006 閑話 これが私のISAO

 ♫〜♪〜♪〜♩♩♪〜


 今日も子供たちの清らかな歌声が青空に響く。いいわ〜心が洗われる。


「カタリナ先生、次は先生がお歌を歌う番よ」


「そうねえ。何かリクエストはある?」


「アンナは、この前、礼拝式で先生が歌ってたのがいい。とっても綺麗な曲だったもの」


「この前っていうと、あれかな? 『見上げよ、輝く雲を。御使いきたりて』?」


「そう、それ〜。いい?」


「いいわよ。あれなら歌詞が出てくるから」


「歌詞が、出てくる?」


「お、覚えているってことよ。じゃあいいかな? エルサ、伴奏お願いね」


「はい。前奏からいきますね」


 軽やかなオルガンの音色と共に、私は歌い出す。神を褒め称え、祝福を喜ぶ歌を。


 …………カラオケで。


 そう、まさにカラオケ。


 今、私の目の前の虚空には、私にしか見えない半透明の四角いディスプレイが浮かび、NPC修道女であるエルサの伴奏に合わせて、歌詞と楽譜が流れていっている。


 さすがゲーム。生演奏と連動するカラオケとか、できるんです。


 オマケに私、スキルをいろいろ持ってるの。


 最初は、【S歌唱】というのを取って、歌唱補正(誰でも歌姫)を効かせて歌っていただけだったんだけど、ここ修道院で毎日毎日、ログインする度に歌っていたら、【J聖歌詠唱】とうスキルが生えてきた。


 そのうち【J聖歌暗唱】や【J敬虔なる歌声】【J聖歌隊指揮】とか、ワラワラと意図しないスキルが増えて……。


 そしてこれらのスキルレベルが上がったら、エライことに。


 ・歌唱補正 (音程・リズム補正)

 ・音量補正 (スピーカー調節機能)

 ・音質補正 (エフェクター機能)

 ・カラオケ機能

 ・歌唱魅了(歌で聴衆を魅了する)

 ・聖歌を歌うとき、声と歌唱に補正がかかり荘厳な雰囲気を醸し出す。魅了+(小)

 ・自動歌唱 (楽譜通りにオートで歌唱できる)

 ・複数のNPCと唱和する時、リードを取ることができる。人数が多い程、神聖さが増す。

 ・神の光 (スポットライト効果。サビ部分では後光が差す。)

 ・御使い降臨 (NPCの瞬間魅了度が高まると、頭上に御使い降臨のCGが投影される。)

 ・神の音色 (NPCの瞬間魅了度が高まると、会場に荘厳な効果音が流れる。)


 ……うん。なんていうのかな。


 この機能がフルで働くと、凄く神々しい舞台になるんです。サビ部分で後光が差すとか……一体誰得なのかしら。


 これ、絶対運営遊んでるよね。「御使い降臨」とか訳わかんないし。


 ちなみに今は「自動歌唱」はOFF。聴衆が孤児院の子供たちだけだから、楽しく歌いたいもの。


 だって、そのためにゲームしているんだから。



 *



 私がこのISAOを始めたのは、ぶっちゃけ現実逃避と癒しを求めてかな。


 特に「癒し」。これが大きいのよね。


 毎日毎日、家と会社の往復。


 いわゆる社畜って呼ばれる生活をしてるんだけど、この頃、両親が顔を合わせるとすぐに、「いい相手はいないのか?」って言うようになってきて、正直とても煩わしい。


 私が学生の頃は、今は女も社会の一線で活躍する時代だ、男と肩を並べて働くくらいじゃなきゃダメだ。一流大学に一流企業、そこに入らなきゃ意味がない。頑張れ、もっと頑張れって、煽ってばかりいた癖に。


 望み通りに必死で頑張って、それを実現したと思ったら、今度は急に孫の顔がみたいって……。


 はぁ!? って思った。


 ママなんか、ついこの間までは、「うちの娘は〜」って、ママ友たちに私の学歴や会社を得意げに話しまわっていた。ところが、あるママ友の娘さんが、エリート商社マンと結婚して子供を産んでから、急にソワソワしだしちゃって。


 それって、今まで散々気分よく自慢していたのを、初めて自慢され返されて、悔しいだけじゃない。



 *



 職場は職場で、総合職で頑張る女が目障りなのか、はたまたそれが口癖なのか、上司が嫌味を連発。


 セクハラしないだけマシ(うちの会社は、そういうのに厳しいから)だけど、明らかに面倒で評価に繋がりにくい仕事や、他人の後始末ばかりを振ってくる。まあ、男性社員にとってもいい上司って訳じゃないけどね。


