#05 これはお礼か、セクハラか?
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新会社スタート早々、システムトラブル発生! だがマーガレットらスタッフの協力で無事に解決。彼女と喜びあってハグする親友のギルバートを見て、なぜかファハドは落ち着かない気分に襲われる……。
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合併による新会社設立を祝うパーティーは、大成功に終わった。
翌日の新聞では、ファハドの会社の好調ぶりとあわせて、新会社の前途を祝す好意的な記事が並んだ。
社長秘書となったマーガレットは、そうしたマスコミの記事を整理したり招待客へのお礼のメッセージを送ったりと残務整理に追われていたが、それもようやくひと段落ついた。
「すみません、社長とのお約束のないお客さまなのですが……」
そのとき、受付のミアから困りきった声で内線電話が入った。
マーガレットは眉をひそめた。
社長はアポイントなしのひととは会わない。社長がルールを厳守することは、ミアも知っているはずなのに……。
「あっ! お客さま! 困りますっ!」
ガタガタとした物音のあとに、受話器がころがり落ちる音がした。しばらくして強引なノックと同時にドアがあく。
「まったく! しつけがなってないったら!」
吐き捨てるように言いながら中に入ってきたのは、カサンドラだった。
今日も周囲を圧倒する派手ないでたちだ。
マーガレットは一瞬目を丸くしたが、すっと冷静さを取り戻した。
「ミス・アルシャハデ、社長とお約束でしたか?」
にこやかな笑みを浮かべながら、事務的な口調で接する。
「あら、わたしがアポイントなど必要ないことは知っているでしょう?」
トゲのある口調で返すと、カサンドラはつんとあごを上げた。
「ファハドはいるのよね?」
「社長は衛星でのミーティング中です、ミス・アルシャハデ。お約束のないかたはとりつがないよう、社長のご指示を受けています」
カサンドラの表情が一変した。
「まったく! あなたたちみたいな雇われ人がたてつくなんてありえない! わたしが来たと、さっさと伝えなさいよ!」
あまりにも大きな声に、社長室でミーティングを終えたばかりのファハドが顔を出した。
「なにを大声を出して――」
「ファハド~」
カサンドラは急に猫なで声を出してファハドに近寄り、その首に腕をまわした。
ファハドは一瞬ためらったのち、カサンドラの両肩をつかむと、ぐいと引きはがして彼女と向きあった。
「どうした? なにかあったのか?」
「どうもこうもないわ! ねえ、部屋に入れてちょうだい」
そう言うと、厳しい視線をマーガレットに投げてから、社長室へと強引にファハドを押し込んでしまった。
「なんだと言うんだ」ファハドが振り向く。「長老になにかあったのか?」
「いいえ、おじいさまはお元気よ。あなたにゆっくり会うことがなかなかできないから、わたしのほうから会いにきたの」
にっこり微笑みながらカサンドラが彼に迫る。
ファハドは内心で大きな溜め息をついた。
まただ。
何度ことわっても、カサンドラは決してあきらめようとしない。
長老がいちばん可愛がっている孫娘だからむげにはできないが、仕事の場にまで踏み込んでくるとは。
「カサンドラ、何度も言っているように、会社には来ないでくれ」
厳しい顔を向ける。
「でも、アスコット競馬はもう来週よ? 着ていくドレスぐらい一緒に見に行ってくれてもいいんじゃない? あなたに恥はかかせたくないわ」
こらえていた溜め息が思わず大きく出てしまった。
まさか同行する気だったとは。
だが、気を取り直して笑顔をとりつくろう。ここで彼女に
「カサンドラ、きみはなにを着ても似合う。だから、ドレスのことは当日の楽しみにさせてくれ」
カサンドラの顔に笑みが浮かぶ。
「あら、そういうことならもちろんいいわ。当日、迎えにきてくださる?」
「いいか、わたしは馬主でもある。早朝からいろいろと義務があることはきみも知っているだろう? だから無理だ」
またしてもカサンドラの表情が変わった。
「馬のほうがわたしより大切だって言いたいの?」
「そういうことではない、馬は馬。きみはきみだ」
「もういいわよ! エスコートしたがる男なんて山のようにいるのよ。いつもいつも仕事か馬にしか興味がないなんて!」
そう言うと、カサンドラは
「あんまり、わたしのことをほったらかしにしておくと、あなたが後悔することになるわよ! そこのところよく考えておいてちょうだい!」
バンッ!
ドアがあくと、あっけにとられたままのマーガレットの前を、カサンドラがつんと顔をあげて、まわりに目もくれず立ち去っていった。
ドアの向こうにファハドの厳しい顔が見えた。
「たぶん、カサンドラが強引に押し切ったのだと思うが、今後は彼女であってもアポなしでは通さないでくれ」
氷のように冷たい声だった。
「は、はい」
そう答えたものの、釈然としない思いが残った。
なによ、自分で恋人をコントロールできなかったからって、あんな言い方はないわ!
でも、いったいカサンドラはなにを言いにきたのかしら?
社長があんなに厳しい顔をするなんて……。
ダメダメ、わたしには関係ないことだわ!
