第4話 諸事情を踏まえて、今後を考えます
公女は、動き出した冒険者たちを見て、慌てて立ち上がった。
自分も、公女としてやらなくてはならないことかがある。襲われた馬車を探すと、いまだ無惨に馬車は街道脇に崩れていた。
繋がれていた馬は見当たらない。
逃げてしまったか、賊に他の場所に隠されたか、馬がなければ馬車は動かない。
しかし、公女は馬車の中に入り込んだ。
動かない馬車ではあるが、まだ中に何かが残っているようだ。
崩れた馬車の中を不安定な状態で見渡し、そうして、公女は深いため息をついた。
「使い魔まで……」
馬車の天井付近に、変わった色のシミがあった。
小物入れほどの大きさの出っ張りに、刃物が刺さったあとがある。
そこから、しみがひろがっていた。
実家である公爵家に、唯一取れる連絡手段が失われていたことに脱力感が襲ってきた。
冒険者たちにたのんで、早馬をしてもらうか、他の通行人を待つか、護衛の兵士がいなくなった公女は途方にくれるしかなかった。
が、
「これ、使うかい?」
いつの間にかに黒い魔道士が馬車の中に入ってきていた。その後ろで、メイドが不満げな顔をして覗き込んでいる。
大切な公女様と同じ空間に、得ないのしれない魔道士がいることが許せないのだ。たとえ、命の恩人であったとしても。
何か言いたそうなメイドの顔を見遣りつつ、
「よろしいのですか?」
公女は申し出を素直に受け取った。
「もちろん」
黒い魔道士は、使い魔を公女の手にそっと乗せた。
そして、馬車の扉を後ろ手で閉めた。
「あっ」
メイドが抗議をしようとしたようだが、もう声が聞こえない。
「悪いな、誰も信じちゃいないんでね」
黒い魔道士がそう言って公女の口に指を当てた。
喋るな。そういう合図だ。
「誰に連絡をとりたい?」
「お父様に」
公女は即答した。
公女も誰も信用していなかった。
使い魔を飛ばし、公女は、黒い魔道士のあとについて再び洞窟に入った。
冒険者たちが死体の選別をあらかた終えていた事に、労いの言葉をかける。
公女である自分にはできないこと。
金さえ積めばなんでもやる。とは聞くけれど、この中には、冒険者たちの仲間もいることだろう。
特に、あの少年たちはこういったことが初めてようだったし……
そんなことを考えながら、一人一人の確認して行くと、あまりのことに足が止まった。
護衛の兵士はみな、死んでいる。
死んでいるのだが、2人ほど、黒焦げになっていた。
黒焦げに。
つまり、雷に打たれたのだ。
「これは」
裏切り者がいたのだ。
だから、こんなにも都合よく襲われて、使い魔も殺されて、殺されなかったのは女の冒険者たちだけだったのだろう。
移動速度も調整されて、襲いやすい状態にされていた。
なるほど、この状況では、誰も信用できない。
「使い魔を放ちました。救援が来るでしょう」
それを聞いて、冒険者たちは安堵したが、少年たちは身を寄せあって所在無さげに黒い魔道士を見ていた。
何かを言いたい。聞きたい。けれど、言葉にするのが恐ろしい。
そんな少年たちを見て、黒い魔道士が口を開いた。
「知っているとは思うけどこの世界に蘇生魔法はないよ」
それを聞いて、少年たちの肩がピクリと動いた。1番反応が強かったのはヒロシ。
顔をゆがめて、口が大きく開く、続いてゆっくりと声が出てきた。
「う、うぁ……あ、あぁ」
泣き声とも叫び声とも言いづらい。
生まれて初めて《死》というものを知った。
ここは現実。
ゲームではないのだ。
唐突にヒロシが走り出した。
しかも、洞窟の出口ではなく後ろに向かって。
「あ、ヒロシ!」
残された少年が慌てて名前を呼ぶがヒロシは走り去ってしまった。
「……ヒロシ」
追いかけようとする少年を、黒い魔道士が止めた。
「裏は逃げ口があるから、森に出たかもしれない。魔物に襲われないように気をつけなさい。」
「はい、お母さん」
反射的に少年が返事をすると、
「だから、お前のお母さんじゃねーよ」
ほっぺたをつねりながら、少年の手に何やらのアイテムを渡した。
「聖水と戻り玉」
ゲームでは、お約束の初期アイテムなのだが、
「キッズは持ってないだろ」
無課金で遊んでいた少年たちは、毎日特典のアイテムは貰えない。貰えないので買うしかないので、だから、買わない。
「ここに戻れる。お前たちには念の為防御の結界を張っておく」
「ありがとうございます」
礼を言うと、少年たちは走り去ったヒロシを追いかけた。
「念の為に、お姫様にもね」
黒い魔道士が手をかざすと、公女の周りに薄い膜がはられた。
「これは」
「念の為に、ね。何かあるか分からないから、救助が来るまでまだ時間ありそうだし」
黒い魔道士は、メイドを見て、それから冒険者たちを見た。
「あんた達は、自分でなんとか出来そうだからな」
冒険者たちは無言で頷いた。
仮に魔物が来たとしても、武器を取り戻しているので戦うことはできる。自分の身は自分で守る。冒険者の基本である。
「あの子は、関係ないと判断してもらえるかな?」
黒い魔道士が、公女に訊ねた。
あの子、と言われてそちらを見る。
なんだか分からないうちに、賊に切り殺された少年。
名前も、知らない。
こちらでは聞きなれない名前を言っていた気がするけれど、覚えていなかった。
「そうですね」
公女の言葉を肯定ととって、黒い魔道士が少年を抱き上げる。
「奥に湧き水があった。それで清めてやるつもりです」
そして、弔いも……
黒い魔道士は、親代わりなのだろう。この世界ではよくある事だ。
「お邪魔致しません。 あの、もしこの先の街に来られるのでしたら、公爵家にお立ち寄りください。」
「わかった」
黒い魔道士は、公女を見ないまま返事をすると、そのままヒロシたちが消えたのとは違う方向へと歩いていった。
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