颯爽ログイン! 〜お兄ちゃんっ子だって友達が欲しい!〜

 ◇ ◆ ◇


 再び目を開けると、そこは中世ヨーロッパ風の石造りの建物に囲まれた薄暗い路地裏だった。微かに湿気のジメジメした感じの匂いがする。VRだから匂いまで再現されてるんだね。……って、いやいや、こんなところに転送されても分からないし!


 とりあえず街の中心に向かわないと。ここだとプレイヤーに遭遇することも無さそうだし、なんか変な人に襲われちゃうかもしれない。

 私はあてもなく街をさまよい始めた。うーん、この街はどうやらかなりの広さがあるみたいだし、遠くに城壁みたいなのも見えるから城塞都市かなぁ。



 とか考えながら、とりあえず人を探してウロウロしていると、私は角を曲がった拍子に、変な人ふしんしゃに遭遇した。


 真っ赤で太ももくらいまでの長さはありそうな立派なツインテールに、同じく真っ赤なツリ目、腰には左右に赤い剣を差し、腰回りや腕に装甲をまとった美少女。頭にも赤と白を基調とした角とか耳とかよく分からないパーツがくっついており、おおよそ中世ヨーロッパチックなこのゲームには相応しくない見た目な気がする。

 しかもその胴体部分は、体に張り付くような白いバトルスーツに覆われており……なんというか…


「うわぁ痴女だ!」


「このオレに痴女とはなんだこのロリ巨乳!」



 ツインテ痴女は私の言葉を聞くと、ツリ目で私のことを睨みつけながらドスの効いた声で言い返してきた。こうなったら売り言葉に買い言葉! お兄ちゃんと毎日言い争って鍛えた私の口喧嘩テクニックを披露しないとね!


「あぁ? 痴女さんに言われたくないですねぇ!」


「うっせぇ! ロリ巨乳の分際で!」


 彼女は顔を真っ赤にしながら叫び返す。なるほど、語彙力が乏しいようだ。残念美少女というやつだろうか。いや、残念痴女? あ、痴女はもともと残念か!


「なんか失礼なことまた考えてただろ!」


「いや、ちょっと可哀想になって――」


「んだと!? てめぇ、ぶっ殺してやる!」


 ツインテ痴女が腰の剣のうちの1本を抜くと、真っ赤な刀身が輝きを放った。すごい、かっこいい! でもこれは絶体絶命かも。いつもの癖で煽ってしまったけれど、ゲームの世界だから別に殺し合いしても犯罪とかにはならないんだよね……ミスったなぁ気をつけないと。



「見たところ、お前初心者だな? 装備が初期だし」


「そうですけど」


「オレが『炎神(えんじん)』のホムラだって分からずに喧嘩売ってたのか?」


「わかりません! まだ初心者なんで!」


 エンジンだかモーターだか知らないけど、強いのは確かだと思う!

 実力行使に出られた時点で、どう考えても今の状況の主導権はツインテ痴女ににぎられているので、彼女の質問に真面目に答えていると、彼女はフッと笑って剣を収めた。


「――どうやら嘘はついてないようだな。街の中では基本的にプレイヤーがダメージを受けることはねぇ。そんなにビビらなくても大丈夫だぜ。マジで初心者だなロリ巨乳」


「えっ、そうなんですか!」


 そんなにビビってたかな私? 確かに死ぬのは怖かったけれど。


「あぁ、オレのこと知らないならしょうがねぇ。さっきの無礼は許してやる」


「ありがとうございますごめんなさい! いいおっぱいですね……じゃなくて、かっこいい装備ですね!」



 格上のプレイヤーに喧嘩を売ってしまったことと、街ではダメージを受けないことを知らなかったという二重の恥ずかしさに襲われた私は、ホムラちゃんのピチピチボディスーツによって自己主張している形のいいおっぱいのせいで、変なことを口走ってしまった。ホムラちゃんは突然頭を下げて訳分からないことを言い始めた私を呆れた様子で眺めていた。


 しかし、やがてまたフフッと笑ってこんなことを口にした。



「ロリ巨乳の名前を聞いてもいいか? なんかオレと似た空気を感じたわ」


「えっ、名前ですか?」


「そうだよ。ずっと『ロリ巨乳』って呼ばれ続けたいなら話は別だが……」


 そんなにロリではないし、そんなに巨乳ではないはずなんだけどなぁ……。


「ココア! ココアっていいます!」


「よし、じゃあココア。お前を男と見込んで頼みがある」


 私の肩に手を回しながら耳元で馴れ馴れしく呟くホムラちゃん。おい、ちょっと待て! ちょっと待てい!


「私、女の子! アイアムガール! 見ればわかりますよね!」


 そもそも男の子が巨乳なわけないし!


