第15話
顧客訪問から戻ると、時刻は既に二十一時を回っていた。
社用車をビルの立体駐車場に入れる為に、タッチパネルをピッピと操作していると、外にいた泉さんと目が合う。
すたすたと近寄ってきた彼女が近づくなり一言。
「分かってたことですが、毎日遅すぎじゃありません?」
「顧客が遠すぎるんだよなぁ」
片道二時間半の顧客に対して十六時からの約束。
この段階で色々と終わってるなと思っていたけど。
ウチの社員が顧客先に入るのが十七時からの夜勤だからしょうがない。
ついでに現地巡察も兼ねてたからこんな時間。
「とにかく、お待ちしておりますからね。こんな時間じゃ花金でも何でもないですけど」
結局職場を出たのは二十一時半。
泉さんと二人で駅近くの居酒屋へと足を運ぶと、飲食街のネオンサインは煌々と輝いていて、中からは既に出来がった方々の楽しそうな談話が聞こえて来る。
こんな時間でも開いているのだから、飲食業の方々には感謝しかない。
個室の居酒屋。
二人きりになれる場所であり、話をするならこういう場所の方が良いだろう。
元気の良い案内の女性に案内され、俺と泉さんは畳の掘り炬燵の様な席に通された。
腰を下ろすと根を生やしたみたいで、両肩が力なく垂れ、どっと疲れが。
「お疲れですね」
「あはは……しょうがない。待たせたからね、好きなもの頼んでいいよ」
「はーい、じゃあ飲み放題とサラダと馬刺し、若草課代は鍋でも食べます?」
「ん……そうだな、適当に頼むよ」
賑やかな店内、ピッピと注文用のタブレットをタッチし、それが終わると同時にお通しとしておつまみと、早速の生ビールが運ばれてきた。
「ではまずは、若草課代の問題解決に! かんぱーい!」
「かんぱーい、って、そんなのでいいのか」
「んく……んく……んく…………ぷはー! 良いんですよう! めでたいのは何でも祝うべきです!」
泉さん、一気で中ジョッキ空けたぞ。
まだ二十四歳だよな、相当な飲みっぷりだこと。
「ま、まぁ、ありがとう。あの、先に泉さんの相談ごとから聞こうかな」
潰れて何も喋れなくなりそうだし。
「んー、相談って言う程のことじゃないんですけどね。この前友達から合コンの穴埋めに呼ばれたんですけど、その相手がしつこくてですね。一流企業なのですが、ねちっこいんですよ」
「泉さんしつこいの苦手そうだもんな」
「ええ、大が付くほどに嫌いです。もっとスマートで良いと思うんですよね。束縛が激しすぎるというか、愚かと言うか。でも、邪険に出来ない事情もあるんですよ」
届いた梅酒を美味しそうに飲み始めて、馬刺しを美味そうに頬張る。
「課代もどうぞ、美味しいですよ! はい、あーん」
「自分で食べるから大丈夫。そんで、事情って?」
「いけずうですねえ、これぐらい浮気に入らないですよ! あれなんですよ、相手が四の字がつく会社の人なんですよね。確か課代の担当してる大型案件だったじゃないですか、あの神の字がつく会社」
「それなんの伏字にもなってないぞ……Yの字な。あそこ一流だけど人数はそう多くないだろう? だとしたら相当にやり手なんじゃないか?」
得てしてホワイト企業の門は狭き門だ。
俺みたいにとりあえずで入社した、誰でもウエルカムな会社で上に行くよりも遥かに大変だろう。
しかし四神商事か、何かと俺の周りで耳にするようになっちまったな。
「頭でっかちなだけです。一緒にいて楽しくないですし、私の事も身体目当てなのが見え見えなんですよ。今も課代は私の顔や目しか見ませんが、あの男は常に胸か下半身なんですよ? ふざけてるにも程があります!」
「……で? 俺にどうしろと?」
泉さんは立ち上がって、とてとてと歩き俺の横に座った。
梅酒も既に空だ、その手は二杯目に伸びている。
座った瞬間に女の香が漂う、お酒や香水の香りではなく、
何かあったら雫が泣く、気を確かにしないと。
「来週も打ち合わせに行かれるんですよね? その場に来る本部長さんにちょっと言って欲しいんですよね。あまりしつこいと訴えるぞって」
「ははは……は?」
「大体、あの人結婚してますよね? 指輪を外して来てても指輪痕ですぐに分かります。既婚者と不倫するほど私も暇じゃないんですって何度も言ってるんですけどね。でも、あのフェラガモとか言う腕時計には惹かれますが」
「フランクミュラーな。ちょっと待って、それって、まさか四神隆三って男じゃないか?」
「ええ、そうですよ? 本当にまったくめんどくさいんですよ。あ、ほら、今もメッセージ来ましたもん」
そこには長文で泉さんの労をねぎらう言葉が書き連ねていて。
プライベート用のアドレスなのだろう、俺の知らない宛先だが。
これって今回の一件に相当使えないか、いや、決定打にもなりえるんじゃないか?
でも、そこには少々疑惑の一文が。
「ねえ、泉さん、
「だから言ったじゃないですか、航空会社の合コンだって……あれぇ? 私言わなかったでしたっけ?」
「言ってない初耳だよ! でも、そうか、だからあっさりと来ているのか。泉さんがゼクトの人間だと知っていたら百パーセント声を掛けてきたりはしないだろうし……ふふふ」
「何か、良い感じですか? じゃあ任せてもいいですか?」
ぐいっと
馬刺しを特製タレに付けて口の中に入れて味を堪能する。
「おお、課代もなかなかいい飲みっぷりじゃないれすか」
「なあ、泉さんにお願いがあるんだけど」
「はい、大好きですから、OKれす」
「その四神さんとのお付き合いなんだけど、ぜひとも継続して欲しいんだ。ああ、もちろん身の危険を感じたら逃げて構わないからね。身勝手かもだけど、俺の方の問題の解決の更なる予防線になりそうなんだ」
「……ふぇ?」
思わぬ繋がりを見出した。
さらには奴のプライベートアドレス、これまでの泉さんとのやりとりの文面も全て写真に収める。
思わぬ収穫に俺の顔がほころんでしまうのだが。
ただ、これが終わった途端に悪酔いを始めてしまった泉さん。
その場で脱ぎ始めてしまい、寝潰れるまで物凄おおおく大変だったのは、彼女の名誉の為に伏せておこうと心に誓ったのだった。
「よし、行くか」
迎えた第二回目の打ち合わせ実施日。
俺は四神隆三と再度顔を合わせることとなる。
場所は月比呂駅から徒歩十五分程度離れた商工会事務所二階。
前回と同じ場所、前回と同じ面子。
菱丸会の四葉課長も「今日も宜しく」と俺の隣に座る。
上座に居座る四神隆三。
俺を見るも、反応は薄かった。
公私混同はしないタイプなのだろう、俺も仕事は仕事と割り切って対応する。
つつがなく打ち合わせ自体は終了するのだが。
「若草課長代理、この後お時間宜しいかな」
第二回目の本打ち合わせが開催される。
四葉課長からは「コネでも作っているのかい?」と揶揄されたが。
コネなんてもんじゃないさ。
俺はこの男から全てを奪い取ってやる。
雫が受けた傷は、二人掛かりで倍にして返す。
俺がしたかったこと。
本当なら楽しめたはずの九年間。
その全てを金で返させてやる。
「ええ、喜んでお付き合いいたします」
きっと俺は今、夢桜並みに悪い顔をしているのだろう。
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