0017(1) 羽撃く

 群れになった異形シンズが発見された。母体となる大きな集合体から切り離された考えられており、同系統の小さな群れが複数確認されている。

 今回の依頼はそれらの討伐、母体となった中心にある群れの発見と調査――そして、可能であればその場での排除、だ。

 最長五日として計画が立てられた大きな依頼だ。複数のチームが組み込まれており、狼にも招集がかかっている。

 招集に応じたセガルタとウォルフは、日持ちのする食料など携行品をしっかりと積んだ小型トレーラーで現地に向かっている最中だ。町からも離れた場所になるため、移動時間も長い。朝に出て、もう昼が近い。

 くああ、と大あくびをするセガルタを横目に、ウォルフがゆっくりとブレーキを踏んだ。運転席と助手席の間に放ってある地図を開く。

「ビーコンの範囲内に入ったぞ。集合地点は……もう少し北か」

 目標の地点になっている信号を拾ったのか、ダッシュボードの上に置いた端末が小さなランプを点滅させている。

 地図上の目標地点も確認したウォルフは破れそうなそれを隣の相棒に押し付けた。現在地を人差し指で示す。

「んー。……えーっと。あそこの角を左に曲がろう」

 走り出したトレーラーに揺られながら、セガルタが前方の角を指差す。あまり使われない道なので、道が悪い。大きく揺れては視界の地図がぶれて見えた。それでも酔うことなく、セガルタは地図に書きこまれた情報を読みながら正面の道を見比べる。

「まっすぐ行けるといいのにな。崩れているらしいから、そこも曲がって。右」

「そこってどこだ」

「あの、屋根が潰れて、そこから木が生えてる家の角」

 セガルタは半壊の家を指差し、そのまま「あ!」と大声を上げた。彼が車の停止を求めるよりも早く、ウォルフがブレーキを踏んだ。たった一文字で相棒が何を発見したのか分かるのか、彼の指先をなぞるように視線を向ける。

「どこだ」

「あそこ。木の影に隠れた」

 もう一度指差し直し、セガルタは助手席と扉の間に手を突っ込んだ。そうしながら扉を蹴るようにして開け放つ。手にはすでに細身の剣が握られている。

「ウォル」

「ああ。行け」

 セガルタがトレーラーを飛び出し、指差した方へ駆け出した。

 今回の目標である小型の群れだ。猿のように手が長い、が、普通の猿はあそこまで手が長くない。足と胴を足したよりも長い手をしたシンズだ。

 群れのボスらしきは何体かを取り巻きにして屋根の上にいたが、小さく若い個体は塀の上に下りてきていた。無駄に長い手を広げ、剥き出しの牙からキーキーと威嚇音を出している。

 ビーコンの範囲内に入ったのなら通信も可能だ。ウォルフは先着チームに現状を報告しているだろう。その間、相棒からのサポートはない。武器も後ろにはたんまりと積んでいるが、助手席に持ち込んでいたのはこの細身の剣一本で、後は腰に挿している何本かのナイフがあるだけだ。

 さあ、何体を狩れるかな。

 なんてことを呑気に考えながら、キーキーギャーギャーと煩いシンズを睨めつけ、片手でナイフを抜いた。一番手前、まっさきにこちらへ飛びかかろうとしているシンズに向かって投げる。

 屋根の上の何体かは大声でがなりたてたが、こちらに下りてくる気配はない。その代わりか、その叫びに背中を押された数体がさらに道へと飛び降りてくる。

 負傷したシンズが肩のナイフを器用に抜き、これまた器用にナイフを振り回した。腕の関節が猿とは異なるのか、やけに曲がる箇所が多く、角度もおかしい。読みにくい動きはしているが、セガルタは小さなナイフ一本に怯えてしまうほど繊細な性格はしていない。

 がむしゃらに腕を振るうシンズの腕を、切り飛ばす。

 ギギ、と赤い目をぱちくりさせるシンズへ、更に剣を滑らせた。首を掻っ切ったセガルタの緑の視線はすでに次に狙いを定めている。

 落ちたナイフを回収するためにしゃがんだ瞬間、頭上を弾丸が通り抜けた。狙っていたシンズの頭が弾け、にいと唇と吊り上げる。

 群れのボスが叫んだ。こちらへ下りかかっていたシンズも、それを聞いて引き始める。

 セガルタはもう一体に剣を突き立てながら、屋根を仰ぐ。ボスを討てばこの群れは散るだろう。群れで最も強いのがボスだと相場が決まっている、戦力を削ぐにも丁度いい。

 くるりと手元のナイフを回し、持ち直した。

 同時に、銃声。屋根の上で黒の血が弾ける。

 セガルタはそれを見届け、逆手に握り直したナイフを横から飛び込んできた一体に深く突き立てた。そして、背後からの一体には踵を打ち込む。鋭い爪がズボンをかすめたが、肌には届いていない。布地だけがぱっくりと口を開く。

