと同意見かな。見捨てるとか後味の悪いことは嫌だわ。撤退を自由にさせて貰える前提で救援」
「じゃあ、僕も同じで」
「俺もそれでいいよ。ここで抜けてもつまらないしな。それに、神官さんいるし。ブレスの『腐蝕毒』さえ避ければ、あとは治して貰えるんじゃね?」
「『石化』も?」
うわっ。全員が俺に注目。でも大丈夫。
「『石化』は解除できると思います。スキルを持っているので。まだ試したことはありませんが」
「解除スキルがあるんだ。さすがハイレベル支援職」
「ユキムラ君、負担は大きいが君も来てくれるか?」
ここまで来て、俺だけ抜けるとかは、もちろんない。
「はい。皆さんと一緒に救援に向かいます。他の班の支援状況は分かりますか?」
「ああ。神官職は2名いるが、2人とも戦闘系だ。彼らでも『猛毒』の治療はある程度できると思うが、戦闘スキルにもGPを消費するだろうから、ユキムラ君にもB・C班のフォローをお願いするようになると思う」
「これって、イベントほど規模は大きくないがレイドだよな。神官さんのGP尽きたら、俺たちも終了だから、残量がやばそうなら早めに教えてくれよな」
オオガネさんって、やっぱりいい人だ。こちらへの気遣いを積極的に口に出してくれる。
「皆さん、ご協力を感謝する。大空洞に着いたら即戦闘に入ることになる。装備などはここで準備しておいてくれ。前衛は『腐蝕毒』があるから、予備の武器・防具で構わない」
俺は、ブレス圏外にいるだろうから、フル装備か。
……キラッキラが恥ずかしい。
とか言ってる場合じゃないな。ローブは着たままでいいから、それほど目立たないはずだ(そう思いたい)。
予めセット登録しておいた装備にクイックチェンジ。装備変更は一瞬で完了。武器も、ちゃんと杖に変わってるな。
「では、出発する。急ぐぞ」
*
大空洞に着くと、状況はあまりよくなかった。
「救援だ。A班が来た!」
「助かった。これで立て直せる」
立ち位置を指示されて、ブレス圏外に移動。
早速プレイヤーたちに【S生体鑑定】をしてみると、「石化」がかなり進行している。「猛毒」も治し切れていない人がいてHPが危ない。
ただでさえ人数が少ないのに、ここで死に戻りされたら、困る。
GP消費が大きくなるが、A班と交替して下がってきたB・C班の前衛に向けて「全状態異常解除」と「範囲回復」を放った。HPの危ないプレイヤーには追加で「回復」を入れる。
「うわっ。一気に治った。もうダメかと思ったのに」
「今のうちに装備チェンジだ。急げ!」
出て行ったA班には、大空洞に入る直前に「状態異常耐性」と「身体強化」をかけてある。それでもバジリスクの猛毒はよほど強力らしく、交戦してわりとすぐに「猛毒」が付いていたので、「毒中和」と「持続回復」を飛ばした。
ブレスの予備動作?
「ブレスくるぞ!」
下がりきれず、ブレス射程内に残った前衛に、対状態異常の[範囲結界]を急いで張った。
〈〈〈 シャャャァァ─────ッ! 〉〉〉
ドラゴンのブレスとは違い、バジリスクのそれは霧のように散りながら、円弧状に横に広がっていった。
「ブレスを浴びた奴は、そのまま下がって治療だ。魔法攻撃行くぞ!」
魔法の一斉斉射。
3人の魔法職が放つ火球や火槍が、次々とバジリスクの頭部に飛んでいく。
着弾。
火焔攻撃は有効のようで、かなり苦しがっている様子だ。
バジリスクの頭部は、おそらく地上十数mの高さにある。距離も結構あるのに、よく当たるもんだ。いつもながら感心する。
負けていられない。俺は治療だな。
毒中和と全状態異常解除、回復系もフル稼動だ。持っててよかったUR杖。
【パナケイアの螺旋杖】は、治療特化なだけあってスキル効果が大幅に増大している。進行した石化もすぐに治すことができた。
「神官さん、よろしく。やべえ、ブレス浴びちまったよ。でも結界張ってくれただろ? マジ助かったぜ。ありがとうな」
「間に合ってよかったです。ブレス範囲が広いから、避けるのは難しそうですね」
「ああ。予想より広がる範囲がデカくて、しくじった。次は避けてみせるさ。じゃあ、行ってくるぜ」
じわじわとバジリスクのHPは削れていき、1本目を削りきった。
イベントレイドだと、1本削る度に状態異常が追加されるのがお約束なんだけど……。
「なんかくるぞ!」
その直後、バジリスクの両眼からレーザー光のような朱紅色の光線が放たれた。避けきれず、被弾したプレイヤーがみるみる石化していく。
石化光線? ヤバイ!