そう自分に言い聞かせるマーガレットだったが、もやもやした思いが心の奥底に沈んでいく。それには気づかないふりをする彼女だった。
数日後。
新会社のスタート早々、会社のコンピュータシステムに重大なトラブルが発生してしまった。
突然のシステムダウンで、受注が受けられなくなってしまったのだ。
「これは機器の故障じゃない、外部からの不正侵入に違いないわ」
担当部署から呼びだされたマーガレットの表情がこわばる。すでに問題の分析にかかっていたギルバートたちと同じ意見だった。
「このままでは全流通がストップし、顧客に大損害を与えかねない。社長は出張ですぐには戻れないし……」
青ざめるギルバートに、マーガレットはきっぱりと言った。
「すぐに代替サーバーに切り替えて、初期設定をやりなおしましょう。こんな場合を想定しておいたのは不幸中の幸いだわ!」
「たが、復旧までには少なくとも数日はかかる」とギルバート。
「ここにいるみんなで力をあわせれば、時間は短縮できるはずよ。みんな、帰るのがすこし遅くなるかもしれないけど、力を貸してね!」
マーガレットがそう呼びかけると、スタッフたちがみな真剣な顔でうなずいた。
短期間のうちにチームワークが見事にできあがっていたのだ。
スタッフ一丸となり夜を徹して作業を続けた結果、翌日の夕方までにはシステムのセットアップが完了した。
テストを繰り返し、動作が正常だと確認できた瞬間、マーガレットは喜びと安堵のあまり、隣にいたギルバートと思わず抱きあっていた。
そこへちょうど、緊急連絡を受けたファハドが出張先から戻ってきた。
システム室のドアをあけるなり、抱きあって喜びあうふたりの姿を見てむっとする。
だが、そんな気持ちを振り払い、ファハドはその場にいるスタッフ全員をねぎらった。
「みんなのおかげで助かった。心から感謝する。さあ、きょうはもう帰って、ゆっくり休んでくれ。もちろん、今回の件では特別手当も出すぞ!」
それをうけて帰り支度をするスタッフのなかに、マーガレットもいた。
なぜか不機嫌そうな表情を浮かべたファハドが近づいてくる。だが、気持ちを切り替えたように彼の表情が変わり、こう切りだした。
「会社の危機を救ってくれて感謝するよ。お礼に食事でもどうだ?」
「ありがとうございます。でもわたしは、会社の顧客と信用を守るためにしただけです。それに、優秀なスタッフたちが力をあわせたからこそ、この危機を脱けだすことができたわけで、わたしひとりにお礼だなんておかしいですわ。では、失礼します」
どことなくよそよそしくマーガレットは言い残すと、さっさと退社してしまった。
「なんなんだ、あの言い方は!」
女性から誘いを断られるなど、ファハドにとっては生まれてはじめてのことだ。
「いくら有能だからといって、いまの言い方はないだろう?」
スタッフたちが帰ったあとも残っていたギルバートが、苦笑しながらファハドの八つ当たりを受けとめた。
「まあまあ、だれもがきみの誘いを喜ぶと思うほうがまちがっているよ。それに、あんまり強引に誘うと、セクハラになるぞ」
「セクハラだと? どこがセクハラなんだ?」
「とにかく、今回は彼女のおかげで、この会社にもっと強固なシステム対策が必要だとわかったんだ。彼女には感謝こそすれ、腹を立てることなどないだろう?」
「なんだ、やけに彼女の肩をもつじゃないか。それに、さっきは……」
「さっき? さっきって、なんのことだい?」
「いや、べつに。なんでもない……」
「彼女は、ぼくにとってすばらしい同僚だ。きみが公私のけじめに厳しいことは彼女もよくわかっているから、むやみにやさしくされることに過剰に反応してしまうんだろう」
「むやみにやさしくだと? そんなつもりはない」
「とにかく、お礼の気持ちがあるのなら、いずれふさわしいタイミングがめぐってくるさ」
「まったく、ややこしい……」
「そうだな。ぼくもそう思うよ……じゃ、社長、きょうはお先に失礼するよ」
意味深な言葉を残して、ギルバートも帰っていった。
部下とはいえ親友でもあるギルバートの言い分に、納得はしても、どこかすっきりしない気分だった。
おまけにあいつは、マーガレットと抱きあっていたではないか。
「ふさわしいタイミングか……」
ファハドはひとり、広い社長室の窓から見下ろすロンドンのオフィス街をながめながら、つぶやいた。
そこに電話が鳴った。
「ああ、フィリップか。どうだ、馬の調子は?」
電話をかけてきたのは、ファハドが競走馬を預けている厩舎の調教師フィリップだ。今回のアスコット競馬に出走予定の馬についての報告だった。
「そうか、いまのところ問題なし、順調な仕上がりなんだな。よし、その調子でしっかり頼んだぞ。近々また顔を出すから、そのときはよろしく」
そう言って電話を切ったファハドは、突然ひらめいた。
「そうだ! これこそ、ふさわしいタイミングというものだ」
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