36 ハドック山 常闇ダンジョン②

 

 ジルトレに戻ってから、かなり時間が経った。


 あまりにも次のクエストの先触れがなくて、ルートが変わってしまったのかと、途中不安になったこともあった。


 でも、NPCからの神殿業務の依頼は途切れることはなかったし、新しい仕事も増えて、やはりこれで正しいんじゃないかって、ちょっと自信が戻ってきたので、その後も黙々と勤務を続けたところ……。


 来ました。転職クエスト「宵闇祭」。


 開催場所は、神殿。


 だけど普通の神殿じゃなかった。

 以前、レベル上げに行ったことのある「常闇ダンジョン」……鉱山の山、「ハドック山」にあるアンデッドだらけのダンジョンだ……の最深部・地下21階。


 まずそこへ1人で行かなければいけない。


 地下21階はボス部屋。ダンジョンのラスボス「ドラウグル」がいる。手順としては、


 ・「ドラウグル」を倒し、祭壇の奥にある装飾壁に、自ら作成した「聖霊石」を嵌め込む。


 ・すると隠し通路への入口が現れる。


 ・隠し通路は南へ向かう一本道で分岐はない。定められた聖句を唱えながら、通路をひたすら直進し、辿りついた行き止まりに、目的地の「常闇神殿」はある。


 ・「聖霊石」は、自ら作成したものでないと「資格あり」とは認められず、その入口は現れない。


 さっき言った新しい仕事というのが、その「聖霊石作成」だ。



 *



「聖霊石作成」…これが、かなり時間を食う。


 材料は、ハドック山の鉱山ダンジョンで取れる「白宝珠」。


「白宝珠」は宝石の一種で、赤・青・緑・黄・黒・白の6色ある「色宝珠」のひとつ。その色が示す属性と相性がよく、素材として使用できる。


「色宝珠」は、手に入れること自体は簡単で、鉱山を掘ればそこそこドロップするが、脆くてそのままでは加工に向かない。属性付与を繰り返して強化することで、ステータス付与ができる素材として装飾に使用可能になる。


 今回の転職クエストは、この「白宝珠」を掘りに行くところから、自らの手でやらなければならなかった。他の仕事と被らないように、夜時間帯に鉱山へ掘りに行く。


 採掘は初めてじゃないけど、スキルがないせいか、作業はそれなりにしんどい。それでも時々小休憩をとりながらひたすら掘り続けたら、ゲーム内時間で6時間くらい過ぎた頃に【採掘Ⅰ】が生えてきた。


 これでも、思っていたより早い。


 そして、スキルが生えてきた途端、立て続けに色宝珠が幾つもドロップし始めた。

 しばらくそのまま掘り続け、白宝珠を予備を含めて3個入手したところで、街へ戻ってログアウト。


 ……さすがに疲れた。



 *



 その日の夜再びログインして、クラウスさんから「聖霊石」の作り方の指導を受けた。

 ……なんでもできるな、この人(NPCだけど)。


 作り方は割と単純で、白宝珠を上級聖水に浸しながら、


「聖霊の歌」→【祈祷】→【浄化】「聖属性付与」をひたすら繰り返すだけ。


 不透明な白宝珠が乳白色に変化し、さらに全体に澄んで中心に星芒が出たら出来上がり。


 ………なんだけど、相当繰り返す必要があるらしくてなかなか変化が進まない。


 最初の頃は、1人で歌を歌っているのを見られるのが恥ずかしくて個室で作業していたが、あまりに変化がゆっくりなので、途中からは、なり振り構わず空き時間にはいつでもやるようになった。


 その涙ぐましい努力の結晶、俺の「聖霊石」が出来上がった。


 同時進行で、「宵闇祭」で行う儀式についても指導を受けていたが、既にその学習は終わっている。


 いよいよ出発だ。



 *



 週末の確実に長くプレイできる日を選んでログイン。


「常闇ダンジョン」までは、亀を狩りながらサクサク進み、ダンジョン内でも今の俺なら無双だ。

 ……そして目の前には、浄化されて霧と化していく「ドラウグル」。


 《ダンジョンボス「ドラウグル」を討伐しました。討伐報酬は以下の通りです。報酬は全てパーティ報酬です。パーティリーダーのアイテムボックスに直接ドロップします。》


 [討伐報酬]

 ・30万G

 ・ドラウグルの魔石(大)×1・(中)×2・(小)×3

 ・ドラウグルの牙(大)×2・(小)×4

 ・ドラウグルの爪×12

 ・流星の剣

 ・流星の籠手

 ・流星の脚甲

 ・加重の盾

 ・加重の鎧

 ・加重の兜


 パーティ報酬なんだ。分け方とかで喧嘩になるんじゃないの、これ? 