 ……20代の頃は良かったな。


 若くて、お金も体力もあって、一緒に遊ぶ友達も沢山いた。その日その日が楽しければよくて、馬鹿騒ぎしてられて、海外旅行だって毎年行ってた。


 そんな楽しい日々が、ずっとこれからも続くと、根拠もなく思っていられた。


 でもそのうち、みんな結婚や留学・転勤とかで、仲間が一人欠け、二人欠け……櫛の歯が欠けるように居なくなり、気づいたら私の周りには誰も残っていなかった。


 まあ私も転勤が多いから、付き合いが疎遠になってしまったのは、周りのせいばかりってわけでもないけど。


 でも、年々増えるのが、上司への愚痴と通帳の残高だけじゃあ、ちょっといくらなんでも、潤いがなさ過ぎ……そう思わない? 


 そうは言っても、自力でマンション買っちゃったし、そして、今の仕事以外に何かできるかっていうと、それも難しい。起業とかするほどのバイタリティは、もう残ってないし。


 ……だけど、


 これから定年まで、ずっとこんな生活の繰り返しなのかな……って思うと、やっぱり遣る瀬なくて、つい溜息がでちゃう時がある。



 *



 そんな時、街でたまたまバッタリ再会したのが、高校時代の友人の美歩(みほ)ちゃん。そして、彼女から教えて貰ったのが、このISAO。


 美歩ちゃんはとても活発な子で、「水族館の飼育員になって、イルカショーをやりたい」っていう夢をずっと持っていた。でも、親に猛反対されて仕方なく大学に進学。


 そして、そのまま付き合っていた彼氏と結婚。今は二児の母。


 ISAOは、戦闘だけでなく、物作りや街プレイもできる最新VRゲームで、軍事から転用した新技術を使った超リアルプレイができるとかなんとか、一時ニュースでも話題になっていたので、社畜の私でも知っていた。


 美歩ちゃんは、年子の子供を抱えて、最近までずっと育児に拘束されてきたんだけど、やっとお子さん達が二人とも小学校に上がって、自分の時間が取れるようになったらしいの。


 それで、試しに応募してみたら、運良くISAO・β版の抽選に通っちゃって、実際にプレイしてみたら凄く楽しかった。そう言ってた。


 VRだと、実際の旅行と違って準備はいらないし、後片付けもいらない。空いた時間にパッと行ってパッと帰ってこれるから、忙しい人にはいいよって勧められた。


 βプレイヤー特典で、本ゲームの優先購入権(代金は支払うが、購入枠を確保できる)がひとつ余っているからどう? って言われて。


 つい、お願い……って言っちゃったのは、彼女が凄く満ち足りた様子だったからかな? 



 *

 


〈パン・パン・パン・パン!〉


「素晴らしい歌声ですね、カタリナさん。あなたのお歌を聴くたびに、心が洗われるようです」


 思いっきり歌唱補正が入ってるしね。私も歌っていて、我ながら惚れ惚れしちゃいます。


「修道院長様、ありがとうございます。私に何か御用でしょうか?」


「そうなのです。ジルトレの街の大修道院長様から、是非カタリナさんを派遣して欲しいと催促が来ているのです。あなたの礼拝式での詠唱を、非常に高く評価されていました」


 やっぱり。またこの話か。この間断ったばかりなのに。


「そうですか。大変ありがたいお話です。ですが私は、この街から離れるつもりはありません。ここで、子供たちと共に過ごすことが、私に神から与えられた仕事だと思っています」


 こういうセリフも、もうスラスラ出てくる。


 最初は言いづらかったけれど、何回も言ってる内に慣れちゃった。慣れって怖いのよ……この間、リアルでも出そうになって、とても焦っちゃった。


「カタリナさんの子供たちに対する愛情は、大変立派です。子供たちも、あなたにとても懐いていますしね」


「ありがとうございます」


「大修道院へ行けば、あなたの『聖詠師』としてのみちがさらに広がり、素晴らしい歌い手になるだろうことが分かっています。それでも心は動きませんか?」


「はい。私の望みは、この場所で、子供たちを見守りながら歌い続けることです」


「そうですか。あなたの今のお気持ちも大変素晴らしく、蔑ろには出来るものではありません。では、一旦お断り致しますが、『儀式』と『礼節』の学びは続けて下さいね。神々がいつもあなたと共にありますように」


