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 なぁんてね。現れるわけないんですよ。所詮はオカルト好きの戯れごと。それに騙され翻弄されるのはなんとも見てて滑稽なものです。おや、浮かない顔をしてますね。それもそのはずですか。そうするように私が仕組んでいるのですから。


 そもそも、彼らが行った「六芒の儀式」にはいくつかの欠陥があるのです。いや、正確には「浅馬の唄」に伝承された内容は確実に悪魔を喚び出す方法ではないのですよ。


「六芒の儀式」を行うための条件。確かに「浅馬の唄」に書かれていた内容は少なからずとも合っています。六人が円形に座って六芒性を一筆書きで描くような順番で怪談を語る。その噺の中にそれぞれ七つの大罪のうち憤怒を除いた六つを一つずつ入れなければならない。まあ、憤怒でなくとも喚び出したい悪魔に応じて変えればいいのですが、そこは些細な事なのでスルーしましょう。


 ここまでが二番も含む「浅馬の唄」に隠された「六芒の儀式」の秘密でした。ですが、それに加えてあと二つほど条件がございます。


 一つはその罪を唆す存在が噺に登場すること。「六芒の儀式」の悪魔が降臨する理論は、調和の取れた六芒星を一体ずつの悪魔、もしくはその影響を受けたものによって崩していき、一時的に「あちら」とこちらを繋げるゲートを作る事なのです。なので、噺の中で悪魔、もしくはその影響を受けた者の存在を組み込まなければなりません。


「悪魔の影響を受けた者」とは誰なのか疑問に思うかもしれません。はっきり言って、それは誰にでもなり得ます。悪魔は人に罪を犯すよう唆す存在。人間であれ、本人に自覚はなくても、誰かに七罪を唆した人間は誰だって「悪魔の影響を受けた者」なのです。


 二つ目は至極単純です。それは、噺の全てがどんな手段を使っても証明できない不可解な現象であること。そうでしょう。説明のつく怖い噺をしたところで、それは均衡の取れた噺。調和を崩すくさびにはなり得ません。


 以上の条件がこの「六芒の儀式」には必要だったのですが……、今回はそれが満たされていなかったようですね。ましてや後者の条件なんか一つしか達成しておりませんでしたから、そりゃ出てくるわけありません。


 なので、ご安心ください。あなたが参加したのは「六芒の儀式」もどきの余興でございます。


 どれがどのような内容だったかは私の口から言うのは興醒めというものでしょう。ヒントはパンフレット後半にありますので、ぜひ一考なさってください。


 さてさて、これであなたは「六芒の儀式」に参加していないことが証明されました。ですが、何かおかしいと思いませんか? 何か心残りがありませんか?


 最後に行方をくらましたサカモトという人物。察するに彼の正体は皆さんお分かりだと思いますが、ではなぜ正確な「六芒の儀式」が執り行われていないのに彼があの場にいたのでしょう。


 いや、もっと根本を考えてみてください。彼はテープが始まる前から部屋にいました。それは矛盾してないでしょうか。悪魔は「六芒の儀式」で喚び出されるはずなのに、その前から存在するなんて不可解極まりないでしょう。


 となると考えられる答えは自ずとはじき出されるでしょう。そうです。サカモトはこの儀式が始まる前に召喚されていたのです。いつ召喚されたのか、それはもうお分かりではないでしょうか。あの夜、偶然にも彼らは「六芒の儀式」を成立させてしまったのです。


 そこに現れた「彼」を母親は息子が帰ってきたと思ってしまったのでしょうね、自分を殺すよう懇願した。「彼」はその望みを受諾してその場にいた全員の命を奪った。考えてみてください。民宿を燃やさずに焼死体をその場で作るなんて、炎を操れないと不可能ですよね。


 兎にも角にも、警察は「浅馬不審死事件」は宮坂陽子による無理心中と結論づけました。なんとも滑稽なものでしょう。少し考えれば、その結論がおかしいことだと分かるのに、彼らは気づかなかった。「彼」に認識を阻害されていたとしても、警察がこの体たらくでは「彼ら」もやりたい放題ですな。


 事件の被害者たちがなぜ「六芒の儀式」を起こすことになったのか。私は知りませんし、これ以上詮索するのは安らかな死を迎えた彼らへの冒涜でしょう。死者の傷口に塩を塗るほど虚しいことはございません。


 おや、申し訳ございません。最後にネタバラシのように間髪入れず喋ってしまいました。


 あなたの頭の中はどうなっていますか? 


 混乱してますか?


 腑に落ちていますか?


 どっちにしろ、酸鼻と緩衝が入り混じったこの舞台に些か負の感情を抱いているのではないでしょうか。ご安心ください。それも全て計算通りでございます。私はあなたから生まれたその負の感情を舐めるために、この舞台を開いたのですから。


 ああ、つい興がのってしまい、長く語りすぎてしまいました。終幕の挨拶ほど無駄な時間はございませんのに。引き止めさせてしまい、大変申し訳ございません。ここらで幕を下ろさせていただきます。


 え? 私の名前ですか?


 それはパンフレットの方に載っていますので、そちらでご確認ください。私の方からこれ以上申し上げるのは野暮なものですから。


 以上で閉幕となります。


 改めまして、最後までご覧いただきありがとうございました。

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