バスバス走る

季節は春かもしれないし、夏かもしれないし、秋かもしれないし、冬かもしれない。つまりは外の景色なんてそんなに興味がなかったの。


私の興味は昔から道を走るバスに向けられていた。

変わってる? ないない、全然変わってない。いたって普通の女の子ですよ。

え? 普通の女の子は携帯の待ち受け画面をバスにしない? いやいや。最近の女の子はこういうのが流行りなんですって。

は? 私だけ?

それならそれでいいじゃないですか。

私はバスと、それに乗る車掌さんが好きなの。


それがいつもの私流自己紹介。

髪を赤いシュシュで纏めて、にっこり笑顔で「一昨日来やがれ」を投下する男勝りに強気な女の子。それが私、留華だった。

お名前は可愛らしいのにね、と思われるのが通常化されつつある私の趣味は、町内バスに乗ること。


私の地元である桜ヶ原には、ずっとずっと昔から町内をぐるぐる回るバスがあった。

それは多分、私が産まれるよりももっと前。もしかしたらお母さんやお祖母さんが産まれるよりも前からあるバスなのかもしれない。町の歴史書にも詳しく書かれていない、そんな不思議なバス。

家の押し入れにひっそりと仕舞われている家族アルバムにも、もちろんそのバスは登場する。

まだ、写真がモノクロの時の一枚。お祖母さんに抱き上げられたちっちゃなお母さん。その後ろではバスが静かに停まっていた。

お祖母さんの位置へお母さんが。お母さんの位置へ私が収まっても、そのバスは同じように停まっていた。


桜の花びらが車体に散りばめられた白いバス。それが小学校の前に並ぶ桜並木を潜るのを、私は一等好んだ。

ランドセルを背負って桜吹雪の中からバスが顔を出すのを何度も何度も見た。

薄桃色の世界からバスと一緒に抜け出すのを、運転席のすぐ後ろから楽しみにしていた。

そして、その車掌さんの車内アナウンスを聞くのに何より心を弾ませた。

「間もなく停留所ー。お降りの方は大切なもの、お忘れなきようご注意ください」


昔も今も変わらないその車掌さんに、私は恋をした。




それじゃ、始めよっか。


私の話は恋の話。

男子諸君。寛容な私なので途中退席は認めます。しっかーし。復帰は認めないのであしからず。

女子のみんなは最後まで付き合ってくれるって信じてるっ!


ではでは!







こほん。

昔むかしあるところに少女Aがいました。

Aちゃんはバスに乗るのが大好き。

しかし、ある時乗ったバスで嫌なことがありました。痴漢にあったのです。

意外と可愛らしい顔をしていたAちゃんは中学の制服であるセーラー服の上から体を触られ、とうとうスカートの中に手を入れられ下着越しに女の子の部分を撫で回されてしまったのです。なんて可哀想なAちゃん。

恥ずかしくて怖くて声もあげられなくて、ただただ鞄を抱き締めて唇を噛むしかできませんでした。そして、不幸なことにかなりの人数で車内は埋まっていたのです。ぎゅうぎゅう詰めの中では一緒にいた友人もAちゃんの様子に気がつくこともできませんでした。

ああ! なんて可哀想なAちゃん!

そして、バスはある停留所に停まりました。誰も利用しそうもない、一日に一回バスが来るかどうかのバス停でした。周りに住宅地もありません。本当になんにもない場所でした。

でも、なぜかバス停があるんです。

そこには誰も乗るために待ってはいませんでした。もちろん誰も降りるはずありません。

でも、バスは停まりました。

そして車内アナウンスが流れたのです。


「そこの痴漢野郎。すぐに降りろ」


乗っている人たちは何のことかわかりません。顔色を変えたのはAちゃんと痴漢野郎だけ。

車内はザワザワしています。

Aちゃんは血の気が失せた真っ白な顔をして固まってしまい動けません。

何も言わなければ気づかれないとでも思ったのでしょうか。ふざけんな××××野郎。

おっと、失礼しました。


誰も降りないので、間違いだったのかな? と誰かが言い出した時です。実は後から気がついたんだけど、その言い出しっぺは痴漢野郎だった。

それはともかく。

その時、前の方から失礼します~って言いながら誰かが人を掻き分けて後ろの方に向かってやって来ました。

誰でしょう。車掌さんです。車掌さんがAちゃんの方へ、痴漢野郎の方へ直接やって来たのです。


狭いのに!


いやいや、狭いのはいいんですよ。

ぐいぐい人を掻き分けてやって来た車掌さんは、なんと痴漢野郎の肩をひっ掴み


「お前のことだ。とっとと降りろ」


と言いながら外へ放り出したのです!

何が起きたか解らない乗客たちはえ? え? え? と驚きと動揺を隠せません。

放り出された痴漢野郎は外で何か喚いています。

Aちゃんはというと、安心して泣き出してしまいました。その様子を見て、誰もが痴漢野郎に殺意のこもった目を、


そこまでじゃなかったっけ。てへ☆


軽蔑に軽蔑を重ねた目でそいつを見下しました。

↓Go to hell ! ↓


車掌さんはAちゃんを他の女性客に押し付けて前へ戻って行きました。

当然でしょ?! 車掌さんは男性だったの! 痴漢された女の子の対応なんて出来ないよ! 過敏なお姫様を眠らせるには、王子様のキスより馴染んだ乳母の子守唄の方が安心できるの。

だから、これは適切な処置なんだって。

でもね。車掌さんはそこから離れる時、Aちゃんに飴玉を投げて寄越したの。

カッコよくない?


そして、そのバスは痴漢野郎を置いて華麗に去って行きましたとさ。


ちゃんちゃん♪




というお話でした。

このAちゃんは私の従姉妹なんだけど、丁度このバスに幼稚園児だった私も乗っていたんだ。

大人ってこわい! 男の人ってサイテー!

それと、バスの運転手さんって格好いい!

それが、私のバス好き道の始まりです。


痴漢野郎を残して発車する時、車掌さんはクラクションを鳴らしてこう言ったよ。

「一昨日来やがれ」




笑わないでよ、みんな!

気付いたでしょ? これが切っ掛けで口癖になったんだ。今でも使う、私の口癖。


この頃はまだまだ私も小さくて、両親も祖父母もいて、大人に囲まれていたせいかこの車掌さんに対しては憧れしか持ってなかったんだと思う。もともとバスが好きだった。でも、もっと好きになるきっかけをこの事件は私にくれたんだ。


名付けて痴漢野郎グッバイ事件。


ほら、そこ! 笑わない!

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