 よしっ。行った。


 定期的に来るのよね、修道院長様。ガイドNPCだから、転職情報を教えてくれているんでしょうけれど、いらない。本当にずっとここにいるつもりだから。


 現状、ログイン不定期だし、入れる時間も限られる。だから、ここではやりたい事を優先するし、実際にそれしかしていない。


 ……だって、そのためのゲームだもの。攻略とかどうでもいい。


 このゲームを紹介してくれた美歩ちゃんに、湖でイルカと一緒に泳がない? って誘われたときは、ちょっと心が動いたけれど、ちょうどリアルがとても忙しくて、時間的に無理って断っちゃったのよね。


 あれは本当に残念だった。



 *



 この修道院にいれば、食事も宿も無料だし、奉仕は好きな仕事を選べる。


 修道院が経営している孤児院の子供たちと遊んで、歌を歌い、御飯やお菓子を作って一緒に食べる。それでお給料もくれるとか、とってもホワイトな職場。


 あとは、頼まれて聖水を作るくらいかな? 


「聖典」を読むとか模写するとかは無理。リアルで溜まった疲れを癒すためにログインしているのに、写経とかできないわ。それで心の安寧を得る人もいるんだろうけれど、私は違うから。


 もうね。


 このゲームの子供たち、とっ……ても可愛いの。お顔はもちろんだけど、年相応にあどけないし、可愛がった分だけ懐いてくるし、甘えてくる子もいる。私が言ったりしたりしたことに対しても、子供らしい素直な反応が返ってくる。


 でも、漏らしたりゲロ吐いたりはしないのよ。泣き喚いてダダを捏ねたりもね。


 ……うん。そんなの現実じゃあありえない。フェイク。それは充分承知してるの。


 でも、疲れを癒してくれるなら、フェイク上等じゃない。


 他の人だって同じでしょ。モンスターを倒してスカッとしたり、もの作りをして創作意欲を発散したり。ゲーム内で名を売るのだって、全てフェイク。仮想空間での遊び。


 遊びにノルマはいらない。


 ……これが私のISAOなのよ。


「ねえ、カタリナ先生、次のお歌は?」


「今度はみんなで一緒に歌う? 『湖のほとりに我ら集いて。この喜びを捧げよう』はどうかしら?」


「うん、それがいい。みんなで歌おうよ!」


「はーい。私、上のパートを歌います。先生も上?」


「そうね。先生はたまには下のパートにしようかな」


「俺も下!」


「じゃあ、下を歌う子はこっちに集まって、上はあっちね」



 フェイクな世界にフェイクな人々。


 でも全てが嘘かっていうと、それは違う気がする。


 ごく小さな変化だけど、私の心を揺さぶる感情。それだけはリアル。そう思える。


 購入費用15万円が高いか妥当か安かったかは、他人じゃなくて私が決めること。


「じゃあ、始めまーす。みんな、準備はいい?」



 ♫〜♪〜♪〜♩♩♪〜


 歌を歌おう この湖の畔で


 鮮やかな緑溢れるこの場所で


 涼やかな風が吹くこの木陰で


 我ら集いてこの歌を捧げよう


 今を生きるこの喜びを


 明日へ向かうこの喜びを


 数え切れないこの喜びを


 主なる神に捧げよう


 生きとし生けるもの


 その全てに神の慈愛は降りそそぐ


 歌を歌おう この湖の畔で


 我らの生きるこの場所で


  ♫〜♪〜♪〜♩♩♪〜



 陽射しが気持ちいい……。


 こうして歌を歌っていると、いろいろなものがリセットされていく気がする。


 ジャブジャブジャブジャブお洗濯〜♪


 疲れた心のお洗濯〜♪


 スッキリ歌って流しましょう。


 溜まりに溜まった浮世の塵ストレスを。


「カタリナ先生、歌詞が違うよ!」


「ごめんね〜。先生間違えちゃった。もう1回最初からいい?」


「いいよ〜。もう1回最初からね!」


 ♫〜♪〜♪〜♩♩♪〜




*──第三章 第四の街・湖の街 [了]──*


+☆☆☆星評価や作品フォローに感謝です!

次回から第四章に入ります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る