34 神殿④

 

 ジルトレに戻ってくるとホッとする。


 やっぱりここがホームタウンなんだな。俺の場合、ずっと間借り生活の予定なので、ホーム(個人住居)自体を持つ予定はない。この大神殿で与えられた個室がホーム代わり。


 エンジョイ勢は、気に入った街にホームを構える人も少なくないらしい。人気なのはウォータッド湖とトリムの街だそうだ。うん、分かる。イルカとビーチだね。


 生産組は、工房に店舗やホームスペースをつけるのが一般的みたいで、いずれ持っている人が増えるだろう。


 *


 なんてことを考えながら、俺は「聖水」と「上級聖水」を大量生産している。周りには、瓶詰め係の少年NPCがワラワラ。彼らは、NPCの神官候補生っていう立場らしくて、工房の作業をよく手伝ってくれる。新顔も増えたようだ。


 新顔といえば、このウォータッド大神殿にもプレイヤーが増えていた。


 このジルトレは、北に「エルフの里」、南に「ドワーフの集落」と「魚人の集落」、東に「獣人の集落」があり、その辺りを行き交う人々の拠点となっている。


 第二陣が来てから、始まりの街の神殿をすっ飛ばして、いきなりこの大神殿に来ようとするプレイヤーが増えたが、第三陣以降は、特にそれが顕著みたいだ。


 武器や防具、アクセサリが、ゲーム開始時よりかなり良くなっているから、初心者でもおかねを集めさえすれば、装備品でかなりステータスを嵩上げ出来るんだよね。そのうち、直接ユーキダシュに行く新米神官とかも出てくるのかな? ……いや、あそこはNPC紹介状が必要だから無理か。



「おっ? あんた見ない顔だな。新入りじゃなさそうだが。俺はエリュシオンって名前だ。エリーって呼んでくれ。先週からここに世話になってる。これからよろしくな」


 早速、プレイヤーの人が話しかけてきた。久しぶりだわ、こんなシチュ。


「初めまして。ユキムラです。そのまま呼び捨てで呼んで下さい。ユーキダシュから戻って来たばかりの出戻りです。こちらこそ宜しくお願いします」


「あー。ここの『神殿長』様か。PVと違って派手な服を着ていないから分からなかったぜ。第一陣なんだろ? 俺は第二陣なんだ。始まりの街から移ってきた。中級職で『神官兵』っていうのになったら、ここへの異動を勧められてな」


 神官兵?


 ガタイがいいからぴったりだけど、どうやったらなれるんだろう? それとPVってなんだ? 


「それは珍しい職業ですね」


「ユキムラ同様な。ところでその服いいな。プレイヤーメイドか? もしよければ、どこで買えるか教えて貰えないか?」


「これは、知り合いの裁縫師……正確には裁縫教士だったかな? の人に作って貰ったんです。今はちょっと街を離れていますが、ここをホームタウンにしているから、その内戻ってくると思います」


「戻ったらでいいから、注文頼めるか聞いて貰ってもいいか? 俺、始まりの街でずっと神殿に住んでソロプレイをしていたから、知り合いが少ないんだわ」


 ……ってことは、正規ルートに近い職業なのかな? 「神官兵」って。


「分かります。俺も似たような状況でしたから。注文を受けられる状態かメールで聞いておきますね」


「無理そうなら断ってくれていいんで、宜しく頼むわ。それにしても、聖水作るペースが凄まじいな。さすが大司教様って感じだ。まとめて作れるんだ、聖水って」


「そうですね。なれると便利ですよ。瓶詰めは、彼らがやってくれるから、時間短縮出来ますし」


「いや、俺はかなりSTR・VITに偏ったビルドをしていて、MNDはそれ程でもないんだわ。水汲みと武術教練ばかりやってたからな。あと夜警もやったか。だが、写経や朗読は最低限しかしていない」