 俺には関係ないけど、ついそう思ってしまった。


 おっと。今の俺はそれどころじゃない。祭壇の奥の装飾壁は……あれか。


 奥の壁は一面、真っ白な漆喰彫刻で飾られていた。おそらく神話を模しているだろうそれは、美しい女性たちや不思議な動物たち、様々な植物が精巧に彫られていて、つい眺めていたくなるほどに見事なものだった。


 行けば分かるって言われたけど、どこに嵌め込めばいいんだ? 


 凹み凹み……丸い凹み……おっと。意外と下の方にあった。臍くらいの位置だ。俺が背が高いからか。


 ……ちょっと緊張するな。ここまできて割れたりとかしないでくれよ。泣くぞ、俺。見つけた凹みに、「聖霊石」をグッと押し込む。


〈パチンッ!〉


 これでいいのか? 


 ……いい……みたいだ。


「聖霊石」を嵌め込んだ凹みの周囲の壁が、ドア一枚分くらいの大きさに切り取られ、奥側にゆっくり退いていく。それによって、人が1人通れるくらいの通路が出来上がっていった。


 壁の動きが停止すると、足元に下へ続く階段の入口が現れた。


 よし! 行くぞ。


 階段を降りると、そこは洞窟のような狭い場所で、南へ延びる1本の通路があるだけだった。定められた聖句を唱えながら、薄暗い通路をドンドン進む。


 モンスターは出てこない。


 通路際には、ところどころ夜光花が咲いていて、ぼんやりと淡い光を放っていた。



 *



 相当な距離を歩いたと思う。


 延々と続いた通路がようやく終わり、真っ暗な空間に出た。


【暗視】があるから何とか認識できる暗さだ。


「常闇神殿」というから、洞窟の中に建物があるのかと思っていたが、ここがいきなり聖堂みたいだな。ここまで歩いてきた通路が、参道? あるいは既に神殿の一部だったのかもしれない。


 あれが祭壇か。


 祭壇に向かって一礼し、足元に気をつけながら静かに近づいていく。そして、祭壇の前まで来た。



 *



 まずは開祭の合図である「祝祭の祈り」だ。


 ここでの儀式は、普段の礼拝式よりも、進水式でやったものに流れが近い。


「祝祭の祈り」を唱えながら、用意してきた聖水を祭壇とその周囲に撒く。


 ……祭壇がぼんやり光りだした。


 そしてシンプルな燭台を3対取り出し、3台ずつ左右に横1列に並べ、さらにその中央に別のやや大きめの1台を据える。計7台。位置は…大丈夫だな。


 続いて点灯。


 持ってきた火種で、両端から中央に向かいながら交互に火を灯していき、最後に中央に点灯。静謐な空間を柔らかな光が照らし出す。


 祭壇に一礼し、「聖霊の祈り」を捧げる。


 続いて賛美「宵闇の聖歌」。夜のもたらす安寧と静寂に感謝を捧げ、変わらぬ日々を願う。


 聖歌を歌っていると、辺りにの気配がし始めた………。


「異質な気配」は次第に増え、尋常でない数の人ならざるものが、背後にひしめいているのが分かる。

 ……でも俺は、振り返りたい気持ちをグッとこらえ、そのまま聖歌を歌い続けた。


 続いて「聖句」。


 真の闇を恐れる人々に神は月を与え、迷う人々を憐れんで星を与えた。そんな内容の聖句だ。


 そして賛美「天地回帰」。


 〈 神の深き慈愛と恩寵に、我ら一同、感謝を捧げよう。


  この夜に、この人生に、そしてまだ見ない来世の到来に。


  心より感謝を捧げ喜び祝う。


  ああ、神よ。偉大なる神々よ。


  神々の祝福は、あまねく天地に降り注がれ、全てを満たす。


  なんとこの世は希望に満ちているのだろう。 〉



 ……唱和だ。


 俺の歌に重なって、水琴窟のような澄んだ音・小笛のような高い音・槌音のような金属音や山鳴りのような轟き……様々な音色が交わりあっては遠ざかる不可思議な〈共鳴音〉を紡ぎ出す。


