魅了魔法…? それで相思相愛ならいいんじゃないですか。

いぶき

第1話 異世界転生したら婚約者は皇子がお約束なんですね。

 降り注ぐ陽射しを浴びて輝く白金の髪、白皙の頬を仄かに薔薇色に染め、一見すると冷酷に見える美しい切れ長のアイスブルーの瞳は甘く蕩ける。

 神が作りうる最高傑作であろう麗しい美貌は、今、熱に浮かされたような火照りを感じさせ、それが強烈な色香となり、その場に居る者すべての視線を独り占めした。

 誰もが言葉もなく魅入られるように見つめてしまう。


 そして、その色香を醸し出す男の婚約者である私。

 その男は私では無い女に向けて甘い微笑みを浮かべ見つめていた。


 かつて私の定位置であった彼の右側は、最近はその女の定位置になりつつある。

 女は甘い空気に酩酊するような表情を浮かべながら、グイグイと男の右腕に胸を押し付けているのが見えた。


 私は見てはいけない物…そう猥褻物でも見てしまった気になり気まずげにツイッと目を逸した。





 クロード・レイ・インフェリア、大国インフェリア皇国の第一皇子。

 神が作り給うた最高傑作の美貌と、皇帝たる者に相応しい明晰な頭脳、表面上の性格も穏やかで優しい。

 正に乙女の理想をすべて詰め込んだらこんな風になりました。を地で行く様な完璧皇子だ。

 そのパーフェクトな第一皇子は、私、サフィリーン・ル・オルペリウスの婚約者である。

 

 伴侶が完璧ってプレッシャーでしかない。

 私は凡庸だと自覚している。

 凡庸な人間が完璧人間の域まで上がるには相当な覚悟を持って挑まなければならない。

 全てを捧げてその地位に相応しい人間になりたいという権力欲も、皇子を熱愛した事による妃の座を願うということも、皇子にそういう意味では惚れてない私にはやる気スイッチにならない。


 そして、私の生家もこれ以上の権力はいらないから、皇妃の座に固執していない。



 なぜ婚約者になった事には逃れられない原因がある。


 第一皇子は次期皇帝…その婚約者は当然ながら皇妃。

 


 誰にも言わないから申してみよと言われて本音を言うなら、そんな立場は激しくお断り申し上げたい。

 逃れられない原因が私が選ばれた理由なんだからどうしようもない。

 


 今は別の女に夢中だから、過去に夢中になった女との婚約などそろそろ解消して貰えないだろうか。


 魔術が介入した痕跡があるから、もしかしたら皇子の本意ではない行動なのかもしれないけれど、

 正直、もういいかなって思わないでもないのよね。

 そっとしておいてあげようって思い始めている。

 だから、魔力痕跡が見られる事は誰にも話していない。

 だって、今更他の女の手垢塗れの男なんて嫌ななんですけど……


 


 おっと、口が悪いですわね、おほほほ……はぁ……婚約解消したい。

 そして、全て忘れたい。






 ◇◇◇◇◇



 


 話は変わるけれど、私は転生者だ。

 話の流れをすべてぶった切る事になったけれど、前世の記憶がばっちりある転生者である。


 地球という星に産まれ、日本という国の女子高校生だった私は、高校卒業間近で事故により天寿を全うした。

 事故によっては分かっているが、どんな事故でどんな風に死んだという記憶だけはスッパリと抜けているので、多分思い出したくないくらい嫌な死に方だったかもしれないので、これからも思い出さないよう厳重に記憶に鍵をかけて下さいお願いします、神様。

 居るかどうか分からない神様に祈ってみた。


 こんな西洋的な文化の国では無かった為、思い出した当初はひどく混乱した。

 記憶にある自分の顔と、鏡に映る自分の顔が違い過ぎて、鏡を見ながら号泣した事もある。

 朝の支度の時だったので、メイドが取り乱して母様を呼びに言ってしまったのは申し訳なかったなー。

 母様に抱っこされて背中を擦られてるうちに落ち着くという事を、それからも何度か繰り返した。

 あ、転生したんだ!そっかー!とすぐに前向きにはなれないよ、うん。


 転生前の記憶が蘇ったのは3歳の頃。

 母親が所持している大きな宝石がついたブローチを口にして遊んでいて、そのままゴクンとしてしまい、当たり前だけど喉に詰まらせた。

 呼吸の出来ない苦しさで身体が痙攣する。

 絶望の悲鳴が部屋中に飛び交う中、逆さ吊りにされ上下に振られ、背中をバンバンと叩かれ……その衝撃でぽろりと口からブローチが落ちた。

 ふえええんと大声で泣きながら一生懸命に酸素を肺に取り込む。

 薄っすらと見え始めた三途の川から戻ってこれた安心感で、またふえええんと泣けた。

 小さな子が口に入れられる物を置いていちゃいけません!と、三途の川から戻ってきた直後思ったのが最初。

 そこからあれよあれよと記憶の奔流にさらされ、2日程意識不明になった。

 幼い脳のキャパを超えた情報量だったのかもしれない。


 幸いな事に3歳までの記憶も所持したまま前世の記憶が上手いこと融合してくれたので、父親も母親も兄も自分の家族だと理解出来たし愛を感じる。

 愛しているけど、前世で全くお見かけしたことのないアニメや漫画でしか見ないような髪色と瞳の色を見てしまうと、

『あ、異世界転生ってやつですね』とすんなり理解した。


 鏡を見て号泣を何度か繰り返して、自分の中でキチンと折り合いがついた後は、神が居るかどうか分からないが、新しく貰った命を大切にしようと決心して、親孝行と兄孝行に励んだお陰で、物凄く仲の良い家族になったと思う。