「じゃあ、『井戸妖精の加護』持ちですか?」


「おうよ。あれは多分カンストまで行ったぜ。『井戸妖精の眷顧』VIT+20 MND+20だ。司祭になっても続けたかいがあった」


「それは凄い。俺の倍だ。どんだけ水汲みしたんですか?」


「そりゃもう、神殿の水瓶は乾く暇がないってくらい、いつも満タンだったさ」


「+20がカンストなら、俺もまた水汲みしようかな」


「夜中にこっそりとな……。司祭以上になると、やってるのをNPCに見つかったら止められるぜ。神殿長様がやってたら、卒倒するんじゃないか?」


「それはいいことを聞きました。夜中にこっそりすることにします。情報ありがとうございます」


「いや、俺も服のことを教えて貰ったしな。お互い様だ」


 見た目は強面系だけど、気さくで話しやすい人だな、エリー。いい人と知り合えてよかった。



 *



 今日は、施療院で勤務。給料を貰っているからか、奉仕活動というより勤務って感じ。


 ここのところ、その勤務が目白押しだ。でも、クエストが進む様子はまだない。

 クラウスさんがこうしてスケジュールを組んでくるってことは、仕事量が足りなくて、次のクエスト発生条件を満たしていないのかもしれない……って思ってる。


 おそらく、俺のNPC好感度はかなり高いはず。


 NPC好感度が上がると、ルート情報を漏らしたり、誘導したり、適切な行動を指示してくれたりするようになる(攻略サイト情報)。俺の体感的にもこれは合っていると思うので、日頃から、NPCの要望にはなるべく応えるようにしている。



 ここウォータッド大神殿の施療院は、さすがにユーキダシュ程ではないがそれなりに広く、施療室も複数ある。この大施療室では、腰痛・膝痛・肩凝りなど軽症の筋骨関節系にトラブルがある患者を集め、集団で治療している。


 今も室内は、NPCの老爺・老婆でいっぱいだ。


「皆様、これから施療を始めます。最初に、黙祷をお願い致します。目を閉じ、心を鎮め神の前に心を開きましょう」


「黙祷」


 ……………。


「お顔をお上げ下さい。では、これから施療の光が皆様に降り注ぎます。皆様はそれぞれ、ご自分の痛いところ、お困りの部位に意識を集めていて下さい」


 ちょっと間を置く。そろそろいいか。


「【疾病治療】快癒の光!」


 温かみのある白い光が部屋を満たしていく。癒しに十分なGPを消費(HPバーならぬ治療バーが出るので、それを参照している)した後、俺が祈祷の言葉を続けていく間に、白い光は患者さんたちに吸い込まれるようにして消えていった。


 またちょっと間を置く。


「皆様、これで本日の施療は終わりです。次の方々のために、部屋の移動をお願い致します」


 みんな、治療が終わったのにまだ拝んでいる……。俺がその場で緩やかに微笑んでいると、その間にNPC神官さんが患者さんたちを入れ替えてくれた。


 この繰り返しだ。


 別の部屋には、感冒や急性胃腸炎などの感染症患者が集められているので、そこでは「滅魔の光」を使い、次に慢性の内臓疾患患者の部屋を回って「平癒の光」だ。この間、急患が来たら別途受け付ける。


 しばらく留守にしていたせいか忙しい。俺がいない間は、NPC神官が施療していると思うのだが……。


 まあいいか。この辺りの仕組みは、考えても分からない。きっとクエストの一環だろうし。


「皆様、これから施療を始めます。最初に、黙祷をお願い致します。目を閉じ、心を鎮め神の前に心を開きましょう」



 *



〈ザブン!〉よしもういっちょ。〈ザブン!〉


 何をしているかって? もちろん水汲みだ。

 エリーに井戸妖精の加護の上限を教えてもらったから、早速、NPCの就寝中に(夜警当番の隙を狙って)行動だ! 


 俺の加護は「友愛」。その上が「親愛」で、更にその上が上限の「眷顧」。


「眷顧」までいけば、今よりVIT+10 MND+10。HPは20上がる。ついでに【筋力増強】のレベルが上がれば、STRも上がる。STR・VITの上がりにくいビルドの俺からしてみれば、神殿業務で上がるものなら上げておきたい。


 ステータスは上げたい。


 でも、神殿業務や転職クエストに関わりのないスキルは、積極的には鍛えていない。そういったスキルのレベルを上げ過ぎると、ビルドが変わってしまい、ルートに影響が出てくる可能性があるからだ。


 ここまで来て正規ルートを逸れるのは、あまりに悲し過ぎるから、そこは気を付けている。


 STR、VIT寄りって言ってたエリーは、どんなJスキルが生えているんだろう。機会があったら、マナー違反にならない程度に聞いてみたい。


〈ザブン! ザブン!〉


 そういえば、ユーキダシュの図書室でも、妖精の加護がついている。


【図書妖精の親愛】INT+15 MND+15


 これも「注目」から始まって、ここまで上がった。いかに苦労したかってことだ。おそらくあるんだろうな……「眷顧」。


 いやでも、当分ああいうのは勘弁して欲しい。似たようなクエストが今後くる可能性もあるしな。しばらくは様子見だ。

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