慌てて「全状態異常解除」を飛ばす。あっちもだ。もう1回。さらにもう1回……。
連続して放たれる石化光線への対処が一段落した時、ココノエさんとアカギさん、それともう一人、槍士のプレイヤーが俺のところへやって来た。
「ユキムラ君、あの厄介な石化光線を止めるために、バジリスクに目潰しの特攻をかけることになった。特攻するのは、槍士のこの2人だ。そこで、彼らに[状態異常耐性]と[身体強化]を、できる範囲でいいので強力に掛けて欲しいのだが、ユキムラ君の意見はどうかな?」
両方とも職業固有スキルだから、消費GPを増やすほど効果は上がる。でも、得られる効果の上昇量に比べて、消費GPの増え方が累進的で半端ない。
それくらいだったら……。
「それなら、その2つを合わせたような効果のスキルがあります。持続時間が短いのとクールタイムがあるのが欠点ですが、かなり強力です」
「どんなスキルなんだ?」
「[
「無敵って、あのダメージが通らなくなる無敵!?」
「そうですね。物理攻撃無効。魔法攻撃無効。精神攻撃無効。状態異常無効。不浄無効。ブレス無効。……この全てが付きます」
「それは凄まじいな。持続時間は?」
「消費GP(秒)です。消費GPが300なら持続時間は300秒……つまり5分で、消費GPが600なら10分になります。その間は、全ステータス100%上昇も付きます」
「マジかよ。問題はクールタイムか?」
「[天衣無縫]は、ちょっと変わっていて、『消費GP量依存・変動型クールタイム』なんです」
「それは、実際にはどんな感じなんだ?」
[天衣無縫]の持続時間とクールタイムは次のようになっている。
・持続時間=消費GP (秒)
・クールタイム=6000÷消費GP (分)
という計算式で、消費GPが「大きく」なるほどクールタイムは「短く」なる。
普通は、大技になるほどクールタイムが長くなると思うんだけど、このスキルに限っては、それが逆なんだね。
じゃあ、たくさんGPを使えば、クールタイムがわずかになって、スキルをほぼ連続使用できるんじゃないかっていう話になるけど、そうはうまくいかないようになっている。
理論上は、クールタイムを10秒にすることもできる。
でも、そのための消費GPは、36,000。
これだけMND特化している俺が、現状、最大GPが5000いかないんだ。どう考えても無理。
なんといっても、GPの回復は自然回復頼み。GP回復薬は存在しない。だから、GP消費量を無視して無制限にスキルを連発なんて、到底できるものじゃない。
「クールタイムを計算すると、無敵時間5分ならCT20分、無敵時間10分ならCT10分、無敵時間20分ならCT5分になります」
「無敵時間20分でクールタイム5分が理想的だが、消費GPは……1200か。2人で2400。無理か」
無理ではない。
……だけど、全GPのちょうど半分になる。治療にもGPはかなりかかるし、使い過ぎかな? どうだろ?
「無敵時間15分だといくらだ? 消費GPが900で、クールタイムは……」
「6分40秒です」
「クールタイムがある以上、2人の時間差は避けられないんだから、最初にかける方の持続時間を長くして、後のを短くすればいいんじゃないか? 最初20分、後15分って感じで」
「それだと消費GPは、合計2100か」
「最初のクールタイムが5分だから、バフが切れる時刻は2人一緒か」
GPは、少しだけ節約になるな。
でも、【JP祈祷Ⅹ】と【JP☆秘蹟Ⅰ】の加算、更に【聖神の加護Ⅹ】と称号「聖神の使徒」によるブースト効果で、俺のGPの回復速度はかなり早い。だから、そのくらいの差なら、恐らくそれほど変わらない気がする。
だけど、連携攻撃に関することなんかは俺は門外漢だし、更に追加で[天衣無縫]をかける必要が出てくる可能性もある。やっぱりGPの節約は大事かも。ここは彼らに任せよう。
「ユキムラ君、消費GP2100っていうのは、その後も支援活動を続けることを踏まえてもらった上で、可能な数字かな?」
「充分可能だと思います」
「そうか。なら、それで行こうか」
「無敵にステ2倍かよ! 久しぶりにワクワクするな!」
「俺もだ。自己紹介が遅くなったが、ヘイハチロウだ。よろしくな」
ヘイハチロウ。
槍士なら、当然あのヘイハチロウなんだろうな。〈日本第一古今独歩の勇士〉の。とても強そうだ。
「ユキムラです。よろしくお願いします」
関ヶ原じゃ敵だったけど、ここでは味方だな。
「では、タイミングは合図するので、3人共すぐに行動に移せるように準備しておいてくれ」
「おう!」「了解です」「任せろ!」
*
ココノエさんの合図とともに、【戦闘支援】[天衣無縫]をかける。まずアカギさんに1200GP、5分後にヘイハチロウさんに900GP。
よし! バッチリだ。
2人の身体から金色のオーラが立ち上がっている。
2倍になったステータスに体を慣らしながら、徐々にバジリスクの右側から背面に回り込んでいるアカギさんとは対照的に、ヘイハチロウさんは、スキルを掛け終わった直後、弾丸のように飛び出したかと思うと、もうバジリスクの左正面にいた。
AGI特化かな? 疾風迅雷、凄い速さだ。
そして、そのままの勢いで跳躍! わお!