 勿論、ラノベなどで見かける異世界転生チートは、神の采配かどうかは謎だけれどしっかりと私にも適用されていた。

 転生チートは時々使って我が領民を幸せにするべく公爵領にせっせと貢献していたけど、その話は長くなるので割愛。



 騒がしい記憶が蘇って1番最初に嫌だなーと思ったのが…第一皇子の婚約者内定だった。


 長い歴史を誇るオルペリウス公爵家の長女としてこの世に誕生した私は、女児であると確認された直後に第一皇子の婚約者として内定した。

 オルペリウス公爵である父はインフェリア皇国で宰相職に就いている。

 王族の次に権力を有しているのは間違いなくオルペリウス公爵家である。

 しかし、権力を有してるから婚約者になれるという訳ではない。


 偏った権力は他貴族家の不満から、取るに足らないにしても内乱が興る可能性もある。

 パワーバランスを考えるなら、もう少し力の弱い侯爵家の令嬢を婚約者に据えてバランスを取る方がいい。


 ――が、困ったことに高位貴族には令嬢がオルペリウス公爵家にしか誕生していない。


 男爵子爵などの下位貴族にはたくさん居るし、伯爵家もそれなりに誕生していたが、皇国法では皇帝の皇妃は高位貴族出身以外は認められないと定められていた。

 裏技として下位貴族の令嬢を高位貴族の養子にするという方法も取れなくもないが、それは最終手段である。


 ここからが、まさに異世界転生の真骨頂なのだけれど…


 高位貴族でなければならない最大の理由――


“この世界には魔力と魔法があり、王族と婚姻を結び子を成すには魔力の器が大きく、魔力の高い令嬢でなければならないからだ。”


 これに尽きる。



 この皇国で、魔力の器も魔力量も1番多いのは勿論王族で、その後に公爵などの高位貴族が続く。


 下位貴族は魔力量が多い子供が時折産まれるが、器となると血筋に由来するのか小さい。

 よって、最終手段を使ったとしても、子を成す事がとても大変になるのだ。


 数撃ちゃ当たる理論を実行したとしても、側妃や愛妾をたくさん囲って毎日のように励み、1人産まれるまでに何年かかるだろうか…である。

 それくらいに大きさに見合わない者同士の子作りは困難なのだ。


 どうしたって器に見合った伴侶が必要なのだ。



 そして、大は小を兼ねるというが、下位貴族の器の小さい子息と高位貴族の器の大きい令嬢では問題無く子を為せる。

 魔力量に対して受け止める器が大きいからなのかもしれない。

 だから高位貴族の令嬢の誕生はどの貴族からもとても歓迎される。

 子を確実に為せる存在だから。


 正直、前世の日本の価値観を持つ私からすると非常に不愉快な扱いだけれど、この世界では「確実に子を為せる存在」である事誇らしい事であるらしい。

 子作りマシーン扱いで、1人の人間として扱われてない気がして、私は嫌なんだけど。

 国も変われば価値観も変わる、まして世界ごと変わったのだから、仕方のない事なのだろう。


 取り敢えずは様子を見るということになり、私が5歳になるまでに他の家(公爵とか侯爵などの高位貴族)に女児が誕生しなければ、私で確定だったという。

 誕生していれば婚約者候補として囲い込まれ、1番利がある家か第一王子が望んだ令嬢が婚約者になっていたらしい。


 第一王子からすれば私という存在は、物心ついたらすぐ勝手に決められた婚約者であり

「器適正の為の政略結婚。丁重に扱いはするが…私の愛は求めるな。」な、貴族の婚姻によくある関係性になるだろうと思っていた。

 魔力の器の関係は厄介だし、王族は次代を作る事は必須だから。

 転生前を知ってる私からすれば、恋愛結婚が当然の世界だったから、愛の無い婚約者なんて冷たい関係しか浮かばなかった。


 公爵令嬢っていう肩書きもプレッシャーだったのに、さらに皇太子妃って嫌だわー…

 令嬢産まれなさすぎて私に決まるとか逃げられないじゃないの…。


 数年後には、もしかしたら数人誕生してるかもしれないし、その時はサクッと解消しましょう。





 憂鬱だった心の伴わない婚約関係は、蓋を開ければ溺愛につぐ溺愛で。

 グイグイくる皇子に押され気味な毎日を送るなんて、想定外。


 婚約成立時、第一王子6歳、私が5歳。

 幼い二人に配慮して、婚約式は50人規模程度のものになった。



(いや配慮してないでしょ!? )


 と、私としてはおどおどと怯える人数であったが、王族と公爵家の婚約式でこの人数は少なすぎると母様は言っていた気がする。


 私の家族以外は全員カボチャに見えると思うことにした。

 前世の時も大変お世話になった意識の逸し方だ。


 婚姻でもないのに大々的にしすぎじゃない? 前世ならちょっとした結婚式レベルの人数ですけど。

 婚約式を迎えるまで、こんなにたくさんの知らない人の前で注目されたことがなく、カボチャだと言い聞かせてるといえ、とても緊張する。

 口から心臓が出そうって言葉が頭に浮かんだ。



(うん、心臓でそー…)


「…カボチャ、カボ…」


 ぶつぶつと言いながら自分と皇子のお披露目の出番を待っていた。


 隣に立つ皇子が「カボチャ…?」と得体の知れない物に思わず言ってしまった台詞みたいな言い方で呟いている。

 右側に皇子が立って二人並んでいる為、右の横顔に刺さるような視線を感じるが無視した。




 前世、平民中の平民だった私にとって、定番中の定番である転生後の皇子の婚約者という、なにそれおいしいの的なテンプレートに余裕がないのだ。




 だから、カボチャ…?ともう一度呟いた皇子の瞳が、やけにギラギラしていた事も気づく訳ないのだ。

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