31 第四の街 クワドラ

 

 収穫祭イベントが終わり、オークションが活況だったので、生産者組はだいぶ懐が潤ったそうだ。


 初めてのオークションということと、第三陣が来てプレイヤー数が30,000人も増えたからかな。新規参入組が第一陣・第二陣を合わせたより多いんだから、賑わうわけだ。


 だけど、みんな全然おかねが足りないって言っている。

 なぜなら、生産組が上級職になるためには、とてもお金のかかるクエストがあるからだ。


 それが、転職クエスト「自分の工房を持とう!」だ。



 工房は、最小限の小さなものでも500万G。高いものになると1,000万越えが普通で、王都の目抜通りに持とうとすると、その天井は分からないそうだ。大変だね。


 やっぱり、せっかく工房を構えるなら、そこそこ良い立地で、設備はしっかりしたものを揃えたいから……と、みんな金策に奔走している。


 そこでだ。


 新しく行けるようになった街に、狩りと下見を兼ねて行ってみよう! ってことになった。


「王都」は、第三の街「トリム」から船で行くしかない(陸路もあるが、まだNPCしか通れない)から、まず陸路で行ける第四の街「クワドラ」へ行って、その後、時間に余裕があれば、湖の街「副都ユーキダシュ」へも、足を伸ばそうということになったんだ。



 


 今俺たちは、第三の街「トリム」から海岸線を道なりに北西に進んで、第四の街「クワドラ」を目指している。


 出てくるのは、蟹や貝のモンスターが多く、時々、海から海牛や海獣系のモンスターが上がってくる。そこで活躍するのが、解放クエストのイベント報酬で出たこれ。


金箍棒きんこぼう】STR+120 AGI+40 LUK+10 耐久500

  ※水属性に特効+(与ダメージ上昇・クリティカル発生率上昇)


「水属性に特効」……凄くいい。


 この辺りまで来ると、雑魚キャラもだいぶ強くなってきているんだけど、これがあれば戦闘職に比べて非力な俺でも、力増し増し。蟹や貝のモンスターは、ドロップで食材を落とすので、かなり狩りがいがある。


「今夜は蟹料理だな! 材料費タダだから気兼ねなく食えるぞ!」


「宿屋で調理してもらう?」


「いや、『クワドラ』の海岸にも、小さいけど砂浜とバーベキューエリアがあるらしい。そこでだ。【調理】レベルの高いユキムラに是非頼みたい。浜焼きとか鍋、できるか?」


「できますよ。ちょうど、『バーベキューセット』と『鍋料理セット』を持ってきてるんで」


「おおっ! そんな調理セットがあるんだ!? さすが、できる男ユキムラ君!」


「収穫祭イベントの時、NPCショップを回っていたら、料理道具やセット商品が沢山あって、つい、いろいろ買っちゃいました。調味料も結構揃えましたよ」


「収穫祭かぁ。作るのと売るのに必死で、あんまりショップは回れなかったんだよな。同業者と素材店だけはチェックしたけど」


「私も同じ。第三陣に予想以上に服が売れて、補充補充で大変だった。そう、ユキムラさん。あの時は本当にありがとう。バフ付きのお菓子、とても助かったわ」


「あの差し入れはタイムリーだったな。それに美味かった」


 おっ? 結構好評だった?


