番外編 書籍1巻発売記念SS

『花モンスター メル』

 

「ここは私がやっておきますから、神殿長様は是非、蜜を集めに行ってらして下さい」


「では、お言葉に甘えて、早速出かけてきます。すみませんが、あとはよろしくお願いします」


 街イベント「色妖精を手に入れよう!」への参加を決めた俺は、善は急げとばかりにフィールドへ飛び出した。


 討伐の対象は花モンスター「メル」。


 名前を聞いた限りでは、お人形みたいな可愛いイメージが湧いてくる。

 花の妖精みたいなのだったら、叩くのは可哀想かも。でも、モンスターっていうからには、案外凶暴なのかな?


 そんなことを考えながら、ざっとフィールドを見渡した。


「いた!」


 やば。いきなり見つけたせいで、つい声が出ちゃった。


 スキルを使うまでもなく、草むらに濃いピンク色の花が覗いていた。

 普段はこのフィールドに、あんな目立つ花は咲いていない。だから、あれがきっと花モンだ。伏せているわけでなければ、かなり背が低いモンスターだということになる。


 念のため【Sフィールド鑑定】を使うと、ノンアクティブを示す三角のアイコンが二つ表示された。


 二匹いるのか。最初だから慎重に行こう。


 警戒をしながら、そっとターゲットに近づく。まずは観察だ。一体どんなモンスターなのかな?


 そして視界に入ってきた花モンの姿を見て、一瞬目を疑った。


 パッと見た印象は、乾燥した青大豆──みたいな緑色の玉だ。それを雪だるまのように縦に二つ重ねた感じ。

 口は黄色いクチバシになっていて、チラッと見えた背中には丸っこい甲羅のようなものがついている。そして見事な三頭身。


 カッパ?


 最も似ているのは、日本の代表的な妖怪であるそれだ。ただし、頭頂部に載っているのは皿じゃない。皿くらいの大きさの花である。カラフルな色とりどりの花弁を持つ綺麗な花。


 うーん。可愛い……といえなくもない?


 でもなんだろう、このそこはかとなく漂う残念臭は。


 可愛いのに、何か残念? 違う。それは中身と外見にギャップがある例えだった。この場合は「残念可愛い」とでも言えばいいのかな?


 でも一応モンスターだし、特殊な攻撃をしかけてくるかもしれない。油断しちゃダメだ。そう思って、【S生体鑑定】でチェックしてみると。


 〈花モンスター「メル」イベントモンスター  状態:健康 じゃれ合っている〉


 いや、じゃれ合っているってなによ。そんなこと言われたら、俺が悪者みたいで叩きにくいじゃん。でも行くけどさ。


 攻撃が届く範囲まで接近し、一気に二体巻き込んで【S棒術】のスキルアーツで薙ぎ払った。


 不意打ちが成功して、花モン二体が思いっきり吹っ飛んで、淡い光となって消える。


 ……よ……弱っ! なんでこんなに弱いの?


 そっか。よく考えたら、新規参入の第二陣を歓迎するイベントなんだから、初心者でも倒せるように弱くしてあるのも当たり前か。つまりこれは仕様。じゃあ、遠慮なくどんどん行こう!


 そうして、花モンを見つけては瞬殺を繰り返していたところ、変なカッパ……じゃなくて変わった花モンが現れた。


 今まで倒してきたメルたちは、全て黒いビー玉みたいなつぶらな目をしていた。でもそいつは、目つきが悪いというか、ちょっと三白眼気味で、よく見ると頭頂部の花の形も違っている。


 これまで見かけていた五、六枚の花弁が放射状に開いた花じゃない。そいつのは、蝶々みたいな左右対称な形をして、巻きひげっていうのかな? 螺旋状のクルクルした蔓のようなものがポロンと飛び出ていた。


 巨大化したカラスノエンドウの花。それが一番近い例えかな? 念のため【S生体鑑定】をしてみる。


〈花モンスター「メルジャック」イベントモンスター  状態:健康 踊っている〉


 ……名前がちょっと違うじゃん。それに「踊っている」ってなんだよ。


「メルジャック」は、右に左にフラフラしながら、時々腰に手を当ててポーズを取っているように見えた。


 あれが踊り?


 そして、奴が両手を万歳するみたいに上に挙げて、腕をパカッと左右に広げたので、無防備になった頭頂部を反射的に叩いてしまう。


 《HITヒット THE JACKPOTジャックポット!》


 すると変な英語アナウンスが聞こえてきて、ポンポンポン…… ポンポンポンポンポンポン! と、軽快な破裂音と共に大量のカッパ──じゃなくて「メル」が現れ、ピラミッド状に次々と積み上がって行く──かと思ったら、頂点にたどり着く前にグチャっと崩れた。


 なにこれ?


 あまりの光景に呆然としていたら、崩壊したピラミッドから、メルたちがしぶとく這いずり出てきて立ち上がり、果敢にも一斉に俺に群がってくる。


「うわっ! 飛ばすなよ!」


 ピュッピュッピュと放たれる蜜を後ろに下がって避けていると、いつの間にか「メル」たちにグルッと周りを取り囲まれてしまった。


 ……こうなったらやるしかないか。


 俺は棒の片端を両手で持ち、自分を中心に大きくぶん回すように回転した。


〈ドゴォッ! バキバキバキバキ!〉


 盛大なエフェクト音と共に、近くにいるメルたちを薙ぎ倒し、少し離れた場所では、風圧でメルの頭の花がヒラヒラと散っていく。


 目をXバツ模様にして、光となって消えていくメルたち。ああなんて綺麗……って言っている余裕はないから!


 ひたすら棒を振り、大量湧きしたメルたちを大した被害も受けずに全て倒し切った。


 いやこれ。めっちゃ時間効率よくない? きっかけはあの「メルジャック」だよね。奴の出現条件ってなんだろう?


 その後、何回か大量湧きを繰り返して分かったのは、一定数の「メル」を倒すと「メルジャック」が現れ、「メルジャック」を叩くと大量湧きが発生するというかなり単純な仕組みだった。


 よし! これなら案外早く蜜を集められるかもしれない。


 それから夢中になって、「メル」を倒しまくったのは言うまでもない。

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