第8話 実力も権力もあると便利なようです

 モリアナ公爵領、首都モリナ

 公爵の屋敷を中心に、扇形に街が広がっている。

 それはつまり、裾野に行けば外が近く、外敵からの脅威にさらされる。そのせいなのかギルドは外壁に近いところに建っていた。教会も近い。宿屋や店など、商業施設は外壁に近く、住宅地は奥にあるらしい。その一番奥に公爵の屋敷がそびえ立つのが見える。


 公爵家の馬車が先に入ったからだろうか、冒険者たちの馬車は検問を素通りしてそのままギルドの前まで進んで行った。

 公爵家の馬車は、メイン通りを突き進んで行ったが、冒険者たちを乗せた馬車は、ゆっくりと曲がりギルドの前で止まる。馬車が止まると同時に、冒険者たちは荷台から我先にと降りていく。


 トーマくんのお母さんと少年たちは、乗りなれない馬車の荷台からゆっくりと降りた。

 全員が降りたのを確認すると、馬車はギルドの外壁に沿って曲がって行った。恐らく、そちらにギルドの裏口があるのだろう。



 ギルドの中に入ると、先に入った冒険者たちがカウンターでなにやら手続きをしていた。

 あんなことがあったのだから、手続きは大変だろう。

 少年たちは、トーマくんのお母さんのうしろについて行った。

 ギルドの中は、いままで感じたことがない喧騒で満たされていた。言うなれば、祭りの日の社務所のような、子どもが近づいては行けない雰囲気。


 黒づくめのトーマくんのお母さんは、1歩ギルドに入るなり人目を引いた。ギルド内にいた全員が凝視する。が、みな直ぐに下を向いてしまった。目線を合わせないように、とにかく、トーマくんのお母さん御一行を見ない。ギルドの職員に至っては、カウンターに座っていた職員を除いて、姿を隠してしまった。


