第10話 学園前は大混雑。



 第一皇子が入学する今年度の入学式典は最大の厳戒態勢が敷かれた。


 騒然としている学園前の混雑を解消させるまで、サフィリーンは待機させられている。

 馬車は皇族専用の最高品質の馬車なので、長時間乗り続けても負担のない素晴らしい代物だ。

 文句など出ようもない。

 ただ、クロード皇子と二人だけの馬車内に少しばかり…疲れるだけで。


 先程から何度も私を膝に乗せようとするのが…疲れるのだ。

 ここは公爵邸じゃないのだから我慢して欲しいと言ってるのに、しつこいのだ。

 誰のせいで馬車で待機させられているんだか理解して欲しい。




 今、インフィリア皇立学園前は押し寄せた平民や学園に関係のない貴族が待っている。

 勿論、全員、第一皇子目当てだ。



 貴族や平民、老若男女問わず皇国一の人気を誇る皇子。

 絵姿は飛ぶように売れ、新作にはプレミアムが付く。



 これ程の人気を誇るのは、人外めいた麗し過ぎる容姿だけではない。


 理由はいくつもあるが、そのひとつに―――


 クロード皇子が、今よりもっと幼い頃、インフィリア皇国の生活を更に豊かに押し上げた提案を、皇帝の耳元でこっそり囁いた。


 囁いたのは、食糧保存の魔法である。

 その魔法を主軸に魔道具を2種類開発され、皇国の豊かな土地に山ほど実るが、売れなかったり処理しきれなかった作物達は廃棄せざるを得なかった。開発された魔道具2種は腐敗の時間を遅らせたる事が出来た。

 凍らせれば3ヶ月程の保存出来る。

 そんな夢の様な魔道具は、当然裕福な貴族のみしか使用されず、保存出来れば1番生活を安定させられる平民は見ることすらない代物になると予想された。


 高額になると予想されたそれら2種は、平民も使用出来るように、魔道具本体を国が貸し出し、平民は動力源である魔石に魔力を補充するだけでいいと通達される。

 魔石が壊れた場合は壊れた魔石と交換で市場の半値以下で購入する事が出来た。


 皇国も有事の際の国庫で保管してある食糧備蓄の保存期間の延長が叶い、予算を半分近く浮いたのだ。その浮いた予算は平民が購入する魔石の購入補助金に充てられた。


 解読が難しい失われつつある古代魔法をいくつか解読成功させ、それが皇国に張り巡らせている防護障壁を強化し、結界として張る事が出来た。これで国に生存している魔物などの力を削ぐ事が出来、隣国から紛れ込む魔物は弾く事が出来るようになった。



 ただ、国に3名いる辺境伯は、やり甲斐が薄れたことに消沈した為、戦力の弱い貴族の領地に国から派遣して貰い魔物討伐に勤しんだ。

 脳筋は大変である。



 大きな変化があったうちの2つだけれど、これ以外にもいくつも画期的で大胆なクロード皇子の助言や立案で、皇国はさらに富み民は憂いなく毎日を謳歌出来ているのだ。

 崇拝されても仕方のないことだろう。

 クロード教という宗教が生まれない事を祈る。



 と、この騒ぎの元凶をジト目で見つめつつ回想していた。



「クロード様、ここでは膝に乗るのは嫌だとお伝えしているではありませんか。

 我慢してください。」


「折角の二人きりだよ。いつもしてる事じゃないか。馬車に乗ってからずっと丁寧な言葉遣いにも傷つくし。サフィ、癒して。」


 ちょっぴり涙目で顎を引き、あざとく上目遣いまで…

 自分の顔面の使い方をよく分かってらっしゃる。

 サフィリーンは、このしつこいやり取りに白目を剥きそうだ。


「はぁ……分かったわよ。クロ。」


「サフィ!」


 ババッと素早い動きでサフィリーンの隣に座る。

 最上の宝物に触れるようにそっとサフィリーンを持ち上げ、クロードは膝にサフィリーンを乗せた。

 優しく両腕をサフィリーンに回し、キュッと抱きしめた。


「ああ…サフィの香りだ…」


「気持ち悪い事言わないで」


「ずっと嗅いでいたい…」


「頭頂部に頬を擦り寄せないで!髪型が崩れちゃ…」


「大丈夫だよ。僕が全部やってあげられるから。サフィの髪も化粧も着付けも何だって出来るように学んだから。」


「…髪だけでお願いね。」


(何なの…学んだって…)


「早く混雑が解消しないかな。入学式典の時間大丈夫なのか心配だよ。」


「まだまだ解消しなくていいかな。むしろずっと…嗅いでいたい。」


「はいはい。」


 クロード皇子の変態発言をサラリといなして、サフィリーンは溜息を呑み込む。


(普通にしてくれたら、たまにドキドキするのにな。ちょっぴり変態よりの愛が大きいからときめく暇がないわあ。)



 サフィリーンは気付いていない。

 クロードが変態発言をする度に強ばった体から力が抜け、クロードに身体を預けていることを。

 サフィリーンの重さが増え、クロードはサフィリーンの頭の上で蕩けるように笑った。

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