23話 覚醒しました
(…嫌な思い出だな。しかし、あの時は何にもする気にならなかったよなぁ。)
無精髭を伸ばし、シャツとパンツだけで暗い部屋に一人座っている自分を見ながら、タケシはつらい記憶を思い返していた。
(しかし、今更なんでこの記憶が…?)
記憶の中のタケシは、テレビをジッと見据えるだけで、動こうとすらしなかった。
(客観的に見ると、ヤバいやつだな…あの時の俺って…そういえばこの時やってた番組って…)
『…ですから、教師には「教育を受ける権利者」たる生徒の権利を、保障するという使命があると僕は考えてます。』
テレビから聞こえてきた言葉に、記憶の中のタケシが反応し、それに目を向ける。
画面の中では、《カリスマ塾講師!教育者としての心得を語る!》と題して、教育とは何かを招かれたゲストが話している。
『教育者の…使命…』
タケシは、画面の中で話を続ける人物を注視した。塾界のカリスマと呼ばれ、今ではテレビに引っ張りだこのイケメン講師が、MCの質問にスラスラと答えている。
『ですが、塾講師では学校という教育の現場に入ることはできないかと思います。彼らの学校内の問題を塾に持ち込むのは、そもそも"塾"という機能の範囲外ではないですか?』
もっともらしいことを、ご意見役として出演している女性アナリストが発言し、カリスマ塾講師へと問いかけた。
(いたいた!こんなおばさん!いちいち発言がイラつくんだよな…「教師と塾講師とでは、本分が違う!」とか言ってたな…ハハハ。)
すると、カリスマ塾講師は少しニヤリとして、そのアナリストへと回答する。
『生徒たちの教育現場って学校だけですか?彼らにとって、毎日すべての場所が教育の現場たると、僕はそう思います。家庭内、学校内、通学路もそう。もちろん、塾もです。彼らは様々な場所でいろんなことを学んでいるんです。』
アナリストは少し不機嫌そうに講師を見ているが、彼はそれを気にせず話し続ける。
『そして、そこにいる全ての大人が教育者であるべきではないでしょうか?学校の教師だけが教育者であるいうのは、彼らに責任を押し付け、他の大人たちが"使命"を投げ出していると僕は思いますけど。』
彼はそこまでいうと、MCに向かってニコリと微笑んだ。女性アナリストの不機嫌を察知しつつ、少し慌てたようにMCが『…続いては』と次のコーナーを紹介してCMが始まった。
『全ての大人が…教育者であるべき…』
記憶の中のタケシは、ボソリと呟いてジッとCMを眺めていた。
(…そうだ。彼の話を聞いて、俺は講師ではなく"教育者"になるって決めたんだ。)
また、場面は変わる。
(あれは…今まで勤めていた塾だ。)
タケシの眼下には、ついこの間まで勤めていた塾が映っている。
『初めまして!黒井タケシです!』
先ほどとはまったく違い、希望と野心に満ち溢れた眼差しの自分が、教壇に立っているのが見えた。
(懐かしいな…ここから、この時から本当の意味で始まったんだよな、俺の教育者としての人生が…)
あの日、教壇の前で自分に投げ捨てるように呟いた生徒の顔が浮かんでくる。
(余計なことをするな…だっけか。あの後会った時の彼の顔は忘れられないよ…)
立ち直ったタケシが一番初めにしたこと。それは、あの時助けることができなかった生徒に会いに行くことだった。
初めて家を訪れた時は母親に拒絶された。
しかし、毎日毎日、雨の日も、風の日も、どんな時もタケシは通い続け、それに心を打たれた生徒本人が、自ら家のドアを開けたのだった。
彼は泣いて叫んだ。
『余計なことはするなって…言ったじゃないか!』
そんな彼に、タケシは言った。
『余計なことだと思われようが…俺は自分の生徒は絶対見捨てない!!!』
それはもしかしたら自分のためだったのかもしれないと、タケシは思い出す。
生き生きと授業を進める自分を見ながら、タケシはその一つ一つを思い出すように、自分を眺めていた。
(…そうだ。俺には守るべきものがあるんだ。)
塾の生徒たちの顔が…これまで自分が教えてきたたくさんの子供たちの顔が、脳裏に浮かび上がってくる。
そのどれもが、自分を見て笑顔を投げかけてくる。
(彼らの未来を…守るって決めたんだ。)
(俺はあの時、彼に救われたんだから…)
その想いが心の中に膨らむのと同時に、タケシの体は光り輝き始めた。タケシは静かに目を閉じる。
まぶたの裏には、ワイドやマリン、エミリアたちの顔が浮かんでくる。
(…直接教えたことはないけど…生徒たちを守るんだ…ワイドたちを…)
タケシの輝きがどんどん濃くなっていく。そして…
(俺は、教育者なんだから!!!!)
その瞬間、輝きはタケシの魔臓器に収縮し、記憶の世界はまた真白になった。
◆
《…タケシっ!タケシってば!!》
ーーーんん…あ…れ?俺、何を…
《大丈夫!?急に意識を無くしちゃうんだもん!!死んじゃったかと思ったよぉ!》
ーーーすっ…すまん、リーナ!どれくらい気を失ってた?
