第3話 事実を受け止めるにはまだまだでした

 ヒロシたちと、賊に拘束されていた者たちは、黒焦げになったかつてはニンゲンだったそれを凝視していた。

 事実を現実のものとして受け入れられていないのだ。


「これは、一体……どういうことなの?」

 口を開いたのは公女。隣にいるメイドは、口を半開きにして震えていた。

 公女は、落ち着いてゆっくりと辺りを見渡す。


 誰が、いるのか。

 誰が、はなったのか。


 少し離れたところに、冒険者が拘束されていた。

 後ろ手に縛られているせいなのか、座っていると言うより、倒れているに近い体制だ。

 冒険者は、全員が女性だった。

 1人、魔法使いと思しき冒険者と目が合った。

 彼女は、信じられない。という顔をしている。


「《天雷》って、聞こえた」


 有り得ない魔法の名前だった。

 この世界で、神のみが使える魔法の名前だった。

 神書に、たった一行だけ記されている魔法だった。


 が、


 だがしかし、目の前にソレは降ってきた。


 落ちてきた。


 賊が、ソレに撃たれた。

 公女を誘拐しようとした罪人が裁かれた。


「呼んだのは、お前か」

 声と同時に、真っ黒な姿がヒロシの前に現れた。

 黒いフードを被り、黒い革手袋、黒い服、黒いマント、黒いブーツ。

 そして、黒髪のとても安心する顔をした魔道士がヒロシの前に現れたのだ。


「あ、あ、お、お、お、お、お母さん!」

 口を酸欠の金魚のごとくパクパクと動かして、ヒロシは叫んだ。

 が、

「お前のお母さんじゃねーやい!」

 ゲンコツで頭を思いっきり殴られる。

「なーにやらかしてんだ!ギッズども」

 そう言って、ヒロシの後ろの二人を睨みつける。

 が、同時にその横の方に気がついたらしく、表情を変えた。

「なに、やらかしてんだギッズども」


 怒っている、訳ではなさそうだが、怒って居ないわけでもなさそうで、ヒロシたちは、いや、ヒロシは、身を縮めた。

「あ、あの、あの……」


 言葉にできない。


 なんて言ったらいいのか、どうやって説明したらいいのか、ヒロシにはわからない。

 なんて言う?

 どう説明する?


 わからない。


 ヒロシの思考は完全に停止していた。



 頬の当たりを指先でコリコリとかきながら、なんとなく状況を飲み込んだのか、黒い魔道士は、縛り上げられているもの達を見た。

「ハイハイ、《解除》」

 黒い魔道士が口にすると、皆の拘束が解かれた。

 枷が外れて身動きが取れるようになった途端、冒険者たちが威勢よく

「ありがとうございます」

 気持ちいいぐらいに礼を言ってきた。


 黒い魔道士は、それを手で返事しながら、公女の前にたち、腰を屈めて顔を覗き込んだ。

「息してる?お姫様?」


 言われて、ようやく公女は我に返ったらしい。

 隣で震えていたメイドも慌てて背筋を正す。

 が、メイドの口は、開いたままで、言葉を発しなかった。何かを言いたいようだが、言葉になっていないようだ。

 そんなメイドの口を手で塞いで、公女はスっと立ち上がり、良くしつけられたお辞儀をして

「この度は助けていただき誠にありがとうございます。わたくしはモリアナ公爵が娘、セラスと申します。」


 立ち上がってみると、なかなかの、スタイルよしの美人さんであった。

 シンプルで品の良いドレスがよく似合っている。

「初めまして、お姫様。怪我はない?」

 黒い魔道士は、名前を名乗らない。

 色々と警戒をしているのか、ゆっくりと呼吸をするように辺りを見渡した。


「あ、あの、魔道士様とお呼びしても?」

 名前が聞けなかったので、見たままの姿で呼んでもいいのか、公女が確認をとる。

「ああ、どうぞ」

 公女に興味がないのか、黒い魔道士は冒険者たちの方へと歩いていった。

 そして、何やら話をすると、冒険者たちは動き出した。


 死んだものたちの選別だ。

 罪人と、そうでないもの。

 公女の護衛と冒険者。

 切り殺されたものと、雷に打たれたもの。

 見ればわかるその状態で、遺体を並べるのだ。


「ぼんやりするな、キッズども!これが現実だ。考えたくないなら体動かせ」

 黒い魔道士にそう言われて、ヒロシたちは体を動かした。

 ただ、受け入れられない現実だけには手が出なかった。

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