~青いヘアピン~



「はやくしないと遅刻するわよ」

ドアの前で髪をまとめあげる詩織は言った。

「怖いの?」

まだベッドの中に潜り込んでいる彼に言う。

「いつまでもそうしてたって何も解決しないわ」

近づこうとすると彼に止められる。

「来るなよ。頼むから来ないでくれ」

頑なに拒絶されていてもその顔に変化はない。

「慰めてあげようと思ったのに」

それが慰めにもなっていないことを詩織も自覚している。

「おれはどこまでも最低だ」

「ちゃんと危険日は避けたわ。私だってまだ子供の予定はないもの」

「そうじゃない」

「じゃああなたの坊やたちが私の中で今も動き回ってること?」

詩織がもう一人の詩織と同じように腹部を擦る。

「こういう感じなのね。よく分かるわ。すごく充実した気分。これは独り占めしたくなるのも当然よ」

そして彼に言う。

「そんなに恐がらないで。これからあなたと私は毎日こういう関係を続けることができるんだから」

彼が慌てて上体を起こした。

「何を言って」

「だからこれからあなたと私たちは毎日いろんなことができるのよ。お義母さんにはもう許可はもらってあるわ。もちろんお父さんにも」

「母さんが?義父さんも?私たち?」

何がなんだかわからないといった様子で彼は頭の中を必死に回転させている。

「お寝ボケさんには丁寧に説明なんてしてあげないわ。して欲しかったら、さっさと着替えを済ますのね」

そして彼女はポケットから一本のヘアピンを取り出す。差し込む先に青い花飾りのついた普通のヘアピンだ。

「それからこれを覚えておいてね。私たちがこれをしてる時は、いつもそのつもりでいるってことだから」

その青いヘアピンを横髪に留めて言い添える。

「あと、あなたはこれから一人でするの禁止よ。勝手に一人で解決してもらっても私たちが困るの。もし一人でしてそうな雰囲気を感じたらためらいなくドアを開けるからそのつもりでね」

鍵のないドアを開けて詩織はそう言って出ていった。何が起こっているのか分からない。そして自分の身に何が降りかかっているのかもわからない。

ただ呆然と立ち上がり着替えだす。今は何も考えることが出来なかった。

無意識のまま部屋を出ると目の前で双子の妹の伊織と出くわす。

「おはよう」

「あ……おは……」

挨拶を返そうと思って口が止まった。

「どうしたの?」

「そのヘアピン……」

伊織の髪にあの詩織が見せていた青いヘアピンが留めてある。

「ああ、これ?兄さん鈍感だから気づかないかと思った」

「なんで君まで……」

「私だけじゃない」

「え?」

「外で会えばわかるわ。だからはやく用意しないと」

伊織が一階へかけ降りていく。

それを呆然と見送ったが、確かに家を出たときに伊織の言った意味がわかった。

泉家の前に集まった女子たちのほとんどがあの青いヘアピンをそれぞれの髪に留めていた。

「これはどういうことなんだ……?」

その問いには詩織が答えた。

「私にはね、夢があるの。好きな男の子供だけが欲しい女の子たちだけでつくる新しい家族の形を実現するっていう夢が」

青いヘアピンを愛しく触る。

「これはたんなるその始まりの証なだけよ」

詩織たちの目が彼の身体を捉えていた。



―次回―


彼女はいつも彼の隣だった。昔も今も、そしてこれからも。



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