 ボスを失った群れが崩れていく中、セガルタは更に踏み込む。崩れたブロックを足場に、塀に飛び乗る。

 怒りのままこちらに牙を剥く数体に、鋭い笑みを向けた。



 セガルタは討伐したシンズを数えながら一箇所にまとめ、専用の着火剤をぐちゃぐちゃに撒いた。

 少し前にこちらへ合流してくれた別チームと最小限に無難なやりとりをしながら、火をつける。到着前にご苦労さま、どーも大したことないよ、これで少し数が減ったな、ああうんそうだね――なんて交わしながらウォルフを振り返った。

 彼はすでに先に到着していた知ったチームたちと情報を共有している、だけならよかった。しかし、そこにあるのは知ったチームだけではなかった。

 見慣れない顔がふたつ。だが、全く知らない顔ではない。所属も当然のように知っている。

 も来ているんじゃないだろうな、と気分が曇る。黒く染まった指をぴっぴっと振って血を飛ばし、頭のフードをぐいと下げてウォルフの方へ向かう。

「ご苦労さまです。腕前は相変わらずのようで、ゼロ」

 近づくと、声をかけてきたのはウォルフではなく、その隣にいる女だった。誰にでも堅苦しく接する彼女に、貼り付けた笑みを向けて肩を上下に揺する。

「……どーも」

「ただ、単独行動は控えてください、今回のように合同で動く場合は特に。連携が必要な場面もありますから」

 待っている間にシンズが逃げても文句を言うんじゃないのか、とは口に出さない。が、ウォルフには声なき声が聞こえていたらしい。くつくつと笑っている。

「群れも俺たちに気がついていて、あのまま睨み合っていても仕方がなかったんだ。あのまま逃がすよりは狩ったほうがいいと判断した。次からはその忠告も頭に入れて動く」

 自身が思っていることを二倍にも三倍にも膨らませてくれたウォルフに、今度はセガルタが小さく笑う。彼が手渡してくれたタオルで顔を拭って、それを隠す。

 そうしながら、改めて異質な二人をみた。

 適当な、それぞれの格好をしているセガルタたちとは異なり、二人は揃いのジャケットを羽織っている。黒が飛び散るここでは似つかわしくない白地のジャケットだ。そして、彼女らが首から下げている認識タグは金色に輝いている。

 加護持ちヴェールが町の外で活動する時に必ず身につける認識タグだ。セガルタも例に漏れず首輪につけているが、その色は安っぽい鈍色だ。

 それが金色というだけで、それぞれケージに登録した町を守るために動き回る一般的なヴェールとは異なる二人だと分かる。

 白と金は、羽付きエンゼルの証だ。強い加護と実力を備えた、教会クレイドル直下のヴェールである。ケージに関係なく動き回ることができ、より厚い保護を受けている。

 そんな彼女らがこうやって普通の依頼に紛れることは少ない。人手が足りないケージへ派遣されることはあるが、今ここで受けている依頼は何も不足していない。

 セガルタの、どうしてこんなところにいるのか、という疑問が透けて見えたか。女は僅かに肩を上下させた。

「ヴォードには説明しましたが、抜き打ちの視察です。ちょうど長期の依頼が発行されていたのでねじ込んでいただきました。あなた方も丁度この作戦に入っていましたから」

 ふ、と笑った女は短い金髪をさらりと耳にかけた。

「大丈夫ですよ。イーガン副隊長は今回、別のケージを担当しています。ゼロ、あなたと顔を合わせることはまずありません」

 ルイーザ・リリー。

 彼女は羽を広げるような優雅さで、細い指をセガルタに向けてきた。渋々といった様子で差し出した右手を、ぐっと握られる。

「では。今回はよろしくお願い致します。私たちのことはお気になさらず、いつもの調子で依頼をこなしてください」

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