「特にあの2色のマカロン、注文ってできるのかしら? もちろん、お代をお支払いするので」


「俺も欲しいな。DEX上げの苺の平べったいやつと、LUKの上がるタルト系がよかった」


「生産ギルドに置いたら売れるよな、あれ。バフ量もいいし、サイズも手頃でつまみやすかったし」


「うん、俺もそう思う。名前は怪しいけど、効果は確かだったもんな」


「名前、メチャ怪しいよな。あれ、ユキムラがつけてるのか?」


 いやいや、それないから。


「いえ、違いますよ。何故か自動であんな名前が付いちゃうんです。俺としては、もっとシンプルな名前にしたいんですけど、変える方法があるのかも分からないし」


「ふーん。生産職の料理人は、自分の作品に自由に命名できるみたいだけどな。やっぱり一般スキルだと制限があるのか?」


「Sスキルの方が、一般スキルよりも、そういったオプション機能が多いっていうのは、よく聞くわよね」


「生産職はまずSスキルを取るからな。生産系の一般スキルを、ユキムラみたいにガンガンレベル上げしてるケースはあまり聞かないから、よくわからんな」


「違いねえ。よくそこまで上げたって感心する」


 上げたっていうか、上がっちゃったんですけどね。


「じゃあ、怪しくてもいいから、バフ菓子の注文よろしくな。値段は、できればフレ価格でお願い。俺今、超ビンボーなんで」


「ちゃっかりしてる」


「俺も便乗、頼んでもいいか?」


「もうレシピで簡単に量産できるし、素材も安いから、フレ価格で全然大丈夫ですよ」


「助かる。急がないから、暇なときにでもよろしくな!」



「クワドラ」に到着した俺たちは、いつものように、冒険者ギルドでひと通り情報をチェック後、一旦解散した。浜辺のバーベキューまでは、各自自由時間だ。


 市場も見に行きたいけど、先に宿を確保しなくては。


 おっ! あれかな? 



 *



「大司教様、『湊水神殿』へようこそおいで下さいました。我々一同、大司教様のご来訪を、心待ちにしておりました。ご覧のように、小さな所帯です。ご自分の家と思ってお過ごしください」


「クトゥールさん、ご無沙汰しております。『碧風祭』でお会いして以来ですね。あの時は、ご参列ありがとうございました。お言葉に甘えてお世話になります。よろしくお願いします」


「勿体ないお言葉です。ところで大司教様、今後のお食事のご予定をお伺いしても?」


「はい。今日は旅の仲間と一緒に外で取ることになっていますが、明日以降は、基本的には皆さんとご一緒したいと思っております。よろしいでしょうか?」


「もちろんでございます! ささやかながら、歓迎の宴を催させて頂こうと思いまして。では、明日の夕餉に致しましょう」


「お気遣いありがとうございます。私も少々料理を嗜むので、お邪魔でなければ、是非、宴用に数品作らせて頂きたいと思います。どうでしょう?」


「もちろん! もちろん大歓迎でございます!!」



 おうっ! めっちゃ反応いいな。いったいどうした? 



「『碧耀神殿』で、大司教様のおもてなしを頂いた際には、私はもう感涙でございました。またあのようなお料理を頂けるなんて、望外の喜びでございます。『クワドラ』は小さな街ですが、海の幸は他の大きな街にも負けません。特産品の雲丹うにや帆立貝、今の季節なら岩牡蠣も旬でございます。いろいろ取り揃えてお待ちしております」


 そうだった、忘れてた。


 このクトゥールさん、「碧風祭」に来た時、「碧耀神殿」に泊まっていったんだった。


「それは素晴らしいですね。私も市場を見て回るつもりですが、とても楽しみになりました。

 話は変わりますが、ここクワドラには、何か祭礼やその類の催し物はありますか?」


「はい、ございます。もう今年は終わってしまいましたが、毎年春に『豊漁祭』が行われています。街をあげてのお祭になりますので、大変賑やかで観光客も大勢いらっしゃいますよ。大司教様も機会がおありになりましたら、是非一度起こし下さい」


 違った……そうは上手くいかないか。


「『豊漁祭』ですか。それは楽しそうですね。そのうち折を見て訪れてみたいと思います。では、少し街を見に出かけて来ます。また後ほどよろしくお願いします」


「お気をつけて。いってらっしゃいませ」



 *



 市場だ!! 


 雲丹・帆立貝・岩牡蠣。それに海老も欲しいな。モンスターからドロップしたのは、蛤みたいな二枚貝だったから、サザエみたいな巻貝があるといいな。壺焼きしたいし。あと、海藻類と珍しい魚……あの縞縞の魚……は、初めて見た。その隣の大きい魚は何だ? 


