第24話 待ち望んでいた日④――若草――
山の上の遊園地なんて来た事が無かったけど、思った以上にアトラクションがあった。
ジェットコースターだけで八種類は有り過ぎだと思う。
それに加えてバイキングとか言う左右に大きく揺れる船や、アホみたいに三百六十度回る空中ブランコみたいな遊具。
雫がこういう絶叫系を好んでいたのは、学生の頃から知っていた。
中学の時に家族連れで一緒に来た事もあるけど、それと今はやはり違う。
あの時は親の目線も気にしていたし、恋人という関係でも無かった。
今がそうかと言うと何とも言い難いのだけど。
「空腹の限界なんだけど。雫さんはどこまで買いに行ったのかな?」
「さっきそこのトイレに行こうとして入らなかったんだよな。他の客も入らないで余所に行ってるみたいだし、外のトイレにでも行ったんじゃないか?」
遠目に見ている感じでは、雫も何かを読んでこちらを見た後に外に行っていたし。
大方清掃中か故障中ってところだろう。
「女子のトイレは長いと言うけど、ここまでとはね。もう二十分以上だよ」
「お陰様で疲れは取れたけどな、雫の要望には何でも応えられる自信があるぜ」
「僕は自分の三半規管がここまでやられているとは思わなかったよ、もうコーヒーカップ系はこりごりさ」
ループ系一周しただけで目の前がくわんくわんした俺も夢桜と同意見だ。
今なら鉄棒の前回りで目が回るかもしれないな。
「あ、ほら、雫さん戻って来たぞ」
「ん、本当だ……って、アイツ手ぶらじゃないか?」
「あまりの楽しさに記憶障害でも起こしているのかもね」
「そんな訳ないだろ」
夢桜の言葉に軽く返事をし、雫の下に駆け寄る。
彼女は手ぶらで、どこかよたよたした感じ。
実は絶叫系に乗り過ぎたダメージが雫にもあったのかな? と思っていたのだけど。
「雫?」
「……あ、ああ、若…………あ! ご飯とか買うんだったっけ! ごめんなさいすっかり忘れちゃってた! トイレ混んでて時間掛かっちゃって、それで、あの」
「いいよ、お腹は空いてるぐらいが丁度良いだろ」
雫は、彼女は四神との生活で精神に異常をきたしていると夢桜が言っていた。
凄惨極まる長年の生活で、今の彼女があること自体が奇跡に近いのだと。
夢桜が連れて行った病院は産業医だけではなく、メンタルヘルスにも連れて行ったのだと連絡を受けている。
非常に涙もろく、すぐに不安になってしまい、取り乱してしまう。
だから、俺は雫が今みたいになったとしても、何らおかしい事ではないと思っていた。
全てを受け入れる、時間をかけて彼女とやり直す。
いつかは時薬が全てを癒してくれる……そう信じていた。
楽しい時間はあっという間に終わりを告げる。
気づけば、空は藍色と紫が混ざり合った様な色へと変化していた。
間もなく閉園の時刻、移動距離を考慮してももうここを出ないといけない。
だけど、俺と雫は園内のベンチで座ったまま。
無言で園内にいる楽しそうな人々を見つめていた。
恋人たちはとても楽しそうに手を繋ぎ今日を語らい。
遊び疲れた子供を抱きかかえた夫をねぎらう妻、そして夫婦は微笑む。
皆とても毎日が楽しそうで、何の悩みも見えない生活をしているようで。
きっと、俺達も周囲から見たら同じなのだろう。
全てが上手くいっている様に見えるのだろう。
一人の男にめちゃくちゃにされた……なんて、誰も思わない。
「若」
「うん」
「私達、幸せだよね」
「……そうだな」
「もっと一緒にいて、色んな場所に行って、そして」
風が吹く、山の天気はきまぐれだ。
気づけば稜線の向こうから黒雲が覗いている。
俺達も帰らないといけない、でもそれは。
「もっと、若には幸せになって欲しいなって思う」
隣に座る雫は、瞳に涙を溜めていた。
本当ならこのまま彼女を抱き締めて、その涙に蓋をしてあげたい。
「そうだな、その為にも、裁判とか……全部頑張ろうな」
彼女の名前でもある雫は、俯いた瞬間頬を伝い、地面へと落ちる。
俺には、本当にバカな俺には、その涙の真の意味に気付くことは出来なかった。
後日。
夢桜から連絡が入る。
それは、雫が全ての訴えを取り下げるとの内容だった。
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