SS:雫の両親②
清春兄さんとの食事会から一週間が経過した。
先日雫から両親に連絡を入れたのだが、質問されたのは四神との事ばかり。
聞きたい事が山ほどあるとも言っていた、ならば丁度いいと乗り込む事に。
俺と雫は手を繋いで七津星家へと向かう。
俺の実家から少し離れた場所。
風景の全てが懐かしいと思っていたけど、雫の手に段々と力が入っていく。
この景色は、もう雫の好きな景色じゃないんだ。
「なるべく早めに終わらせよう。俺の両親にも会わせたいし、手短にね」
「……うん。ねえ、若、一回でいいから抱き締めて欲しい、です」
「いいよ、何回でも抱きしめてあげる」
雫にとっての両親がどういう存在だったのかが何となく理解出来た。
四神と付き合いがある以上、そういう人なのだろう。
きっと高校生であった俺が雫との交際を望んだとしても、雫の両親親族が総出で意見しに来たに違いない。
彼女が諦めを選択するしかなかったのだから、ある意味洗脳だ。
「……よし、大丈夫になった。若がいるんだもん、大丈夫だよね」
「ああ、任せておけ」
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
緊張の面持ちのまま、俺と雫はカメラのついたチャイムを鳴らす。
「四神との離婚って、一体どういうことなの!? 貴女は一体何を考えているのよ! しかも貴女への傷害事件で逮捕!? 妻なんでしょ!? だったら夫の暴力ぐらい少しぐらい我慢しなさいよ!」
玄関を開けた雫の母親の第一声がこれだった。
夫人と呼ばれそうなぐらいの無駄に明るい茶髪をカールさせた髪型。
三段じゃきかなそうなぐらいのお腹に、太い足回り。
そんな巨体が雫の顔を見るなり、しかめっ面になり胸倉を掴む。
「ちが、違うの母さん、これは……」
「何も違わない! 四神さんとこの三男さんが逮捕されたせいで仕事の半分以上が無くなっちゃったの! アタシ達はどうやって生きていけばいいのよ! 全部アンタがいけないんだからね、分かってるの!?」
金切り声が響き渡る。
幼い頃に何度か見たことがあったはずなのだけど、こんな人じゃ無かったはずだ。
経営が傾き、会社の存続が危うくなっている。
金の切れ目が近づいてきている。
押し寄せて来るものは目に見えた破産の二文字。
それを全て雫のせいにして、この人は終わらそうとしている。
雫を掴んでいる手を捻り上げ、外し、俺は乱雑に振り払った。
流石に女性に負ける様な腕力じゃない。
「痛いわね、アンタなんなのよ! ……あら、貴方」
「若草です、お久しぶりです」
お義母さん、の言葉が出なかった。
家の中から「何だ、何叫んでるんだ」と言いながら雫の親父さんが顔を覗かせる。
でっぷりとした腹に蓄えた口髭、繋がっている眉。
雫のお父さんか……こんな人だったか?
雫の面影も何も見えないが、本当にこの人達が生んだのか?
「若草さんとこの坊ちゃんが来てくれるなんて、光栄です」
手のひらを返した喋り方で雫の母親が話し掛ける。
俺が幼い時、父さんは自分が何をしているのか語らなかった。
その証拠に、俺に対して「坊ちゃん」なんて言われた記憶は無い。
「四神商事を買収するんですよね? 既に業界では噂になっております。友好的TOBを仕掛けるとも聞いておりますから、えぇえぇ、きっと上手く行くでしょう。何て言ったって若草さんのご自宅は天下の若草製作所だ、資金も何もかもが桁違い。失敗するはずがない」
何かに安心したかのようにでっぷりとした身体をソファーに埋める。
親父さんの方が語り、母親は紅茶を注いでくれた。
先ほどまでの荒ぶり方が嘘のように落ち着きを払っている。
「本当、もっと早く教えて下されば良かったのに。そうしたらウチの雫だって四神なんかに渡さないで貴方のとこに嫁がせたのに」
雫は俯いて、両手を股の間に入れて俺の側にピッタリとくっついている。
彼女を四神に嫁がせないで、俺に?
「……どういうことですか」
「どういうもこういうも、そのままですよ? だって貴方、学生のころ雫の事を気に入ってたじゃないですか。いっつも一緒にいて、気付かないと思ったのですか?」
「気付いていたのなら、何故雫を四神隆三なんかに」
食ってかかろうとした俺に対して、親父さんが口を開く。
「それが四神商事の社長さんとの約束事だったからだ。彰人君も子供じゃないんだ、社会の仕組みぐらい分かるだろう? 長い物には巻かれろ、これは単なる言い回しではない、社会の構図だ。いつだって上流階級は何かしらの形でくっついている。学友だったり、親戚だったり、婚姻だったり。私達も同じ様にしたに過ぎん、責められる謂われは無い」
口の奥がむず痒くなる。
正論を言っている風にしているが、暴論だ。
「でも、良かったわ。四神が倒れても若草家跡取りの彰人君が一緒になってくれるなら、ウチも安泰よ。ねえ、お父さん」
「ああ、一時はどうなる事かと思ったが……これで社員にも説明が出来る。何も心配するなと胸を張って言える事が出来るよ」
なんでこの二人は笑顔になるんだ。
雫を一体なんだと思っている。
四神だけじゃない、雫を取り巻く悪はもう存在しないと思っていたのに。
まだ、残っていた。
目の前に、最も近しい存在に、巨悪が鳴りを潜めて蹲っているじゃないか。
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