 えっ? これ鮭? 限りなく鮭っぽいよね? 


「おじさん、これなんて魚?」


「おう。こいつは『鱒の介』だ。こっちはメスで、卵を持ってるが、身は美味くない。身を食べるなら、こっちのオスだ」


「両方5匹ずつ下さい。あと、その縞の魚も5匹。これは、なんて名前ですか?」


「毎度あり〜。これは『縞鯛』だな。薄く引いて生で食べてもいいし、塩焼きや油で揚げても上手い」


「生で食べられるんですか? 生の場合、塩を振って食べるんですか?」


「塩でも美味いが、酢の入ったソースや『豆醬』をちょっとつけて食べるのも美味い。沢山買ってくれたから、オマケしといたぜ。また来てくれよな!」


 豆醬? 醤油かな? 


 ISAOでは、果物とか野菜は、だいたいそのままの名前なんだけど、それ以外は時々違う名前になっていることがあるんだよね。なんでだろう? 


 まっ、いいか。豆醬……是非手に入れたい。調味料を売っている店を探さなきゃ。



 ◇



 あたりに香ばしい匂いが漂って来た。


 あのあと、雲丹・帆立貝・岩牡蠣、さらに海老・烏賊・サザエもGETした。


「俺、イカ焼き予約。すっげえいい匂い。VRじゃなかったら、ヨダレ出てるぜ」


「焦げた醤油の匂いがたまらんな。俺は壺焼きを食す。 蛤もうまそうだ」


「蟹だ蟹だ! 蟹を食うぞ!」


 みんなテンションが高い。


 海産物が魅力的なクワドラだけど、あまり生産は盛んじゃなかったみたいで、工房候補地からは外れたそうだ。


 なのに何でこのテンションかというと、お酒が入っているのもあるけど、クワドラの北にある湖沼エリアに出るモンスター「蝶々貝」が、「真珠」をドロップすることが分かったからだ。


 正確には、その「真珠」が、結構高値で売れることが分かったから。


「俺の『雷魔術』で真珠は頂きだぜ!」


 上級職「錬金薬師」への派生ルートを考えているアークは、転職条件として魔法系スキルをいくつか取る必要があるんだって。


 元々持っていた【S水魔術】【S風魔術】の両方のレベルが上がったことにより、【S雷魔術】がスキル選択肢一覧に出てきた。それで、その【S雷魔術】と、転職の必須条件である【S付与魔術】を取ったんだって。


【S付与魔術】は、レベル数=付与出来る属性(保有スキルから選択)で、最初は一つの属性しか選べない。そして選んだのが「雷属性付与」。


 確かにこの湖沼エリアで雷属性は強いよね。このタイミングで取れるなんて、とても運がいい。


「武器に雷を付ければ、全員で無双出来るな。うちにはユキムラがいるから、毒も麻痺も怖くねえし」


 湖沼エリアといえば「毒」そして「麻痺」。


 ISAOの運営は、余程「状態異常」が好きなのか、水辺のモンスターには毒・麻痺持ちがとても多い。でも、高いんだよね「毒中和薬」と「麻痺解除薬」。


 通常の「毒」なら値段の安い「毒消し」でいいんだけど、このエリアになると「猛毒」になる。


 そうなると、神官スキルの【状態異常治癒】「毒中和」か、値段の高い「毒中和薬」しか効かない。麻痺も同様で、「強麻痺」は【状態異常治癒】「麻痺解除」か「麻痺解除薬」しか効かない。


 神官がいないパーティだと、薬代が嵩んで儲けが飛んでしまうから、このエリアは当然避ける。でも、我々にとっては、競合が少なくて狩り放題な、いい狩場になるわけだ。


「そろそろ火が通って食べられますよ。熱いので気を付けて下さい。次は帆立貝のバター醤油焼きと、岩牡蠣の炙り焼きいきます!」


「「おーし! 食うぞ〜!」」


「「いただきまーす!」」

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