《1分くらいだよ…じゃなくて!魔法使って!吸引魔法!!ヤバいよマジで!!!ヤバいってぇぇぇぇ!!》
ーーーおおっと!すまん!おりゃぁぁ…ってあれ?なんかすんごい力が湧くぞ!?さっきまで吸引が苦しかったのに、今は全然いける!!
《どっ…どういうこと!?》
ーーーわからん!…が、これならこいつの魔力を吸い取れそうだ!!
《えぇ!!いったいどうしたの!?タケシ!》
ーーーわかんないけど…俺一人でもいけそうだな…リーナ、あとは俺に任せろ!!
《う…うん!とりあえず…お願い!!》
ーーーいくぞぉぉぉ!!どおぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁ!!
タケシが一気に魔法に力を込めた瞬間、まるでマグマのように発熱し、赤紫に光り輝いていたジマクの体から、今までとは比べようがないほどの紫のオーラが吸い出され、タケシの中に吸い込まれていく。
ーーーぐぐぐぐっ…いけるぞ!このまま一気に!!
どんどん溢れ出る紫のオーラを、タケシは軽々と吸い込んでいく。そして、ジマクの魔力が底をつき、オーラが出なくなると、今度はジマクの体が散り散りに拡散し始め、そのままタケシの中へと消えていったのだ。
後には、今でのことが嘘のように静まり返った校庭が広がっている。
《すっ…すごい。あの量の魔力を…タケシの魔臓器は…無事みたいだ。》
ーーーハァハァ…あれ…?どうなったんだ?
《…自分でやって見てなかったの?竜王ごとタケシが飲み込んじゃったんだよ!》
ーーーうそ!?俺が…?
《…はぁ、なんか拍子抜けちゃうなぁ。あれだけ頑張ったのが嘘みたい…フフ…アハハハ!》
ーーーリーナ?…どうしたんだよ、急に?
《だって、フフ…死んじゃうかと思うほど頑張ったのに…ククク…最後はタケシがめちゃくちゃな力で終わらせちゃうんだもん…アハハハハハ!!》
ーーー確かにな…ハハハ…俺もおかしくなってきた…ハハハハハハハハ!!
《アハハハハハハハ…アハハハハ!!》
ーーーハハハハハハハハハハハハハ!!
「リーナちゃん!タケシ!!無事じゃったか!!」
ーーーハハハ…あれ?学園長先生…どうしてここに?
《ハハハ…ほんとだ、お爺ちゃん!》
「ふぅ…街の方は国王軍が応援に来てくれてのぉ。軍総出で人々の救助に当たってくれとる…ここにも、じきにくるぞぃ。しかし、本当に竜王を倒してしまうとは…半端ないのぉ…お主は…」
《…へへへ、ちよっと危なかったんだけどね。》
ーーーだな…だけどなんとかなったよ。リーナや学園長先生の協力あってこそ、倒せたんだと思う!!…しかし、なんだかどっと疲れたなぁ…
《…うん、当分は魔力を見たくないや…ハハ》
「お疲れじゃった!二人のおかげで、なんとか国が…いや、世界は守られたんじゃ。本当にありがとう!皆に代わって礼を言うよ。」
ーーーいいよいいよ!それよりさ、街の状況は?…みんな大丈夫なのか?
「…それなんじゃが、ほとんどのものが建物の下敷きになっておってな…生きてる者は少ない。息のある者も救助に時間がかかっとる状態じゃ…」
ーーー俺にできることは…?
「はっきり言おう…お主にできることはない。すまんな…範囲が広すぎる上に、瓦礫の量も多すぎるんじゃ。いくらタケシでも、広範囲の重力魔法なんか使えんじゃろ?」
ーーー広範囲の…重力魔法?なんだよ、そのわくわく感ハンパないフレーズ…
《グラビティだね。極大魔法の一つで、重力を操る魔法だよ。》
ーーー重力を操るとか…でも行けそうじゃないか?ファイアインフェルノ…だっけ?それも使えるレベルの魔力量を持ってたんだしさ、俺って。
「確かにそうじゃが…今回は単発で使うのとは訳が違うぞ。国全体という広範囲で瓦礫を持ち上げ、救助の時間を稼ぐ持続力と、その中から人々だけを助け出す精密性がないと…単発でも大量に魔力を消費するのに、広範囲で長時間となると…」
ーーーそれを聞いただけで、ハンパないことがわかったよ…でも、無理してでもできることはやりたい!俺しかできないならなおさらだ!!
《…だけど今度は本当に消えちゃうかもしれないよ!?》
ーーーいいんだ…さっきジマクに勝てたのだって、生徒達のおかげなんだ…気を失ってた時に何を見てたのか、薄っすらだけど覚えてる。生徒たちとの記憶だった…俺は生徒たちを守らなきゃならないんだ。
「タケシよ…すまん。」
ーーーいいんだ!学園長先生にもお世話になったし、短い間だったけど楽しかった。同じ教育者としてもっと話したかったけどね!
《タケシ…わかったよ。僕も手伝う!!みんなを助けよう!!》
ーーーおう!そう言ってくれると助かる!…しかし、極大魔法のグラビティか…どうやって使えば…
「私が手伝いましょう…」
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