 歌が終わり、祝福を唱えていると、俺の髪や頬、肩や背中にふわっと触れては離れていく優しい感触が続き、次第に間遠になって……ついに途絶えた。


 ………………。


 全ての気配が消え、元通りの静寂が訪れる。


 最後に祭壇に向かい、今宵の儀式の終わりを報告し、祈りを捧げる。


 祭壇に一礼。


 これで「宵闇祭」は終わりだ。手早く撤収の片付けをして、俺は「常闇神殿」を後にした。



 *



「お帰りなさいませ。『宵闇祭』はいかがでしたか?」


「なんだか不思議な感じでした。1人なのに1人ではないというか……」


「『宵闇祭』を終えられた方は、皆さん、そのような印象を抱かれるようです。お疲れ様でした。これで残す祭礼は、あとひとつになりますね」


 えっ?  もう?  次の情報を言っちゃうの!?  それってあり? 


「そうですね。残るひとつは『煇煌祭』ですが、その開催場所は、どこになるのでしょう?  クラウスさんはご存知ですか?」


「ええ、もちろんです。今度の『煇煌祭』は大祭になりますので、私も現地までご一緒致します。開催場所は、王都正面の沖に浮かぶ島、『ミトラス聖霊島』になります」


 王都方面なのか。遠いな。


「『ミトラス聖霊島』とは、どのようなところですか?」


「小さな島ですが、島全体が一つの山になっていて、祭礼を行う山頂までの道のりは、かなり険しくなります。大司教様には、登頂するに際して体力面でやや厳しいかもしれません」


 うっ!  次は山登り!?  体力面で厳しいって、どんだけ? 


「それほど大変なのですか?」


「はい。登って終わりというわけではないですから。しっかりとお役目を果たされるには、心身ともに余裕が必要です。明日から体力作りもスケジュールに組み込みましょう」


 体力作りが必要って……ゲームで基礎トレでもするのか? 


「分かりました。では明日からよろしくお願いします」


「はい。今日はもうお身体をお休めになるのがよろしいでしょう」


「お気遣いありがとうございます。では、少し休ませて頂きます」



 *



 俺の私室。


 質素だけど広さは割とある。もうすっかり馴染んで、いると落ち着く。


 借りていた祭具は返却したし、アイテムボックスのチェックでもするか。ボス部屋で、なんかいろいろもらったよな。


 Gと素材はいいとして……


 ・SR流星の剣 STR+80 AGI+40 耐久400

 ・SR流星の籠手 VIT+20 AGI+20 耐久400

 ・SR流星の脚甲 VIT+20 AGI+20 耐久400

 ・SR加重の盾  VIT+25 INT+10 耐久400

   ※攻撃を仕掛けてきた相手の相対速度を遅くする。

 ・SR加重の鎧 VIT+40 INT+10 耐久400

   ※攻撃を仕掛けてきた相手の相対速度を遅くする。

 ・SR加重の兜 VIT+20 INT+20 耐久400

   ※攻撃を仕掛けてきた相手の相対速度を遅くする。

 


 おおっ! 


 全部速さ系の効果がついているじゃないか! 


 でも全部金属製で重そうだし、ステータス値も、今持っている装備の方がいい。うーん。強化素材として使えないかな? ……。ガイアスさん、今忙しいだろうか? メールしてみるか。



《ガイアスさん、こんにちは。お忙しいところすみません。ユキムラです。


 強化素材のことでお伺いしたいことがあってメールしました。


 常闇ダンジョンでドロップした「流星の◯◯」と「加重の◯◯」という武器と防具があるのですが、全て金属製なので直接装備は無理そうなんです。今使っている装備の強化に使えるものがあれば、是非教えて頂きたいのですが。


 お返事は、お手隙の時があったらで大丈夫です。もしダメそうなら、スルーして頂いても結構です。


 では、よろしくお願いします。》


 ポチッと。


《ピコン!》


 えっ! もう返事? 早過ぎない? 


《ユキムラ〜もしかして今時間ある? あるなら素材集めを手伝って欲しいんだが。》


《ちょうど先ほど一段落したところなので、狩りにお付き合いするのなら大丈夫です。》

 

《俺超ラッキー。頼みたいのはさ……》

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