第32話 決着までの道――雫――

「え……ちょっと、それどういうこと? あの日何があったの? ……うん、それは喜んで協力するけど。撮影? 分かった、後で詳しく教えてよね。あと、雫さん、側にいるよ?」


 暗い部屋で泉さんがスマホで会話をしている。

 両手が使えない私の頬に、彼女はスマホを当ててくれた。

 そして……聞こえて来るのは、大好きな、愛している人の声。


「雫、雫か?」


「わ、若ぁ……わたし、わたし……」


「良かった、急に居なくなるからビックリしたぞ。どこか痛い所はないか? 怪我してる所とか、四神に酷い事はさせられてないか?」


 声を聞いているだけで涙が溢れて来る。

 優しい若は、私の事を怒りもせずに、ただただ心配してくれて。

 愚かな私の選択を責める事もせずに、私の身を案じてくれる。


 涙腺が壊れたんじゃないかってぐらい、涙が止まらない。


「わたしね、わたし。アイツ、殺そうと思ったの。そしてね、全部終わりにしようって。だけど、だけど、私じゃ何もならなかったの。ひっく、ごめんなさい、若があんなにいっぱい守ってくれたのに、ごめんなさい、ごめんなさい、もう……」


 上手く喋れない、もっと沢山謝らなくちゃいけないのに。

 私のせいで若は自殺しそうになり、私のせいで職を失ってしまった。

 謝っても謝っても、どれだけ謝っても謝りきらないのに。


「大丈夫だよ、直ぐそこから、四神から助け出してあげるから。今、夢桜が動いてる。四神ももう終わりだ、俺は結局何にも出来なかったんだけど……でも、この悪夢ももう終わる。あとちょっとの辛抱だからな、雫」


 お……わる? 四神が終わる? 

 横で聞いていた泉さんもそれを聞いて微笑みかける。

 

「ただ、気付かれるとダメなんだ。だから、もうちょっとだけ辛抱して欲しい。その日が来たら迎えに行く、そうしたら、どこか遠くで一緒に暮らそう。何のしがらみのない、どこか平和でのどかな街で……。愛してるよ、雫」


 胸がドキドキする、若の言葉を聞くだけで心の底から暖かくなる。

 

「うん……うん、私も愛してるよ、若。待ってる、ずっと、若のこと……ずっと」


 その時、廊下を誰かが歩く音が聞こえて来た。

 重量のある感じ、この音、アイツだ。

 泉さんは即座にスマホを仕舞い、私も見られない様にうずくまる。


「ん? なんだ、声が聞こえると思ったらこの部屋にいたのか。ああ、その女は何でもないぞ。今現時点では妻という肩書を持っているがな、あと数か月もすれば居なくなる女だ。そんな女はほっておいて、こっちにおいで、一緒に飲もうじゃないか」


 私の事を見向きもせずに、四神は泉さんを誘い出す。

 彼女の目が語る、大丈夫だから、心配するなと。


 私は、何もかも甘えてばかりだ。

 自分が動いても失敗して、選んだ事柄の全てが最悪で。

 愚かなんだって、自分でも理解してる。

 悔しい、本当に悔しい……。





 そして、私の前に若が現れる。

 暗くて狭い部屋の襖を開けた彼の表情を、私は一生忘れる事はない。

 あの日、アパートの二階で再会した、あの時と同じ笑顔。

 いくら言葉があっても足りない、もう二度と離れたくない。


 みすぼらしくて、汚いこの部屋で、私と若は抱き締めあう。

  

「行こう、最後の場所に、俺達はそこでやらなきゃいけない事がある」


「やらなきゃ、いけないこと?」


 私は若に手を引かれて、この屋敷から外へと飛び立つ。

 もう二度と戻ることは来ないであろう、この地獄から。

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