 カウンターの席は、先に入った冒険者たちで埋まっていた。だから、トーマくんのお母さんはその後ろに並んだ。

 並んだつもりだった、のに、トーマくんのお母さんが立った途端に、席に座っていた冒険者たちが物凄い勢いで立ち上がって席を譲ったのだ。

 しかし、トーマくんのお母さんは席に座らず、カウンターの中に座っているギルド職員に話しかけた。


「話がわかる人、いるかな?」


 おそらく、トーマくんのお母さんと目が合ってしまったのだろう。カウンターに座っていギルド職員は、口を開けたまま微動だにしない。

 多分、いつも通りに冒険者をかるーくあしらうつもりだったのだろう。「順番ですよー」とか、かるーく受け流すつもりたったのだろう。

 手続きをしていたせいで、ギルド内に突然吹き荒れた不穏な空気を察するのが遅れてしまったのだ。


「中で伺いますよ」

 奥から、のっそりと現れたギルド職員が、カウンター脇の扉を開けて、トーマくんのお母さんを手招きした。

ヒロシは場の雰囲気で、現れた職員が平ではなく長だろうと勘づいた。が、いつものお調子者は封印した。それをやっては、何も反省していないままだと悟ったから。

 とにかく、今はトーマくんのお母さんに従う。


 従うしかないのだから。



 通されたのは、きちんとした応接室だった。

 対応するのは、ヒロシの読み通りギルド長だった。

 秘書なのか、書記なのか、部屋の隅の机に、職員が1人座ってペンを持っている。


「この3人、ギルドに登録できるかな?」

 軽い目線でヒロシたちを示す。

「簡単なテストはある」

 ギルド長は返事をすると、椅子に深く座り直した。

「1人づつ、ステータスウィンドを見せてくれ。適性を確認する」

 普段は他人に見せるもんじゃないけどな、個人情報だから。とかなんと言いながらギルド長はヒロシたちのステータスウィンドを確認していく。


 普段開示する分には、名前と職業とレベルぐらいのだろう。仕事を請け負うのに、自分の実力を示すために。だが今は違う。自分の実力に見合うよう、ギルドに登録するためだ。

「3人とも、レベルと数値は問題ないな、あとは、力を実践で試させてもらう」

 ギルド長は立ち上がると、3人を手招きした。扉を開けてちょっとした廊下を抜けると、やたらと広い空間に行き着いた。訓練場兼と言った感じの空間。


「1人づつ、実力を見せてもらおう」

 中央に立つと、向かい側の柵が開いてモンスターが1匹でてきた。うさぎに角が生えたような見た目だが、大きさは中型犬位はある。

 後ろ足の脚力がかなり強いらしく、一歩が大きく強い。

 もちろん、ゲームないの序盤でお世話になるモンスターによく似ているし、動きも同じだ。力も特性も同じかは、ぶつかってみないと分からない。

 ヒロシたちは、順番にモンスターと戦い、実力テストをクリアした。



「とりあえず、Fランクで登録をして、明日から1週間ギルドの職員と一緒にクエストをこなしてもらう。問題なくクリア出来たらランクを上げるよ」

 ギルド長は、3人にギルドカードを渡しながら言った。


 謎素材で出来たギルドカードは、持ち主が意識しなくても肌身離さず携帯できる。故に、万が一が起きた時でも、身元が分かるという大変便利なアイテムなのである。

「それで、あなたは登録しないのかな?」

 ギルド長は、トーマくんのお母さんを見た。

 ヒロシたちが実力テストを受けている最中も、応接室から出てこなかったので、不思議だったらしい。保護者だと思っていたのに、見にこないし自分の事も何もしない。

「ギルドから情報を買えるのなら、登録は必要ないかな、と」

 応接室の椅子に座ったままのトーマくんのお母さんは、考え込むような仕草をして、ギルド長を見た。

「ギルドの秘密事項でなければ、金次第だな。依頼を貼ることも金次第だ」

 そう言って、ギルド長はトーマくんのお母さんの向かいに座った。

 マスクをしているので、トーマくんのお母さんの表情は読めない。が、ギルド長はこめかみにうっすら汗をかいていた。見えない圧に押されているのだ。しかも、ここに来る前に、冒険者たちから情報が上がっている。


「ここに、宿は併設されているのかな?」

「冒険者ようのがな」

「じゃあ、この3人、まとめて一部屋でいくらかな?」

「一部屋で5ギール、食事は別だ。風呂は冒険者用のが無料で使える。大浴場だがな」

 宿代を聞いて、すぐに思い浮かべるのは、ゲームに出てくるの町の宿屋代。ギルドの宿は一律で決められているはずだから、相場が変わらないということになる。


「回復薬は売っているのかな?」

「こいつで10ギールだよ」

 ギルド長が出てきたのは、試験管サイズの回復薬だった。これで10ゴールとは随分な値段だ。


「ギルド相場?」

「そうだ、町の外の商人から買えば倍はする。回復魔法が使える職業が限られているからな、仕方がない」

 命には変えられないから、買うしか無い。だから、ギルドで買えば良心的な値段だということ。

 作り方を知っているトーマくんのお母さんからしたら、ぼろ儲けにしかならないはなしなのだが、それはまた後での話だ。

 ヒロシたちは、トーマくんのお母さんが目で合図したのを理解した。持ち込んだ回復薬は、使っちゃいけない。




 トーマくんのお母さんは、ギルドで何か素材を売って換金していた。ヒロシたちの知らない間にモンスターを狩っていたらしい。先程のテストで知ったことだが、モンスターは倒しても消滅しないし、ドロップアイテムを落としたりもしない。自分で解体して、素材を剥ぎ取らないといけないのだ。目眩のする現実だった。



 ギルドの宿屋の一室で、トーマくんのお母さんは、ヒロシたちに「この世界が何となく分かったかな?」と聞いてきた。

 ヒロシたちは、無言で頷く。

「一応さ、あっちで魚ぐらい捌いていたからやり方は知ってるんだよ。たた、モンスターはでかいよね」

 トーマくんのお母さんは、苦笑いをしながら教えてくれた。

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