「あー、そうじゃなくて、リアルの話だよ。ココア、お前もTSしたクチだろ?」


「ん? てぃーえす? ってなんですか?」


 ホムラちゃんの口から飛び出した謎の専門用語に戸惑う私。当のホムラちゃんは、「なんだそんなことも知らないのか」みたいな表情になると、人差し指を立てて説明を始めた。


「要するに性転換。リアルでは男だったけどゲームでは女のキャラでプレイしていること。逆もまた然り」


「どうでもいいですけど『女のキャラでプレイ』って表現が卑猥ですね!」


「お前絶対中身オッサンだろ!」


 高速でツッコんでくるホムラちゃん。ていうか、いわれのないこと言わないで! なんで私がオッサン扱いされなきゃいけないのさ! 確かにリアルでもよくそう言われるけどそれは多分いつも一緒にいるお兄ちゃんのせい!



「違います! ピッチピチの女子高生です!」


「嘘つけ!」


「ほんとです! 見てみますか!?」


 私が、着ていた白いワンピースのような初期装備の服の裾をたくし上げようとすると、ホムラちゃんはわりと強い力で私の頭を叩いた。



 ――バシンッ!!



「痛い! 私、Mじゃないんで叩かれても特に興奮しないんですけど!」


「うるせぇ! 今までのやりとりでオッサン説がさらに濃厚になってきたけど、そこまで言うなら信じてやるわ」


 ホムラちゃんはやっと引き下がった。よし、お兄ちゃんに対抗するのと同じ戦法が効いている。叩かれるのは想定外だったけれど、街の中ではダメージを受けないというホムラちゃんの言葉は本当のようで、視線の左上辺りに表示されている緑色のHPバーに変化はなかった。


「ってことは、ホムラさんは中身オッサンなんですね?」


「まあ、オッサンというか男子高校生だな。わりと界隈じゃあ有名な話だけど。オレ、女の子言葉使うのが下手くそだったから直ぐにバレたわ」


「おぉ、男の子が作るとこんなに可愛らしいキャラクターができるんですね! 覚えておこっと」


「えっと、あ、ありがとう」


 思ったことを素直に伝えると、ホムラちゃんは満更でも無い様子で頭の後ろに手を当てる。意外と可愛らしい。



「――で、頼みってなんですか? オッサンじゃなくてもできることなら聞いてあげますけど」


「ん、ああそうだな。お前、初心者なら『初心者の証(あかし)』ってアイテムを持ってるだろ? いくらで売ってくれる?」


「へっ?」


 持ち物なんて見たことのない私は困惑した。


「ステータス画面を下にスクロールすると、装備欄があるだろ? そこにないか?」


「探してみます。……ステータスオープン!」



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 名前︰ココア

 性別︰『女』

 種族︰『ホムンクルス』

 ジョブ︰『闇霊使い』


 ステータス

 レベル︰1

 HP︰111

 MP︰10

 STR︰1

 VIT︰2

 INT︰1

 RES︰2

 AGI︰1

 DEX︰1

 RUK︰1


 スキル

【即死回避】 【幻惑】


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 あれ、レベル上がってないのにステータス少しだけ増えてる。あと、変なスキルが追加されてない? まあいいか、下にスクロールっと……。



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 装備

 武器︰なし

 頭︰なし

 体︰ぬののふく

 腕︰なし

 足︰なし

 装飾品(アクセサリー)︰初心者の証


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 おー、あったよ『初心者の証』! こんなのいつ配布されたんだろう? ステータスウィンドウの装飾品の欄に触れてみると、『初心者の証』の解説を読むことができた。



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『初心者の証』

 トロイメア・オンラインをプレイし始めた証。装備している間は魔法防御力が1上昇し、獲得経験値が2倍になる。プレイ開始から1週間が経過すると自動的に消滅する。


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 え、強くない? 初心者目線だとこの経験値2倍っていうのがだいぶ壊れ性能な気がするよ? ステータスアップもついてるし。多分、さっきのステータスの微上昇も、装備品によるところがあるのかもね。いい装備揃えたいなぁ。



「ありましたよ?」


「オレたちベータテスターは、ベータテストの時のステータスと装備を引き継がれる代わりに、『初心者の証』を貰えなかったから、レベル上げのために譲ってくれねぇか? 1万ゴールドまでなら出すし、金がダメならレア装備でもなんでも出すから、頼む! お願いしますっ!」


 両手を顔の前で合わせて頭を下げるホムラちゃん。彼女のツインテールがスルリと前に垂れた。その様子が可愛くて……少し揺らいじゃう。でも――




「――ごめんなさい。それはできません」



 私はキッパリと告げた。

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