高い!
ステ2倍とはいえ、1回の跳躍で軽々10m以上跳んでいる。
更に空中で蹴りを入れて、多段跳躍。
クルリと宙返りをして勢いを殺したかと思うと、見事にバジリスクの頭頂部に飛び乗った。
すごくない?
「空歩」に「立体機動」? まさかリアルスキルもあるのかな?
なんか凄いものを見せてもらった。メチャクチャ格好いい。
時間をおかず、ヘイハチロウさんはバジリスクの側頭部に這うように移動。
バジリスクが嫌がって身を捩るため、少しずつしか移動できない。ハラハラしながら見ていると、とうとう左眼の直上までたどり着いた。
そして、短槍を取り出し、狙いを定め、バジリスクの眼窩に向かって、勢いよく槍を突き込んだ。
〈 グギャャァァァ─────ッ!〉
バジリスクが鼓膜を破るような咆哮をあげ、激しく頭を振り払う。
槍を更に眼窩深くに捻じ込むと、ヘイハチロウさんは槍を手放し、バジリスクの頭頂部に生えている白い角状の棘に飛び移って掴まった。
無茶するなあ。
バジリスクが頭を振るのを止め、辺りを睥睨しながら息を吸い込んだ。
【結界】[対状態異常範囲結界]!
ブレスだ。
バジリスクがブレスのために体幹の動きを止め、前傾姿勢を保持している間に、今度はその背中を、アカギさんが駆け上って行く。
うわっ! ずっと見ていたいけど、治療もしないと。
ブレスを浴びて戻ってくるプレイヤーたちに治療を施していると、再び凄まじい咆哮が轟いた。
右眼にも槍が刺さっている。成功したようだ。
時間はわりとギリギリだったな。ってことは、あの2人、あと数分で無敵じゃなくなるじゃん。
えっ!?
何やってんの、2人とも。早くバジリスクから降りようよ。
うわーっ!
2人は、アイテムボックスから別の槍を取り出して、バジリスクの背後からグサグサ首を刺してる。あっ。猛毒がついた。無敵が切れたんだ。治したいけど、スキルを飛ばすにはさすがに遠い。
おっ! やっと降りたか。
こっちに来る。HPヤバいじゃん。射程に入った2人に、回復と毒中和を飛ばす。
「いや〜。ムッチャ楽しかったよ。癖になりそうだぜこれ」
「ステータス2倍、ヤバかったな。音速を超えるかと思ったぜ」
「2人ともお疲れ様でした。やりましたね」
「おうよ。こんなに上手くいくとは思ってなかったけどな」
「ヘイハチロウに先を越されちまったからな。なかなか登るチャンスが来なくて焦ったぜ」
「背中の傾斜が、実際に近づくとかなり急勾配だったしな。いいタイミングで登ったと思うぞ」
「まあ、俺もそう思うけどな。よし。また行ってくるか。普通のでいいから、身体強化と耐性をかけてくれよ、ユキムラちゃん」
ユキムラちゃん?
「俺にも頼む。しかし、あの加速の感覚が忘れられないな」
スキルを使うとすぐに、2人は前衛に戻っていった。
視力を失い、石化ビームによる攻撃も同時に封じられたバジリスクは、もはや猛毒持ちの大蛇に過ぎない。
狙いの定まらないブレスは避けるのも簡単で、その後、麻痺の状態異常攻撃が追加されたものの、残り2本のHPバーを削り切り、バジリスクは討伐された。
*── 《エリアボス 「蛇王バジリスク」討伐報酬》参加人数制限 30人──*
〈全体報酬〉/参加人数で分配
・3,000,000G
・ヘンルーダ草 90本・バジリスク素材召喚券90・バジリスクR素材召喚券30
〈個人報酬〉
・〈バジリスクの武器/防具/アクセサリ選択券〉1
・〈素材召喚券〉・バジリスクの{牙・皮革・鱗・尾鈎・頭棘・肝・心臓・血・魔石}から1つ
・〈R素材召喚券〉{・バジリスクの邪眼(右)・バジリスクの邪眼(左)・メドゥーサの血 }から1つ
・〈武器/防具/アクセサリ選択券〉以下から1つ選択
蛇王の棘剣[毒]/蛇王の鈎槍[毒]/蛇王の拳鍔(ナックル) [毒]
蛇王の鱗鎧[耐毒]/蛇王の鱗盾[耐毒]
邪眼の指輪[耐石化]/蛇王の指輪[耐毒]
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